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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
6月編
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悠樹と愉快な仲間たち1


 長く降り続いた雨がようやく止み、曇天を切り裂いて陽光が地上に突き刺さっている。

 その景色を少女は、窓際の席で頬杖をついて眺めていた。


 絵になる光景だった。

 柔らかい栗色の髪を後ろでまとめ、憂いの篭る眼差しを外に向ける少女は、さながら、童話の1シーンを切り抜いたように、美しかった。


 いくつかの問題点はある。

 例えばここが全寮制の私立高校、風見鶏学園の教室であるのに、どうひいき目に見ても小学校高学年にしか見えない少女が、誰に批判されるでもなく、自然と席に陣取っていること。

 さらに言うなら、少女の格好が、半袖のワイシャツに赤いネクタイ、紺のスラックスというこの学校の男子学生服を着ていることなどだ。


 少女は露で濡れた窓ガラスを細い指で撫でると、机に突っ伏した。

 梅雨の合間のエアポケットのような天気。せめて、下校時間まで雨が止んでいてくれればいいのだけど……。

 少女はそんなことを思いながら首だけを横に向けて灰色の低い空を見上げた。


 小さな鳴動が聞こえた。

 その音はだんだんと大きくなっていき、少女のいる教室の前で止った。

 少女にはその音がなんであるかわかっている。

 喜悦を浮かべ、少女は視線を窓の外から教室内に移した。

 

 大きな音を立て教室に入ってきたのはメガネをかけた少年だった。

 160センチに満たない身長とそれに反比例するように広い肩幅。

 XLのシャツは半袖であるにも関わらず少年の肘をすっぽりと隠してしまっている。

小兵(こひょう)力士のような体型を持つ少年は、足音を怒らせて少女の前まで進んだ。

 少女は、溢れるような笑顔で少年に言った。

「ゲン、おはよ~♪」

 少年はそれには答えず、大きく右手を振り、下からえぐるように伸ばした2本の指を、少女の鼻の穴に突き刺した。

 鼻を塞がれ少女の息が詰まった。

 笑顔のまま少年の顔を見て、そのまま視線を落とし、自分の鼻に突っ込まれている少年の無骨な指を見る。


 ……一瞬の静寂。教室中に少女の悲鳴が木霊した。


「ぴぎゃあ~~~!」


 少女は両手をばたつかせてやっとの思いで少年の指から逃れる。

「あ、朝からなんてことするんだ!」

 少女は涙目で少年を睨んだ。


 少年は憮然とした顔で少女を見下ろした。

 少年の名前は高坂源一郎こうさかげんいちろう。一応、この物語の主人公である。


 源一は意図的に押し殺した声で少女に言った。

「ユウ、俺に言うことがあるだろ」

 少女は下唇を噛んできっかり1秒ほど考え、ほんわかした笑顔で源一に言った。

「今日の放課後だけどさあ……、あた」


 源一に頭を叩かれた少女の名前は朝比奈悠樹あさひなゆうき

 生徒数400人ほどの風見鶏学園で唯一の女子生徒だ。

 見た目は幼いが、れっきとした高校1年の悩み多き女の子だった。

「おまえ、昨日俺の部屋に遊びに来て勝手に色本を持っていっただろ! さっさと返せ!」

 源一にそう言われて悠樹はおもいっきりむくれ顔を作った。

「ないよ。だって捨てちゃったもん! あっははは、昨日の雨でぐちょぐちょだ。もう読めないね!」

 源一は悠樹の首根っこを押さえつけるとこめかみに拳を当てた。

「いたいいたい! ぐりぐり痛いい!」

「まったく、おまえって奴は、人の色本を、勝手に、処分、しやがって!」

 じゃれあうように身体を密着させる源一と悠樹。外から見れば微笑ましい光景だが、本人たちは必死だった。


「お~っす、2人とも。なんか鬼賑やかだな」

「なんだ、チビすけ。朝からゲンに苛められてるっちゃか?」


 声をかけてきたのは、対象的な2人だった。

 ひょろりとした茶髪のロン毛は木下高志きのしたたかし。でっぷりした超肥満は篠岡賢治しのおかけんじ。源一たちと同じAクラスの仲間だ。

 高志は「鬼」という形容詞が(渋谷で)流行っていると信じており、また、賢治の語尾につける「ちゃ」は、方言ではない。賢治いわく「キャラ作りのためだっちゃ」ということになる。

 2人とも、風変わりな友人だった。


 悠樹はやっとの思いで源一の腕から逃れると、荒い息を吐きながら賢治の巨体の影に隠れた。

「なんだよ! あんな本読んでるのが悪いんだろ! フケンコーなんだよ第一さ!」

 源一は悠樹を捕まえようと手を伸ばすが、悠樹は今度は高志の影に隠れる。

「なんだなんだ。そろそろなにがあったかリーダーに話すっちゃ」

「別におまえはリーダーじゃないけどな」

 悠樹は小型犬のように(うな)り、賢治と高志に源一の罪状を訴えた。

「ゲンってば、色本なんて隠れて読んでるんだよ! それを捨てたらギャクギレして怒ってんの!」

「……あ~、ユウ、捨てちゃったんだ」

「まったく、男心がわかってないっちゃね」

「はあ? なんで? ボクがワルモノなのお?」

 憮然として賢治と高志に向かう悠樹。高志は困った顔をして悠樹を諭した。

「えっとな。男子ってのはそういう本を読むものなんだよ。だからゲンだけが鬼ってわけじゃないんだよ」

「色本は全ての男子にとって夜の親友だっちゃ」

「そんなわけないだろ! あ、そうか。ボクわかっちゃった! 君たちはモテナイズだからそうやって自分たちのことを慰めてるんだろ。あっははは! ごめんね、君たちみたいなレットーシュは薄暗い部屋で色本を読んでるのがお似合いだよ♪」

「……こいつ、むかつくっちゃね」

「ああ。鬼むかつくな」

 男たちは共通の敵を持つことによって団結する。だが、その団結はガラスのようにもろく、簡単に砕け散るものだった。

「もっとも、俺はおまえらと違ってモテるっちゃけどな!」

「なに言ってんだ、この豚野郎。おまえがもてるわけがねーだろうが!」

「とりあえず痩せたら? ま、ぶよっちょ星人には無理だろうけどね!」

「むき~! ちびどもがああ!」

 悠樹はいつの間にか源一の隣に並び、賢治を罵る。

「その点、俺は痩せてるし、背もそこそこあるから普通にモテるけどな」

「……高志は無理だろう」

「うん無理だね」

「高志はハゲだっちゃからな!」

 3人にそう言われて高志は広い額を押さえて大きく仰け反った。


どうもご無沙汰です。

最近は「ゾンビもの!」というのを書いていて、これはおろそかになってました。

ゆっくり投稿していきますので、たまに読んでいただければ幸いでございます。


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