5日目
桜の花びらが風に舞い、源一たちの横を過ぎ去っていった。
地獄極楽島から生還して1日の休日を挟み、源一たちは初の登校日を迎えていた。入学してから5日、源一たちは、未だに風見鶏学園の校舎内に足を踏み入れてはいなかった。
高坂源一郎、篠岡賢治、木下高志の足取りは重い。それは春にそぐわない、沈んだ歩みだった。
「お~い、ゲン~。みんな!」
登校途中の4つ角で、朝比奈悠樹は源一たち3人を見つけて駆け寄った。
「ひっさしぶり~。なんか2日ぶりなのにずいぶんひさしぶりに感じるね~♪」
「ユウ、なんでそんなに元気いいんだ?」
「え? だってやっと高校生活が始まるんだよ? ゲンは楽しみじゃない?」
「単純に面倒くさい」
「うっわ~。ユメもキボーもない発言だね~。……で、賢治はなんで苦しそうにしてるの?」
それに答えたのは高志だった。
「こいつ、筋肉痛と股ズレが治んないんだってよ」
「……もう走りたくない。一生分走ったっちゃ~」
悠樹は小悪魔チックな笑みを浮かべると、賢治の前に立った。
「? なんだっちゃ?」
「せや!」
かけ声と共に賢治の太ももをおもいきり叩く。
「ぐぎょおお~」
「あっはははは! もっとやせなよ。膝に負担がかかりすぎてるんじゃない? タルミくん!」
賢治は悠樹を捕まえようとするが、悠樹はするりと逃げ、遠方より賢治を罵る。
「ユウって可愛い顔して、けっこうえげつないよな」
「ああ。あいつ、相当腹黒いぞ。おい、ユウ!」
「ん? なあに、ゲン?」
ユウは名前を呼ばれ源一の10センチ真横にぴたりと並び、ほぼ垂直に源一の顔を見上げた。
「おまえ、どこから通ってんだ? 1年生寮にはいなかっただろ?」
「うん。ぼくは女子寮から通っているんだ。今は女子、ひとりもいないからぼくだけで占有できてるんだよ」
「さすがブルジョワ。ひとりだけ別のところに住むって、どんだけ特別扱いだよ」
「……ゲンってホンットーにカイショナシだよね。鈍すぎるって言われない?」
「甲斐性なしっていうな!」
ユウは、いっそのこと、自分が女であることをカミングアウトしようか本気で考えた。ふと横を見ると、ユウが女であることを知っている高志は苦笑いを浮かべていた。
学園が近づくにつれて同じ制服を着た学生が増えていく。誰もが同じ苦難に立ち向かった戦友だった。
「でもさあ、少しシャクだよね」
「? なにがだ?」
「なんか学校の思惑通りかなって。結局ボクたちって、一緒にゴール目指して、頑張って協力して、仲良くなったじゃん? でもそれって、いわゆる連帯感を育むっていう学校の狙い通りってことでしょ?」
「仲良くう?」
横で話を聞いていた賢治は、顎肉を揺さぶらせながら言った。
「ブぇつに貴様らと仲良くなった覚えはないっちゃ~! あれは、俺が貴様らを利用しただけっちゅあ~!」
「うっせえぞタルミ」
「そうだぞタルミ。あれはおまえじゃなくて俺がおまえらを利用しただけなんだからな」
「なんだと~! あ、股は触らないで! いや、やめてー!」
賢治の太ももを触ろうとする高志に必死に妨害する賢治。源一は2人を無視して先を歩いた。寄り添うように悠樹は源一の隣を歩く。
「ねえねえ、ゲン」
「なんだよ」
「ゲンはどう思う? ボクたち、仲良くなってないかな?」
源一は悠樹を見下ろした。悠樹は、まっすぐ、信頼に満ちた視線で源一を見上げている。
源一は、反射的に視線を逸らして、答えた。
「……賢治の言うとおりだろ。あの時は、ひとりじゃゴールできなかったからみんなで協力したってだけの話だ。別にあれだけで仲良くなんてなってないよ」
「んふふふ♪ そっか。そうかもね。その通りかもね。ぼくとゲンと、みんなで協力してゴールしたんだもんね~。ひとりじゃ無理だから、みんなで。それだけのことだもんね~」
悠樹は源一と連帯感を持てたことがただただ嬉しかった。
お互いがお互いを必要として協力して、そして目的を達成したのだ。これ以上の関係があるだろうか? 悠樹はそう思い、少し困惑気味の表情を浮かべている源一に笑顔を向けた。
学園が近くなってきた。それに伴い、同じ制服を着た学生の数も増えていく。いや、それは増えていくというよりは溜まっていくという表現が正確だった。
「? なんだ?」
「どうせクラス分けの掲示板を見てる連中でごった返してるっちゃ」
賢治の考えは、半分は正解で半分は間違いだった。
4人は校門前まで苦労して到着した。そこで、学生が足止めを食らっている理由がわかった。校門が閉まっているのだ。
「? なんで閉まってるんだ?」
「ゲン、ゲン~! ぼくたち、同じクラスだよ!」
「それは、まあ、強歩大会の結果順に割り振られるらしいから同じクラスだろうけど。それよりなんだよ、この状況は?」
「ん~、わかんない」
嫌な予感がする。それは源一たち4人に限らず、足止めを食らっている全学生の共通の思いだった。
しばらくその場で立ち往生をしていると、予鈴がなった。あと5分で授業が始まるという時間だ。そのとき、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。忘れもしない宿敵、漆原和子校長の声だ。
『新入生諸君。先日は強歩大会、ご苦労だった。結果順に組分けは済んでいる。これから1年、その組で精進するように。これからその組に向かってもらうわけだが……』
「おい高坂」
源一が隣を見ると、三崎省吾が立っていた。
「なんだ、来たのか? 初日からさぼりかと思ったんだけど」
「まあ、慣れるまでは真面目に通うさ。おまえとの決着もまだついていないしな」
源一は苦笑する。その決着は、今から漆原校長のいう言葉でつけるのもいいかもしれない。
そして、マスター・ウルシハラは、宣告した。
『遅刻は4(死)ぃ4649(よろしく)!』
その言葉を最後にアナウンスは切られ、ゆっくりと校門は開いていった。一瞬だけ絡む視線、先頭を源一と省吾が肩を並べて突っ切っていく。その後に続くように全学生が走り出す。
「もう、走るのはいやだっちゃ~」
「いいから鬼走れ!」
賢治と高志も校舎に走っていく。
「あ、ゲン……」
悠樹の小さな身体は、波に揉まれるように押しのけられ、突き飛ばされた。気付いたときにはほとんどの学生は校舎内に入っていた。
悠樹はただ呆然とその場で立ち尽くしてしまった。孤独、寂寥感、それらが悠樹の心の中を黒く侵食していく。
「ったく、なにをやっているんだおまえは」
その声に悠樹は我に帰り、声の主を見た。
「ゲン、先に行ったんじゃないの?」
源一は、いつものように大きなため息を吐いた。その吐息に悠樹の心の闇は一気に払拭される。
「おまえを置いていけないだろ? ほら、行くぞ!」
「……うん!」
悠樹は、差し出される源一の手を取った。
これからもいろんなことがあり、たくさん走らされることになるだろう。これは予感ではなく確信だ。だが、側に源一がいてくれたらきっと乗り越えられる! 悠樹はそのことを強く思い、源一の隣に並んで走った。
長々と駄作にお付き合いくださいどうもありがとうございました。これにて今作「とりあえず走れ」の4月編は終わりです。 さて、少しこの作品のことを語ると、実はこれ、第17回電撃大賞の落選作です。自信満々に応募して、落選して落ち込んで、しばらくして読み直してみると、まあこれじゃあ駄目だなというところが多々見つかるわけです。それを承知で掲載させてもらったのは、この作品に思い入れがあるからです。ぶっちゃけ、チビデブハゲの作者、悠樹の暴言に泣かされたことは1度ではありませんでした。 さて、次回は次回は5月編を飛ばして6月編になります。ストーリーの展開上、いつかは5月は書きますが、書きやすいところから書こうかな、と。 掲載は2月頃になると思いますが、よろしければこのままお付き合いください。今後も源一たちともどもよろしくお願いします。




