決着! 3日目終了
「おれは、俺はなあ!」
源一は右拳を振り上げた。肘に走った痛みを無理やり黙らせる。
源一は、拳は振るい、全てを省吾にぶつけた。
「俺は! 親友に彼女を取られたんだぞ!」
源一の拳は省吾の顔に当たり、そのまま2人はもつれて地面に倒れこんだ。
西日、荒い息、鳥の鳴き声。
風が、死んだ。
「……ぷ」
最初に吹いたのは悠樹だった。
次いでおこる大爆笑! 悠樹も、賢治も高志も。省吾さえも笑っていた。
「なに笑ってんだよ!」
源一は馬乗りになり省吾の顔を殴る。が、その拳に力はなく、省吾の笑いは止まらない。
「あははは! いてえ! 顔と腹がいてえよ!」
「ぎゃっはははは! ばかだ! こいつ、真性のばかだっちゃ~!」
「すげえ、彼女寝取られてやんの! 鬼だせえ~!」
「きゃははは! ゲン、げん~! 君、さいこー!」
「おまえら……、人のトラウマを笑うんじゃねえ!」
源一が怒鳴り散らし、ほかの4人は腹を抱えて笑い転げる。熱帯の森の中、1人の怒鳴り声と4人の笑い声が木霊した。
「ゲン~。そんなに怒らないでよ~」
「うるせえ。おまえらなんて嫌いだ」
大爆笑がひと段落した後、5人は地べたに寝転がっていた。状況は、源一の過去のトラウマを、笑いをかみ殺しながら根掘り葉掘り聞く段階に入っている。
「いや、高坂。おまえの気持ちはわかるぞ。女ってのは特に信用ならないもんだ」
「いやいや。彼女を放っておいたゲンが悪いっちゃ。女ってのは、いつでもかまってほしいと思っているもんだから」
「いやいやいや。ゲンが甲斐性なしなのは間違いないが。女のほうも少しは気を使ってやってもよかったんじゃね?」
「……おまえら、少し黙れ」
5人は、長年の友のように打ち解けていた。省吾も、先ほどまで殴り合っていたのが嘘のような親密ぶりだ。
「まあまあ。ゲン、元気だしなよ。そんなショーワル女のことなんて忘れてさあ。……ぷぷ」
「笑うなって言ってんだろ!」
「あははは! ごめんごめ~ん♪」
源一は悠樹をヘッドロックするが悠樹の笑いは止まらない。悠樹は、楽しそうに、嬉しそうに笑い続けている。
源一は悠樹の頭を放すと、仰向けに地面に寝そべった。空を彩っていた夕の茜は、夜の藍に変わりつつある。
中学の3年間を賭けた試合を放棄し、夏の間引きこもった自身のトラウマは、他人から見れば爆笑の種だった。
そして、それを受け入れている自分自身にも源一は気付いた。なんてことはない。剣道にかまけていたために放っていた彼女に振られただけだ。
「空が高いなあ」
「ん、そだねえ」
悠樹は、源一の隣で同じように仰向けに寝そべっていた。省吾も、賢治も高志も、それに倣うように仰向けに空を見上げた。
それぞれが自分の過去を振り返っていた。
男を止めさせられた悠樹。
受験に失敗した賢治。
引きこもりだった高志。
そして、必死に守ってきた友人に見捨てられた省吾。
源一と同じように、それぞれがトラウマを抱えていた。差異はありショックも違う。だが、源一のことを笑い飛ばしたように、今、悠樹たちは自分自身の過去をも笑い飛ばしていた。
―なんだ、そんなことか。
省吾は痛む身体を起こし、寝そべっている4人を見た。爽やかな顔をしている賢治、高志。やはり爽やかな顔をして源一に寄り添っている悠樹。ひとり憮然としている源一は、仰向けのまま省吾を見上げ、口元に笑みを作った。
穏やかな夕暮れ時。昼の暑さを払拭するように海からの涼風が源一たちを撫でる。
そんなささやかな幸せを壊すのは、いつでも権力者(大人たち)の仕事だった。
静寂を打ち破るように源一たちの上に機械音が響き渡った。森のどこかに設置されているスピーカーだ。そこから、忘れもしない女性の声が響き渡る。
『新入生諸君。友情を育みあっていて大変結構なことだ。だが、タイムリミットは迫っている。早くゴールすることを警告する』
ムクリと身体を起こす5人。
「か~ずー子~!」
「警告って、なんだっちゃか?」
「……このままだとバツゲームかなにかあるんじゃねえか?」
「……ワニ以上のやつか?」
校長、漆原和子の嫌がらせの数々を経験している4人は、暗く沈んだ顔をした。ひとり和子の恐ろしさをしらない省吾は、身体をバネにして一気に起き上がった。
源一は、舌打ちした。
「タフなやつだな。もう回復してやがる」
源一は痛む身体を無理やり起こして立ち上がった。それに続いて残りの3人も起き上がる。
「さて、と。ここまで来たら恨みっこなしで行こうぜ。単純な徒競走だ」
「いいね、それ。わかりやすい」
源一と省吾の視線が絡む。それを遮るように悠樹が間に割って入った。
「それじゃあヨーイドンでスタートしようよ。最後くらいはフェアでさ」
「よし、それじゃあスタートラインを引くぞ」
そう言って高志は足でラインを引いた。そのラインに5人は並ぶ。
「それじゃあ、俺が号令をするっちゃ」
右から順に篠岡賢治、朝比奈悠樹、、高坂源一郎、三崎省吾、木下高志の順に並ぶ。それぞれがスタートに備える。
静寂の一瞬、両隣の微かな吐息のみが聞こえる。それも、緊張の高まりにつれて小さくなっていく。
世界から音が消えた。
「……ちょっと待つっちゃ。合図はヨーイドンで行くっちゃよ」
どっと、緊張が解けた。仕切り直しとばかりに賢治を除く4人は身体から力を抜いた。
賢治はその隙をついて走り出した。
「あ~、ずっこい!」
「むはははは! 騙されるほうが馬鹿なんだっちゃ~、へぶし!」
しかし賢治は3歩も進まないうちに盛大に転んだ。顔面から地面に落ち、鼻血を垂れ流す。
「な、なぜ靴紐が左右で結ばれてるんだっちゃ~!」
「あっははは! デブリーナ13世の考えなんてお見通しだよ、ぎゃん!」
賢治の横を走りぬけようとした悠樹は賢治に足首を掴まれて転倒した。
「チビすけが! 簡単には先に行かせないっちゃー!」
「え~い、離せ、は~な~せー!」
半ばブリーフのずり落ちた状態で四つん這いの賢治の顔を、悠樹はちっちゃな靴で蹴りつける。賢治は、ダメージを受けながらも悠樹の足首を離さない。
「へ、俺が一番ダメージが少ないぜ。先に行かせて……ぐお!」
ひとり先に行こうとした高志の襟首を省吾が掴む。
「お前たちのことを誤解していたみたいだな。大した仲良しグループだ!」
省吾は片手の力だけで高志を後ろにぶん投げた。
省吾の横を影が躍った。
一瞬の隙を付いて前に出る源一。
それに気付き、省吾は一歩遅れて源一の後を追った。
悠樹は、蹴り続けて気絶させた賢治の手を払うと立ち上がった。
そして、おもいきり空気を吸い込み、叫んだ。
「げーん~! 行っけ~!」
源一は、それに応えるように痛めた右腕を突き上げて、沈みゆく太陽に向かって駆け上がっていった。




