対峙!
正面を向けば沈みゆく太陽が空を朱色に染め、後ろに振り返れば蒼月が冴え冴えと輝いている。
高坂源一郎、朝比奈悠樹、篠岡賢治、木下高志。ゴールを目指す4人は、緑溢れる地獄極楽島の景色を黄金色に染める大きな夕日を眺めて足を止めた。
「ふわ~、すっごいねえ」
「ああ。綺麗だな」
「……賢治、なんで泣いてるんだ?」
「うう、きれいだっちゅわ~」
顔中、汗と涙で汁まみれのデブは、ずり落ちかけた白ブリーフを片手で引き上げた。賢治を除く3人は冷ややかな目で賢治を見た。
「? なんだっちゃ?」
「……君、顔がブサイクすぎるよ。夕日が台無し!」
賢治は悠樹に手を伸ばすが、悠樹はすばやくかわし、源一の右手に自分の両腕を絡めた。悠樹は、源一がわずかに顔をしかめたことに気付かなかった。
ゴールが近いこともあり、源一たちの足取りは軽い。
夕日は低く、長く源一たちの影を伸ばしている。それを遮るように源一たちの前に人影が踊った。
4人の前に立ちはだかったのは、三崎省吾だった。
「よお、遅かったな」
「なんだよ、待っててくれたのか? 案外義理堅いな、不良のクセに」
源一は、目の前に現れた省吾に相対した。
「ワニはどうしたんだ?」
「半殺しにしてやったよ。4人がかりでな」
省吾は、所々制服が破られ、乾いた切り傷を全身に残している4人を見て苦笑した。
「お疲れさん。もうゴールはすぐそこだよ。まだ誰もゴールしてないけどな」
「それで、なんの用だ?」
源一に問われ、省吾は口端を吊り上げた。
「わかってんだろ、高坂」
省吾は源一から視線を逸らすと、軽く息を、吐き出した。
一足で源一の横に並び、二足で後ろに回った。源一が振り返ったときには、省吾は高志を殴り倒していた。そのままの勢いで右手を振る。地面すれすれを滑空する省吾の右拳は賢治の皮下脂肪を突き破る。150キロある賢治の両足が地面から離れた。
省吾は賢治の吐瀉を避けながら、源一の隣で固まっている悠樹に視線を向けた。
「まだ1匹いるな」
省吾は手を振った。悠樹は、目を瞑った。
悠樹の前髪が風にそよいだ。おそるおそる悠樹は瞳を開けると、眼前には省吾の節くれだった裏拳があった。その手首は、源一の左手が掴んでいる。
「俺に用があるんだったらこんなうーちゃか放っておいていいだろ」
省吾は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「これでも嫉妬してるんだよ。おまえはこいつらにかかりきりで俺のことを無視してくれてたからな」
源一は、口元に笑みを浮かべた。
「安心しろ、これから飽きるまで遊んでやるから」
省吾は片頬を吊り上げると、押さえられていた拳を払い、源一に対峙した。
源一と省吾は、同時に腰を落とし、同時に前に出た。一瞬の交差、弾けるように距離を置く。
悠樹には、なにが起きたのかわからなかった。源一は鼻血を親指で拭き、省吾は頬から滴る鮮血を払った。
「なんでその身長で俺とぶつかって当たり負けしないんだ? どういう身体しているんだよ」
「なめんな喧嘩屋。てめえら素人とは鍛え方が違うんだよ」
「やっぱりおまえだよ、高坂。この3日間でいろんな奴を見てきたが、食指をそそるのは、おまえだけだったよ」
「この、狂犬が。おまえには躾が必要だな」
源一は、メガネを外すと側で固まっている悠樹に渡した。
「先に行ってろ。俺は今から三崎と遊ぶから。いいよな、三崎!」
「ああ。雑魚一匹逃がすくらいかまわないよ」
「そ、そんな、ゲンを置いて先になんて行けないよお!」
源一は、手のひらで悠樹を制して、言った。
「先に行け。おまえ、邪魔だよ」
悠樹は絶句して数歩後ずさった。
悠樹は、ショックだった。それは、「邪魔だ」と言われたことではない。源一の横顔が、愉悦に満ちていることだった。初めて見る源一の表情は、悠樹には向けられていない。
対象であるのは、やはり同じように笑みを源一に向けている、三崎省吾だった。
嫉妬か羨望か、あるいは他のなにかか。理解できない感情を悠樹は胸に押し込め、源一から離れた。
高坂源一郎と三崎省吾。2人は一足の距離で対峙していた。絡む視線。朝比奈悠樹は固唾を飲んで2人を見つめた。
「悪いな。おまえらみたいな仲良しグループを見ていると虫唾が走るんだよ」
「それで邪魔をするのか?」
「正直に言うと俺はおまえにシンパシーを感じているんだ。そんなおまえが友達ごっこをしていると思うと見てられなくてな」
「お節介だな。いい迷惑の」
「いいことを教えてやる。友情や愛情。それらは全部幻想だ」
「同感だ。だが、おまえがそう思うことと俺たちの邪魔をするのは関係ないだろ?」
「おまえらを認めると俺が成り立たないんだ」
「……ああ、そうかよ」
熱帯の森の中。2人の男が睨み合う。
どこかで鳥の鳴き声がする。生暖かい風、微かな葉擦れの音。
2人は、動いた。
互いの頬に互いの右拳を打ち込む。そこからはどろどろの混戦だった。
殴り、蹴り、ぶつけ、叩く!
「やるじゃないか! ただのスポーツ剣道じゃないみたいだな!」
「なめんなよ! てめえらが群れて遊んでいる間、こっちは強くなるために人生のほとんどを使ってきたんだからな!」
省吾は身を屈め、源一の足を刈る。源一は、省吾の水面蹴りを飛び上がってかわし、そのまま上から圧し掛かった。一瞬、浮力が増す。投げ飛ばされた源一は、そのまま地面で一回転して立ち上がり、省吾に向き直った。
省吾は切れた唇をなめ、源一は折れた奥歯を吐き出した。
悠樹は、言葉を発することもできずにただ目前と2人を見つめていた。




