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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
4月~競歩大会~
37/49

対決~ワニ~

 ……時間にすれば3秒ほどだろうか。悠樹は、おそるおそる瞳を開けた。そこには、この3日で慣れ親しんだ男の広い背中があった。

「調子に乗ってんじゃねえぞ、短足ヤロウ。爬虫類の分際で人間さまにたて突こうってんだからそれなりの覚悟はできてるんだろうな」

 ワニは、怒りに任せて短い手足と長い尻尾をばたつかせた。

 源一は、木の上から飛び降りて全体重を乗せてワニに飛び蹴りをかましたのだった。突然の予想外の攻撃にワニは大きくのけ反った。視線の先を悠樹から源一に換え、この不当な攻撃者に復讐しようと、異様な鳴き声を上げた。

「げ、ゲン……」

 おそるおそる源一に声をかける悠樹。源一は、悠樹を完全に無視してワニに向かった。

 ワニは、咆哮をあげると、尻尾の力を利用して一気に飛んだ。源一は真横に跳ね、ワニの初撃をかわす。間を置かず2撃目を繰り出そうとするワニ。だが、それが行われることはなかった。

「うすど~ん!」

 ワニの身体の上に150キロが落ちてきた。ワニの身体は海老反り、悲鳴を上げた。

 源一はすかさずワニの口吻を絞めて開かないようにし、賢治はワニの胴体を羽交い絞めにした。遅れて飛び出した高志は尻尾を引っ張り、ワニの動きを阻害する。

「うお、ワニの爪って鋭いっちゃ。怖いっちゃ~!」

「尻尾の力、鬼強い! ゲン、長くは押さえてられないぞ!」

 源一は暴れるワニを無理やり押さえつけ、悠樹に言った。

「おい、ユウ! いつまでへたってるんだ! 早く手伝え!」

「あ、う、うん!」

 悠樹は震える足を無理やり立たせた。


 満身創痍だった。鱗や爪で作られた切り傷や擦り傷。尻尾で弾き飛ばされた身体には打撲傷ができている。

 高坂源一郎、朝比奈悠樹、篠岡賢治、木下高志の4人はぐったりして木の幹に(くく)り付けられたワニを見て、大きな息を吐いた。ワニの口には源一の制服が巻かれ、胴体と尻尾は高志の制服と賢治のスラックスで木に縛られている。

「……ワニに勝っちゃった」

 ぼそりと呟く悠樹、それを合図に()(どき)が始まった。

「おら、ワニ公! 人間さまを舐めるからこうなるんだよ!」

「おっしゃあ! なんか知らないけど俺たち鬼凄くないか!」

「ちゅわちゅわあああ! 喰うか? 逆に喰うっちゃか? ワニはけっこううまいらしいっちゃよ」

 騒ぎまくる男3人。悠樹は、ただ呆けたようにその場に立ち尽くした。

「どうした、ユウ?」

 源一に声をかけられて悠樹は視線をわずかに上げた。途端、足に力が入らなくなりへたり込んだ。

「……腰、抜けちゃった」

 ユウは地面に座り込んだまま源一にニヘラと笑顔を見せた。源一は苦笑して悠樹のやわらかい髪をくしゃりと掻き回した。

「しかし、このヘンリエッタ。なんでこんなところにいるんだっちゃか?」

「ヘンリエッタってなんだ?」

「このワニの名前だっちゃ」

 賢治は手に持っていたチェーンを見せた。そこにはカタカナでヘンリエッタと書かれたプレートがつけられていた。

「これ、こいつの首につけられていたっちゃ。羽交い絞めにしているときにとれたっちゃ」

「じゃあこのワニ誰かのペットなんだ。そうだと思った。だってワニの分布に日本海とか北太平洋ってないもん」

「そうなのか? じゃあ、誰かがここに捨てたのか?」

「わざわざ無人島に捨てにきたんだっちゃか? それより誰かがわざとここで放し飼いにしていると考えたほうが自然だっちゃ」

 賢治がそういうと、全員押し黙った。今まで行われた数々の嫌がらせから推察して、このワニが誰のペットか検討がついたのだ。

「……あの女か」

「あのばばあだっちゃね」

「和子だね」

「ああ、俺たちの校長先生だ」

 風見鶏学園校長漆原和子、まだ姿すら知らないこの敵は、すでに源一たちにとっての嫌悪の対象になっていた。

 源一は頬を2度3度と叩くと、言った。

「よし、そうと分かれば先に行くぞ。ここでリタイアして校長の思惑に乗ってやることはない」

「ああ、そうだな。それにわざわざここまできてリタイアじゃあ鬼悔しいもんな」

「仕方ない。あともう少し、気合入れて頑張るっちゃか」

 ふと見ると、悠樹はへたり込んだまま源一を見上げていた。源一の視線に気付くと、悠樹は破顔して両手を広げた。

「ゲン、おんぶ♪」

「……賢治」

「おう」

 源一に呼ばれて白ブリーフ一丁で悠樹の前に立つ賢治。悠樹の頭の上にはでっかい『?』。賢治は、自身のたるんだ下腹部を持ち上げると、左右に揺すった。賢治の腹から飛び散る汗飛沫は座っている悠樹に噴きかかる。

「うにゃ~! なにするんだ!」

「うるさい! さっさと立て」

「置いてくっちゃよ!」

「んな! 仮面デブダーブラックRX78! 君にだけは言われたくな~い!」

「なんかいろいろ混ざってるっちゃよ」

「まったく。仕方ないな」

 高志はそう言うと悠樹の前で背中を向けてしゃがんだ。

「? なんだよ?」

「俺がおんぶするよ」

「高志、ガキは甘やかすと調子に乗るっちゃよ」

 悠樹はスクと立ち上がると、半ばブリーフがずり落ちている賢治の尻を蹴った。源一はその悠樹の後ろ頭を叩く。

「立てるじゃねえか!」

「はッ! ケンジがムカツクから立っちゃった」

「やっぱり甘ったれてたっちゃね。甘ったれお金チビが!」

 ぎゃンぎゃンと言い合うチビとデブ。チビデブの源一は、腰を屈めている高志を見た。

源一にはその格好から高志の頭頂部が見えた。髪の隙間から頭皮が自己主張をしていた。

「高志、なにしてんだ?」

「……いや、なんでもない」

 高志は何事もなかったように立ち上がった。賢治は、馴れ馴れしく高志の肩に手を置いた。

「高志が優しいってのはわかるが、高志は人に親切にするやり方がまだわかってないっちゃね」

「引きこもりだったしな」

「ゲン、賢治、おまえら……」

「? そーいえばさっきも言ってたけどタカシってヒキコモってたの?」

 わずかに首を傾げて高志を見上げる悠樹。高志は悠樹から顔を逸らした。

「ほら、そんなことはどうでもいいんだよ。行くぞ」

 源一は悠樹の首根っこを引っ張り歩き出した。悠樹は数歩つんのめると源一の隣に並んだ。

 高志は、源一と悠樹の後ろ姿を見ながら肩を組んでいる賢治に言った。

「おまえら、鬼むかつくな」

「同感だっちゃね。俺もそう思うっちゃ」

 賢治と高志は口元に笑みを浮かべて、源一と悠樹の後を追った。


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