3日目 8
ここでやっとオープニングに戻ってきました。
走る、走る、走る。高坂源一郎たち4人は必死になって走っていた。4人は、走馬灯のように流れる景色を横目に全力疾走で逃げていた。
朝比奈悠樹は、後ろを地響きを上げてガニマタで走る篠岡賢治を見た。賢治は、源一に手を引かれて無理やり走らされている。そして、最後尾にいる賢治のさらに後ろ、そこには、低い車高で短い手足を高速回転している物体が迫ってきていた。
「げ、ゲン! きてる、追ってきてるよお!」
「うお、速い! 鬼速いぞ!」
源一は強引に賢治の手を引きながら後ろを振り返った。
そこにいたのは、ワニだった。
緑色の鱗を照からせ、長い口吻から鋭い歯を覗かせて半開きにしている。瞳孔の細い爬虫類特有の眼は、まっすぐに源一たちを見ていた。源一の背中に悪寒が走った。
ワニが追ってきていると気付いたときには、まだ源一たちには余裕があった。ワニは水域に棲息している生物であり、陸上ではそれほど活発な運動はできないだろうと思っていたからだ。だが、その憶測は間違いだったと知らされた。いつまで経っても一定の距離で追ってくるプレッシャーに負けて源一たちが走り出したとき、ワニも一緒になって走って追ってきたのだ。
ワニは短距離ならば陸上を高速で移動できる。ワニはそれを証明するように源一たちとの距離を縮めていく。
「ぶばあ、ぶばあ」
汗で滑る賢治の赤ん坊のように脂肪に覆われた手首を源一は強く握り締めた。源一の指は、賢治の脂肪に沈んだ。
必死に引っ張るも賢治の足はすでに限界にきていて、ワニとの差を広げられなくなっている。このままでは追いつかれる、そう思った源一は、大声で怒鳴った。
「木に登れ!」
その声に反応して高志と悠樹が低木によじ登り、源一は馬になって賢治を木の上に乗せた。150キロが源一の背骨を軋ませる。
「ゲン!」
悠樹の声に正面を向くと、ワニは間近に迫っていた。
源一は、反射的に跳ねた。逆上がりの要領で一気に身体を木の上に押し上げ、地面から飛び退く。ワニは、尾の力を利用して一メートル以上を飛び上がったが、間半髪の差で源一の足首に届かなかった。
「あ、危なかった~」
悠樹は源一が無事なのを確認して安堵の息を吐いた。ワニを見ると、威嚇するように源一と賢治のいる木の周りを回っていた。
「おいおい、これ、どうするんだよ」
「ぶばあ、ぶばあ。ど、どうしようもないっちゃ」
「ボク、ひとつテーアンがあるんだけど」
「……言ってみろ」
「ケンジをワニにバクバクさせている間にボクとゲンが先に行く! ほら、ケンジって食べ応えあるしフォアグラみたいに肥満肝じゃん♪」
「冗談言ってる場合か!」
「ど、怒鳴らなくってもいいだろ! ちょっと場を和ませようと思っただけだよお」
「ブヴァア! チビすけはセンスがないっちゃ!」
源一は背中と右腕をさすった。さすがに、ワニと喧嘩するにはリスクが高すぎる。これ以上の継続は無理、ここでリタイアか……、そう思ったときだった。
その光景は、源一にはスローモーションのようにゆっくり見えた。
悠樹の身体がわずかに揺れた。そして、その傾いた姿勢のまま、悠樹は垂直に落下していった。尻餅をついて地面に接着した悠樹の下には、折れた枝が敷かれている。
悠樹は、正面を向いた。
そこには、ワニがいた。
のそりと長大な身体を動かし、口吻を開ける。状況を理解できないでいるのか、恐怖のためか、悠樹はその場でへたり込んだまま、動けないでいる。
肉食獣の生臭い息がかかる距離でワニの足が止った。ワニは心なしか瞳孔を細め、口吻を大きく上下に広げた。
高志は息を呑み、賢治は目を背ける。悠樹は、固く瞳を閉じた。
源一は、動いていた。




