3日目 7
それから5分も歩かないうちに源一たちは意外な人物に声をかけられた。
「おい、高坂!」
大声のほうを向くと、三崎省吾と3人の学生が立っていた。なぜか泉を渡っておらず、対岸でたたずんでいた。源一たちは、思いがけずトップになっていた。
源一は悠樹を下ろし、省吾に応えた。
「そんなところでなにやってんだ? もうとっくにゴールしてると思ったぞ」
「おまえらこそ、いつの間に、いや、どうやって泉を渡ったんだ?」
「どうやって?」
省吾の言葉の意味がわからず、源一は首をひねった。
「どうやら正規ルートを進んだ連中も相当苦労したみたいっちゃね。ふん、残っているのは俺たちを含めて8人か。ほれ、結局俺が正しかったっちゅわ~!」
「な、なんか鬼チャンスだぞ。このままあいつら置いていってゴールしてやろうぜ」
源一は、高志の言に頷こうとして、省吾が泉の一点を指差しているのに気付いた。4人はほぼ同時に省吾が教えようとしたものに気付いた。
目と鼻だけを水上に出す特有のフォルム。冷酷さを例えられる瞳はまっすぐに源一たちを見据え、優雅な遊泳で源一たちに向かってきていた。
「ねえ、ゲン。あれ、なにか言っていい?」
「ものすっげえ聞きたくないが、言ってみろ」
「あれ、ワニだよね」
「ああ、ワニだな」
「ワニっちゃね」
「あれがいたから三崎たちは泉を渡れなかったんだな」
ワニは3メートルを超える緑色の巨体を波打たせ、脇目も振らずに源一たちに向かってくる。
悠樹は、鼻に詰めたティッシュを引き抜いて、(源一の)制服のポケットに入れた。
「えっとね、ワニにはアリゲーター、クロコダイル、ガビアルの3種類がいるんだよ」
「へえ、それであれはなんて種類なんだっちゃ?」
「いや、種類はどうでもいい。そのワニの中に草食なやつはいるのか?」
「えっと、貝とか魚とかも食べるらしいんだけど……」
「だけど?」
「……続きを聞きたいのぉ?」
押し黙る4人。
「ま、まああんなのを相手にしてやることはないっちゃ。さっさと先に行くっちゃ」
「あ、ああ。そうだな」
源一たちはワニに背を向けるとそそくさとその場を後にした。
ワニは岸に上がり、高坂源一郎たちを追いかけていった。対岸からそれを見ていた三崎省吾は視線を泉に向けた。泉にいたワニは、一匹だけだった。
「なんだか知らないがチャンスだ。さっさと泉を渡ろうぜ」
省吾は肩を叩かれる。この場で一緒に立ち往生していた学生だ。省吾たちは、実に2時間以上もこの場でワニのせいで足止めされていたのだ。
「そうだ、な。やるか」
省吾はそう言うと、右拳を胸元に置いた。
そして、省吾は腰と拳を振るった。裏拳は肩を叩いた学生の顎に直撃し、一瞬で意識を外に飛び出させた。
省吾はそのまま身体を回転させ側にいたもうひとりの学生の即頭部に蹴りを叩き込んだ。盛大に吹き飛んだ学生は、そのまま起き上がらなかった。
「このやろう!」
残った最後のひとりは省吾に向かって手を伸ばした。背は190を超え、体重も100キロを超える巨漢だった。篠岡賢治などと違って、しっかりと鍛えている、筋肉に覆われた身体を学生は省吾に向けた。
省吾は片頬を吊り上げた。歩法や構えから察するに相手はおそらく柔道をやっているのだろう。省吾の襟首に相手の手が伸びたとき、省吾は腰をわずかに落とし、つま先に力を入れた。
大きく振られた省吾の右拳は地面すれすれを滑空し、一気に跳ね上がって相手の腹部に吸い込まれた。 鍛え上げられた腹筋を突き破り、100キロを超える巨体が宙に浮いた。省吾の襟から手が離れ、意識ごと身体を吹き飛ばされる。
今この場に残っているのは体力的にも知力的にも、運においても一定以上を要している連中だったのだろう。それが、5秒に満たない時間で完全に沈黙していた。立っているのは、省吾ひとりになっていた。
省吾は地面に伏し倒れている行き連り関係にあった同胞を一瞥して乱された襟元を正すと、泉を渡り始めた。




