3日目 5
「イツデモま、す~ぐ、歩けるか!」
「「湖にドボンかもしれないぜ!」」
「どんな、ふ~に、にげよ~か!」
「「すべては! 幻と笑おーか!」」
アルバム3枚分は歌っただろうか。そろそろレパートリーとのどの調子に限界が訪れ始めた頃、悠樹は突然歌うのをやめた。
「ユウ、どうした? 歌詞を忘れたか?」
悠樹は源一の質問には答えず、首と眼球をきょろきょろと動かした。
「どうしたっちゃか?」
「おいおい、足を止めるなよ。なにがあったんだ?」
源一と賢治、高志の3人は悠樹を囲むように立った。悠樹は、瞳を閉じ源一の右手の袖を掴んだ。数秒の静寂、悠樹はカッと目を開くと源一の袖を引っ張った。
「ゲン、こっち!」
悠樹は歩き出した。が、すぐに止った。目の前の藪を必死に掻き分けるがなかなか前に進めない。
源一は悠樹の後ろ姿を一瞥して上を見た。森の切れ目からのぞく藍色の空には、昼の白い月がぽっかりと浮かんでいた。
源一は頬を叩いて気合を入れ、悠樹の首根っこを引っ張り後ろに押し退くと、藪を掻き分けて前に進んだ。しばらく進むうちに悠樹が気付いたものに源一も気付いた。源一は速度を上げて前に進んだ。
急に視界が開けた。
薄暗い緑に慣れた源一たちには目が痛いほどの光源。空には水飛沫と7色の虹。
そこは、滝の流れる泉だった。陽光を反射して輝く水面は、幻想的な情景を醸し出していた。
悠樹が最初に気付いたものは、落水する滝の音だったのだ。
悠樹は源一を見た。泥と埃と蜘蛛の巣がまとわりついている。枝に引っかかった制服は所々が破れ、頬についた切り傷からは鮮血が滴っていた。薄汚れた格好だった。賢治と高志を見る。やはり薄汚れた格好をしている。そして、悠樹自身も同じように薄汚れていることだろう。
長く果てしない密林をようやく抜けた。悠樹は、感極まって源一に抱きついた。
「げーん~♪」
「おう!」
源一は悠樹を抱き上げ、振り回した。
「キャハハ♪」
1回転、2回転、3回転。
4回転目で源一の手が離れた。笑顔が張り付いたまま悠樹は源一から離れていった。自分がなにをされたのかわからないまま、悠樹は落水する。もがいてやっと水面に顔を上げたときに、悠樹はやっと自分が泉に投げ飛ばされたことに気付いた。
「なんてこと、す、る~!」
悠樹の言葉に被せるように、尻がふたつ悠樹に向かって振ってくる。悠樹の至近に着弾した賢治と高志は盛大に悠樹の顔に水飛沫を叩きつけた。
「バカデブ、バカハゲ! なにをやっているんだ君たちは!」
「ぷわ~! 気持ちいいっちゃ~!」
「鬼生き返るなー!」
賢治と高志は底意地の悪い太陽に苛め抜かれた身体を泉に浸して冷却した。
悠樹は、源一を見た。源一は、制服を脱いで上半身裸になっていた。
陽光に晒される筋肉質な男の身体。悠樹は、息を呑んで見入ってしまった。源一は悠樹の視線に気付くと、口元に笑みを浮かべ、一気に飛んだ。
ノースプラッシュで水面に飛び込み悠樹の眼前で浮上する。
「ふう、まさか4月に水遊びすることになるとは思わなかったな」
「そういえば今4月だったっちゃね。完全に忘れてたっちゃ」
「今って春だったんだな」
「……」
悠樹は口を半開きにして源一を見惚けている。源一は、人差し指と親指を悠樹の顔に近づけて、鼻をつまんだ。
「……にゃにしゅんだよお」
「おまえこそなんだよ。人の顔をガン見しやがって」
悠樹は、濡れた体を乾かす犬のように身体全体を揺すって源一の指を振りほどいた。
源一はメガネを外して水滴を指で拭うと、仰向けに水面に浮かんだ。
「あ~、疲れた。あとどれくらい歩くんだ?」
「ゲンが疲れたっていったの初めてだね」
「この泉は地図に載っていたっちゃ。このまま下っていけばきっと正規ルートに戻れるっちゃ」
「けっきょく俺たちって鬼遠回りしたんじゃね?」
源一の視線は空に向かった。空は夕日の朱を作り始めている。
意外にも、このままリタイアしようとは誰も言わなかった。筋肉痛と股ズレに悩む篠岡賢治ですらも、リタイアしようという思考を持っていなかった。
ここまで来たら意地でもゴールしてやる、それが4人の共通の見解だった。だから、源一が身体を起こして口火を切ったとき、それに反論するものはいなかった。
「さて、と。そろそろ行くぞ。日没までそんなに時間もない」
「うん。あともうすこしだしね」
「頑張ってゴールするっちゃか」
「地図的にはあと2~3キロだろ。あと一息だな」
4人は顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
そして、4人は学校が用意する最後にして最大の難関(嫌がらせ)と相対することになった。




