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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
4月~競歩大会~
3/49

1日目 2

 どれほどの時間が過ぎたろうか。源一たちはバスに乗り込む前に荷物や携帯を取り上げられているために正確な時間はわからない。日の傾き加減から、昼に近いとわかるのみだった。

 突然運転席の扉が開く。そこから出てきたのは、サングラスをかけた黒服だった。

黒服は困惑する学生たちに紙袋を渡していく。源一は紙袋の中を見た。入っていたのは銀紙に包まれたおにぎり、水入りの500ミリペットボトル、それと地図だった。地図には島と、スタートとゴールを結ぶ螺旋状の進行ルートが描かれている。

 中を確認したり、使用法を考えたりとあれやこれやを考えていると、ヘリが大きく揺れた。着陸したようだった。それと同時にヘリ内にアナウンスが響く。女性の声だった。

『リクルート(新入学生)諸君、遠路ご苦労だった。ここは風見鶏学園所有の無人島、地獄極楽島だ』

「……もう少しネーミング考えたほうがいいんじゃねえか?」

『私は漆原和子うるしはらかずこ。風見鶏学園の校長、つまり、君たちのマスター(ご主人さま)だ。今から君たちには3日間をかけてこの島の頂上を目指してもらう。これは強歩大会であり、これを機会に新入生同士で友情を育んでもらいたい』

 ヘリ内は非難轟々。しかし、アナウンスはそれらを無視して続く。

『さらにこの強歩大会の順位でそのままクラス分けされることになる。これは、今年1年間のハンモックナンバーと捉えてもらいたい』

「ハンモックナンバーって、どこの兵学校だよ……」

 ハンモックナンバーとは、海軍兵学校における席次だ。軍事という即断即決が要求される分野において、命令権は極めて重要な意味を持つ。従来は、階級の高いものの命令が優先され、同じ階級である場合は海軍兵学校の卒業年度の早い順。そして、卒業年が同じ場合は、席次順、つまり、ハンモックナンバーが優先されることになる。

校長は暗に言っていた。このレースで学校内における1年間の立場が決まる、と。

『島内には毒蛇や猛獣も存在する。正規ルートを外れてショートカットをすることもできるが、その場合は命の保障はしない。自己責任で行動してもらいたい。では、健闘を祈る』

 ぶつりと、一方的に始まったアナウンスは一方的に終了した。ざわめきの中、後部ハッチがゆっくりと開かれていった。

 

眩むような陽光、熱砂の白、木々の緑。

そこは、砂浜だった。

黒服は新入生たちにヘリから出るように合図する。その勢いに押されるように、新入生たちはヘリから降りていく。源一と省吾も並んでヘリから降りていった。


 圧倒的な光が学生たちに降り注いだ。薄暗いヘリ内とは違い、遮るもののない砂浜は太陽が容赦なく照りつける。

砂浜には数台のヘリと150人の新入学生で溢れていた。

「暑いな」

「ああ。ここ、日本か?」

そこは、まだ肌寒さが残る日本の4月ではあり得ない、常夏の気候だった。冬服の学生服を着ている源一は胸元のボタンを外す。

ヘリは学生が降りたのを確認すると、一斉に飛び立っていった。取り残された学生たちは、呆然と小さくなるヘリを見送っていた。

「さて、と。これからどうするかな」

「とりあえずは腹ごしらえしとこうぜ」

省吾はそう言うと、砂浜に座りこんでおにぎりの銀紙を開いた。源一もそれに(なら)う。

「地図を見ると、ここはこのスタート地点になるのかな」

「ああ。それで、ゴールはあの山の上、か」

 地獄極楽島は楕円の島になっていて、その中心に台地のような裾の広い山がそびえていた。地図を見ると、その山を螺旋状に何週もして進むコースが提示してあった。

 地図にはその他にいくつかの注意事項と、4箇所の丸が記されていた。

「この丸が記された場所がチェックポイントになるわけだ。えっと、今日の夜と、明日の昼夜。あと、明後日の昼と。時間内にチェックできなければ失格、か。ずっとここにいて失格になったほうが楽そうだなあ」

「いや、そうでもないぞ」

省吾は顎で隣にいる学生を指した。その学生は、源一たちとは違い豪華な弁当を食べていた。価格でいうのなら、源一たちのおにぎりはどうひいき目に見ても200円以下。対する隣の学生は、特売であっても2000円は下回らないだろうという差だ。

「……どういうことだ?」

「高坂、おまえ、いつ頃学校前に到着した?」

「遅刻はしてないぞ。ぎりぎりだったとは思うけど」

「ああ。俺も同じくらいの時間帯だ。同じヘリだからそうだとは思ったが、な」

「? おい三崎、なにが言いたいんだ?」

「ハンモックナンバーのシミュレーションだよ。学校に早く到着して早くにヘリに乗せられた連中は、席次が上でまともな弁当が食えて、席次の低い俺たちは粗末なおにぎりしか食べられないってことだ」

「ご機嫌だな。この学校には平等って言葉は辞書にないってことか」

「多少無理してでも上位を狙ったほうが、この1年で優遇されることになるだろうな」

「地獄極楽島か。安易なネーミングだと思ったらひねりもない、そのままの意味だったのか」

「そうらしい」

省吾はおにぎりを食べ終わると立ち上がった。源一もおにぎりの最後のかけらを口に放り込んで立ち上がる。

すでに先頭はスタートしている。それに蟻の行列のように続く学生たち。

「ま、せっかくやるならトップを目指してみるかな」

「なんだ、やる気じゃねえか。不良ってのはこういったイベントには消極的なイメージがあるけどな」

 省吾は片頬を吊り上げる。

「高坂こそ。もう1年近く身体動かしてないんだろ? その鈍った身体で俺についてこられるか、スポーツマン?」

 源一も口の端を吊り上げた。

「見たところ50キロもないな。山登りだとしても3日もいらない。今日中にゴールしてやろうぜ」

 絡む視線、2人は息を合わせたように砂を蹴り、走り出した。


緩やかなのぼり坂、高坂源一郎と三崎省吾は全速に近いスピードで駆け上っていく。抜かれた学生たちは遅れぬように源一と省吾の後に続いて走り出す。強歩大会は、いつの間にか持久走大会のようになっていた。

 片側は斜面、その下は砂浜になっており、坂道を登る度に標高は高くなっていく。


「おい、待てよ!」

その声は、源一と省吾が横を通り過ぎた5人組から発せられた。

 ガラの悪い連中だった。反射的に足を止めてしまった源一は、5人の姿を見て、思わず苦笑をもらしてしまった。染めた茶髪と地毛の黒でまだらな頭。指輪やネックレスなどの装飾品。一番の特徴は、5人が同じ格好をしていることだった。同じように髪を染め、同じように装飾過多な小物を身につける。服の崩し方すら同じ傾向が見て取れた。

「俺のこと、呼んだか?」

 いつの間にか源一の隣に並んでいた省吾は5人に答えた。

 背の低い源一にならともかく、本来ならば、5人は外見からして格の違いのわかる省吾には声をかけなかっただろう。突然軍用ヘリに乗せられ突然山登りを強要されるこの状況に、5人は混乱していたのかもしれない。あるいは常夏の暑さのせいか、春の陽気のせいか。

 5人は三崎省吾に喧嘩を売った。

「おまえら、誰に断って俺たちの前を走ってるんだよ!」

源一は横目で省吾を見た。省吾は困ったように肩を竦める。それを馬鹿にされていると取った5人は目に見えて顔を赤くした。

「なめてんじゃねえぞ!」

 その言葉に源一は大きくため息を吐き、省吾は軽蔑するように目を細めた。

「おい三崎。こいつらおまえと同種の不良だろ? なんとかしろよ」

「こんなに安っぽい奴らと一緒にされるのは正直不愉快だ」

 5人は無言で左右に広がり、源一と省吾を囲んだ。

源一はその行動を少しだけ意外に思った。5人の取った行動は、源一と省吾を逃がさないようにする連携した動きだった。それが自然に行えるということは、あるいはこの5人は喧嘩慣れしているのかもしれない。源一はそう思ったが、その考えは間違いだということに即座に気付いた。

 5人のうちの1人が、省吾の胸倉を掴もうと前に進んだ。

「ば~か」

源一が呟くのと同時に省吾の胸倉を掴もうとした1人は、文字通り吹き飛んだ。不用意に間合いに入った瞬間に即頭部にハイキックをもらったのだった。直後に省吾は、隣にいた男を殴り倒していた。

「なんだ、こいつら慣れているのは弱いものいじめだけか。本当に低俗な連中だな」

 パンチングマシンで記録を狙うような大振りパンチをかわし、源一はすれ違いざまに拳を叩き込む。柔らかい肉の感触は、竹刀を握りなれた源一の手には新鮮だった。

 

 そのときだった。


 源一は総毛だった。剣道の試合中、絶好のタイミング、渾身で放った一撃がかわされたときに感じるあの悪寒。

―斬り返しが来る!

そう思った瞬間には源一の身体はすでに動いていた。全身のバネを使っておもいきり真横に飛ぶ。半瞬の差、源一の頭部のあったところには、省吾の人を殴り慣れた拳があった。

源一はそのまま10メートル近い斜面を転がり、砂浜に落ちた。

省吾は片頬を吊り上げ、斜面の下にいる源一を見下ろした。

源一は砂の上に倒れたまま斜面の上にいる省吾を見上げた。

「悪いな、先に行くぜ」

「気にするな、すぐに追いつく」

まるで、殴りかかられたことなどなかったかのような会話。

源一は、ゆっくりと身体を起こし、身体の異常をチェックした。軽い打ち身のみで、壊した箇所はなかった。

ゆっくりと首を回す。ふと気付いた。源一は、なぜかにやけていた。

「ああ、そうだよな。こうでなくっちゃな」

 省吾とはほんの数時間前に知り合った中で、友人というわけでもない。その他人に突然殴りかかられたからといって、それは裏切りでもなんでもない。むしろ、隙があるならつけいるべきであり、省吾はそうしたに過ぎない。自分すら信じられないのに、他人を信じるというほうが間違っているのだ。

 源一は一度顔を手のひらで撫で、気を引き締めると再び走り出した。


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