1日目 1
朝日が残雪に反射した。始発を待つ高坂源一郎は顔を照らす日光に顔をしかめ、立ち居地をずらした。
源一以外誰もいない駅のホーム。電車が到着するまではまだ時間があるが、源一はストーブの灯る待合室にいる気にはなれず、寒風の中、故郷が朝の光を取り戻していく様子をただ黙然と眺めていた。
静かな朝が翳った。ホームに人が入ってきたのだ。
少女だった。ここまで走ってきたのか白い息を吐き出し、大きな瞳で源一を見ていた。
少女は、早朝の涼気を大きく吸い込むと、源一の隣に並んだ。源一は少女を見向きもしない。
少女は口を開いた。
「行っちゃうんだ」
「ああ」
少女は言葉をつなげようとするがなにも喋れず、開いた口を閉じた。しばし無言の時間が流れる。
少女は、再び源一に話しかけた。
「剣道、続けるよね」
源一は答えない。少女は源一に向き直り、無理に笑顔を作った。
「剣道、辞めちゃ駄目だよ。ずっと続けてきたのに、辞めたらもったいない」
「結果どうなった? いろんなものを失くして、俺はこっそり故郷を出るわけだ」
少女は押し黙った。イライラする。源一が故郷を出るのは、剣道をやっていたせいでも、まして少女のせいでもない。自分自身のせいであり、それをわかっていながらも少女に八つ当たりしてしまう自分自身に源一はイライラしていた。
電車の到着を告げるアナウンスがホームに鳴り響いた。時間だ。源一は足元に置いてあったバックを担いだ。
電車は駅に到着し、ゆっくりと扉を開いた。
源一は白線を越えて電車に乗り込んだ。息が白くなるほど寒いホームとは違い、暖房の効きすぎた電車内は、汗が吹き出るほど暑かった。
そこで、源一は初めて少女を見た。下を向き、大きな瞳に涙を溜めている。源一は苦笑した。源一の出発など少女にとっては取るに足らないことだろうに。
「えっと、朋絵」
少女は名前を呼ばれて顔を上げた。源一は顔にぎこちない笑みを浮かべて、少女に言った。
「もう少し時間が経って、冷静に考えられるように、ちゃんと自分に向き合えるようになったら、そうしたら戻ってくるから」
「うん……、うん!」
少女は何度も頷き、涙を零した。少女はしばらく会えない幼馴染の姿を目に焼き付けようとするが、涙で滲んだその姿はぼやけてよく見えなかった。
「じゃあ、またな。朋絵」
「うん、またね、源一!」
哀愁、懺悔、それらを断ち切るように扉は閉まり、不安、期待、それらを目指して電車は新天地に走り出す。
少女は栗色のおさげをなびかせ、手を振りながら電車を追いかけて走っている。
源一は、だんだん小さくなっていく幼馴染が見えなくなるまでその場に立ち続けた。
振り返ればセピア色の美しい思い出。
それがほんの数時間前のことだ。
「……て、ギャップがありすぎるだろ!」
源一は誰に言うでもなく叫んだ。
源一が乗っているのは輸送用の大型軍用ヘリ。ローターの爆音が容赦なく源一の耳を打つ。
―なんだ? なんでこんなことになっているんだ?
本来なら今頃は入学式のはずだった。源一は、全寮制の私立高校、風見鶏学園に入学するために故郷を出たはずだったのだ。それが校門前で大型バスに乗せられ、流れるようにこのヘリに移乗させられ、今に至る。
窓の外はしばらく前から青一色、海だ。同乗者は同じ風見鶏学園の制服。どうやら全員同じ男子新入生のようだ。彼らも源一と同じく状況が理解できていないようで、その表情には不安、困惑を浮かべ、中には奇声を上げて混乱するものもいた。
源一は隣に座っている男を見た。その男は足を組み、騒いでいる周りを楽しげに見ていた。男は源一の視線に気付き、片頬を吊り上げた。
「やけに落ち着いているな」
「ん? ああ。周りが騒いでいるとかえって冷静になるタチでね。それに、ここで騒いでもどうしようもないだろ?」
源一は男を観察した。強い眼光に180を超える長身。制服の下は直でTシャツ。右耳にはピアスをしている。その反骨的な姿勢は、いかにもな「不良」だな、と、源一は思った。
男も源一を見る。分厚いメガネ。160に達しない小柄な身長に広い肩幅。格闘家を肥満で片付けるタイプには、そのまま小太りのチビに映るだろう。が、脂肪の下には、鍛え上げられた筋肉で覆われていることが男にはわかった。
男は源一に手を差し出した。
「三崎省吾だ」
「高坂、源一郎」
源一は男、三崎省吾の手を握った。ごつごつした、人を殴り慣れた拳だった。
「このタコ、剣道か?」
省吾は源一の手にある剣道ダコに気付き、聞いてくる。
「ああ。去年の夏までやっていてね。部活が終わって練習をやらなくなったらこの有様だよ」
そう言って、源一は自身の腹を撫でた。源一にしてみれば、剣道を現役でやっていたときに比べて格段に筋肉が落ち、脂肪の付いている腹だったが、それを知らない省吾には十分に引き締まった、鍛え上げられた腹筋に見えた。
お互いがお互いを一目置いた、高坂源一郎と三崎省吾の出会いだった。




