木下高志
湯煙、檜の風呂、そしてでかでかと描かれた富士山。2日目の風呂は、温泉だった。どこか下町風の銭湯を模したこの温泉に校長のセンスのなさを実感しながら源一は肩まで湯船に浸かった。
「ふう、いい湯だっちゃねえ」
隣に賢治と高志が並ぶ。風呂の順番はハンモックナンバーが適用され、最下位の源一たちが最後の入浴になっていた。
「飯といい風呂といい、けっこう粋なことやってくれるな」
「そうか? 命がけの対価としては安いと思うけど」
源一はそう言うと白く濁った湯で顔を洗った。
「それで、チビすけはどうしたっちゃか?」
「知らん。便所に行くから後で来るってなこと言ってたけど」
「ふん、糞か。あ、いまフンとクソがかかったっちゃね、ごふぉ!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ」
源一は賢治のわき腹を湯船の下で手刀で突き刺した。手刀は深々と賢治の脂肪に埋まった。
ふと思う。源一は今、ほぼ反射的にツッコミを入れていた。ボケに対するツッコミ。それは、賢治が源一たち相手にならボケてもいいと思ったということであり、源一が賢治たち相手にはツッコミを入れてもいいと思ったということだ。それは、昨日今日知り合ったばかりの賢治たちに、源一が心を許し始めているということ、だった。
三崎省吾の言葉に触発されたわけでもないが、確かに馴れ合っているのかも知れない。源一はそう思い、痛めた右腕を軽く揉んだ。
「ゲン、どうしたっちゃか?」
「ああ、そうだな。一応はっきりさせておいたほうがいいな。俺たちはたまたま道中が一緒というだけで別に友人でもなんでもない。変に馴れ合わないでその辺は自覚しておこうぜ」
静まり返る浴室。どこかで、カポーンと小気味のいい音がした。
源一の言葉に対する賢治と高志の反応は、失笑だった。
「俺、変なこと言ったか?」
「いや、ゲンの言ったことは鬼正しいと思うぜ。だけどそれを口にする必要はなくね?」
「ゲンはまだまだ青いっちゃねえ。そんなことは自分の心の中で思っていれば足りるっちゃ。相手に伝えたって意味ないっちゃ」
脱力して湯船に浸かる賢治と高志。源一はバツが悪そうに首を鳴らした。
「そうだな。せっかく裸の付き合いをしてることだし、俺も少し本当のことを言うよ」
源一と賢治の視線が高志に集まった。
高志は、言った。
「ゲン、俺はおまえのことが嫌いだよ」
源一は苦笑する。
「まあ、好かれる理由もない」
高志は、広い額を両手で覆い、切り口を変えて話し始めた。
「ぶっちゃけるとさ。俺って中学の時は登校拒否してたんだよ。きっかけは……、もう覚えてないや。たぶんたまたま数日学校を休んだのがそのままずるずるってパターンだったんだと思う。それでひとりで引きこもっているとさ、被害妄想がどんどん広がっていくんだよ。周りが登校拒否なんてしている俺を陰で馬鹿にしてるんじゃないかって。そうなるともう悪循環だよな。家からも出られないようになっちまうんだよ」
高志は、それだけ一気にまくし立てると、手拭いで顔を拭いた。
「それで、新規一転やり直すつもりでここ、風見鶏学園に来たんだけど……、そこにおまえがいたんだよ」
「? どういう意味だよ」
「このままじゃいけないって思って、それで地元を離れて、親元を離れてここに来たんだぜ。なのに、おまえは俺がやっぱり駄目だってことを思い知らせてくれるんだ」
「そんなつもりはねえよ」
「ああ、わかってる。けど、おまえにそんなつもりがないからこそ俺は思い知らされるんだ。今日の迷路内での火事騒動もそう。鉄橋でもそう。真っ先に逃げる俺に周りを見渡して最後尾につくおまえ。なんかおまえに、俺は自分のことしか考えてないって言われているみたいなんだよ」
高志はそう言うと、顔を源一に向けて笑みを作った。「自分のことしか考えていない」。その言葉に源一は苦い顔をした。
「なかなかの被害妄想癖っちゃね」
「おまえは誇大妄想癖があるけどな」
源一はのど元まで白く濁った湯船に浸かると、目を閉じて言った。
「高志。おまえ、勘違いしてるよ。俺はおまえにケチつける気なんてこれっぽっちもない」
「わかってるよ。これは俺が勝手にそう感じてるだけ……」
「そうじゃなくてさ。俺は、おまえが先を行ってくれるから後ろを走れるんだよ。事実、鉄橋ではおまえが俺と一緒に後ろを走っていたら間違いなくリタイア、いや、死んでたかもしれねえや」
源一は目を開け、笑みを作って高志を見上げた。高志は、呆けた顔をして、その後に笑い出した。
「そうか、そっか」
「ま、迷路は俺さまちゃんのおかげで突破できたんだっちゃけどな! ほら、賞賛の言葉を、今! 俺さまにおくるっちゃ!」
「俺たち、鉄橋でおまえを引き上げてやったのにまだお礼言われてないよな」
「……ちっさいことに拘るやつらっちゃねえ」
賢治は頬肉にお湯をかけて言った。
「いい機会ではあるっちゃね。別に隠すことでもないけど、あえて口にすることでもない。そんな素敵なトラウマが俺にもあるっちゃよ」
賢治は、自分の過去を語った。中学受験に失敗したこと、学校での孤立、家庭での阻害。多少誇張を交えて賢治は、この学校に来ることになった経緯を語った。
「それで、俺は地元から離れることにしたっちゃよ」
「おまえも高志も、そんな理由でここに来たのか」
「こんなところに来る奴らはそれなりに理由があるのかもな」
ふと考える。三崎省吾もそれなりの理由があった。お金持ちのお坊ちゃんであるはずの朝比奈悠樹もこんなところに来るからにはそれなりの理由があったのだろう。そして、源一は苦笑した。源一自身にも地元を離れたかったそれなりの理由があったのだ。
「それで、ゲンはどんなトラウマを抱えてるっちゃか?」
「俺? 俺のことはいいんだよ」
「人のを聞いておいて自分は言わない気かよ」
「おまえらが勝手に喋ったんだろ」
「こいつ、汚いっちゃねえ」
「せこいな、鬼せこい」
「ああ、わかったよ。言うよ、言う言う!」
源一は、座り直し、賢治と高志に身体を向けた。なにから話せばいいのか……。源一は、考えて話し始めた。
「俺、昔から剣道やってて、これでも小学生の時は団体戦で全国優勝してるんだぜ、ってあ~ぶね!」
「でぶどーん!」
飛んでくる賢治の腹。源一は、半瞬の差で賢治のボディプレスを避けた。賢治の腹は水面に打ち付けられ盛大な飛沫を上げた。
「っち! 避けたか。さすがにチビすけよりは素早いっちゃね」
「おまえなあ! 150キロってのは凶器だってことを少しは自覚しろ!」
「俺たちはおまえの自慢話なんて聞きたくないっちゃ! みっともないトラウマを聞かせるっちゃ!」
「馬鹿ヤロウ! 今からする予定だったんだよ……甘い!」
源一は後ろからタックルしてくる高志を身体をひるがえしてかわした。
「なんで後ろからの攻撃をかわせるんだよ、ウップ!」
「武道経験者を舐めんな!」
源一は高志の頭(髪薄め)を掴み、湯船に沈める。賢治は奇声を上げながら再び肉弾プレスを敢行した。
篠岡賢治著、自叙伝『わが敗走~風見鶏学園編~(自費出版)』に曰く、「わたくしたちが本当の意味で交友を持ったのは、まさにこの晩からだったっちゃ」。
源一たちは、疲れるまで風呂場で乱闘騒ぎを繰り返したのだった。
この小説は当て字を多用しています。それがうまく()で括られたりうまく当てはまっていなかったりということに、今気づきました。ただでさえ読みにくいのに、さらに読みづらくしてしまって申し訳ありませんでした。ぶっちゃけ直し方とかよくわかってないんで、このまましばらくご迷惑をおかけしますが、今後もどうぞ懲りずにお付き合いください。




