三崎省吾
今回は省吾の独白が長々と続きます。あまり面白くないので、興味を無くした方はどうぞ、そのまま立ち去らずに、同時投稿の次話にお進みください。
その日の夕食は、和食、洋食、中華、なんでもありのバイキングだった。強歩大会始まって以来、初めてまともな食事にありついた源一たちは、おおいに楽しんだ。
「あ~、ケンジ! ボクのニンニク取った~!」
「お金持ちのくせにけちっちゃねえ。お金ちゃまめ!」
「食いたければ自分で取ってくればいいだろ。鬼意地汚いな」
源一は、エビチリを食べながら仲間が騒いでる様子を眺めていた。
「? ゲン、どうしたんだ?」
「いや、高志。気付いてるか?」
「なにがだ?」
「俺たちがまともな食事にありつける理由」
源一は、食堂の中を見渡した。昨晩と比べてもかなり数を減らした学生がそれぞれ食事を取っていた。
「ああ。だいぶ減ったなあ」
今日最後にチェックを受けた源一のハンモックナンバーは25番だった。初日に150人いた新入学生は、実に6分の1まで減っていた。
「たぶん、明日はもっと減ることになるぜ。校長は俺たちを完走させる気はないんだろうな」
源一は、悠樹と皿の上の肉を取り合っている賢治を見た。休息所に着いたときは息も絶え絶えだった賢治は、食事で元気を取り戻していた。
「ま、食欲が戻ったんなら明日も大丈夫だろ」
源一は横目に食堂を出て行く影を見つけると席を立った。
「? ゲン、どこ行くの?」
「便所」
「行儀悪いっちゃねえ」
源一は、軽く手を振ると食堂を出て影を追った。
夜は熱射の降り注ぐ昼と違い、肌寒さを感じた。ずいぶんと高所にまできたこともあるのだろう、冷えた風が森を揺らし、葉擦れの音が休息所を包んだ。
「三崎!」
源一は一人で先に過ぎ去ろうとしている三崎省吾に声をかけた。省吾は、振り返ると源一に目を止め、片頬を吊り上げた。
「高坂、無事に休息所に着けたみたいだな。心配してたんだぜ。へぼ連中のおもりをしながらじゃあ、リタイアするかもしれないってな」
「これでも助けられてるんだぜ、そのへぼ連中にな」
視線を絡ませる省吾と源一。2人は、同時に微笑を浮かべるとそばにあったベンチに腰を下ろした。
「おまえは順調に1位をキープか?」
「まあ、な。ま、正直あまり意味のあることでもないみたいだけどな。要は明日1位でゴールしなければ、今までの順位なんて意味がないみたいだしなあ」
「それならチンタラ進んでいる俺のほうが賢いってことになるな」
省吾は隣に座っている源一に横目で視線を送り、苦笑した。
「そういえば、聞いたんだってな。俺の昔のことを」
「ああ。と、いっても昔群れて粋がっていたってことだけだけどな」
省吾は背もたれに深く寄りかかると天井を見て重い息を吐いた。
省吾は中学までのことを源一に語った。
「最初は、ほんと、些細なことだったんだよ。中学に上がって友人が上級生にいびられたってだけ。ほんの少し前まではランドセルを背負っていた俺たちは中学校のルールなんてものは知らないし、関係ないと思っていたんだ。だが、連綿と続く上級生と下級生の関係ってのは、まあ、あったわけだ。うちの中学校が特殊だったのかもしれないけどな。典型的なまでの体育会系だよ。下級生はまったく知らない上級生にも挨拶をして絶対服従。そんなくだらないことを上級生は俺たちに強制しようとしたんだな。
早い話が俺たちはその命令を拒否したんだ。俺を含めて5人の、ほんの小さなグループ。それが最初だよ。
幸いというか不幸にもっていうか。俺たちは腕っ節にはそれなり自信があってな。いびりにくる上級生連中を返り討ちにして、いい気になってた、その頃がまあ一番よかったな。
上級生たちを黙らせて、校内を肩で風切って歩くようになった辺りから話がでかくなり始めた。昔風に言うなら不良番長ってやつだ。敵はどこにでもいるもので、校内の次は近隣の中学。その次は高校。これでも苦労したんだぜ。仲間を守るため、我を通すために強くなろうと身体を鍛えたりな。もっともおまえと違って我流だけど、な。
そのうち、守る仲間が増えていった。友人の友人、またその友人といった感じでな。その頃には俺たちの間でも変な連帯感も生まれていたんだよ。なぜか見たこともない年上が俺の子分を演じていることもあったし、なあ。
俺たちのグループが300人を超す頃、地元の駅でのさばっているチーマーと揉めた。まあ、当然だな。枝葉を広げていればぶつかるもんだよ。その頃には抗争なんてのは日常になっていて、俺たちにしてみれば、またか、ってな具合だったんだ、最初は。
俺たちは、まだ学校内で粋がっている分にはよかったんだよ。いろんなところも見逃してくれる。目障りではあっただろうがな。だが、チーマーやらカラーギャングやらは俺たちとは毛並みが違った。後で知ることになるんだけど、あいつら、暴力団に頭下げて後援してもらってるんだぜ。いわゆる暴力団の準構成員ってやつだな。正直、そいつら自身は大したことはなかった。だが、その後ろには、大人がいたんだ」
省吾は当時を思い出して苦い顔をした。源一は、黙って省吾の話を聞いた。
「慰謝料と称した金の要求。それを拒否したら弱いやつを囲んで集団リンチ。そこまではよくある話だった。だから、俺たちは当然のように反撃した。暴力団相手に、な。我を通すため、仲間を守るために俺たちは戦った、少なくとも、俺はそのつもりだった。
だが、な。仲間は違った。やりすぎたってことに遅まきながら気付き始めたんだな。今、冷静になって考えてみればその通りだと思うよ。だってその当時、俺はまだ14歳だぜ。明らかにやりすぎだったんだよ。
仲間がやられればやり返す。それで、またやられたらお返し。そんな報復合戦の繰り返し。正直、死者がでなかったのが不思議なくらい過激さは増していったんだ。暴力団の連中も辟易していたと思うぜ。中学生のガキが調子に乗って暴力のプロに張りあってるんだからな。本来だったら頃合を見定めて手打ち。だが、リーダーである俺は徹底抗戦を叫んで噛み付いてくる。話はどんどんでかくなっていった。警察なんかも出張ってきて、どんどん大事になっていった。
それで、話はでかくなるだけなって、弾けた。いつの間にか俺は仲間に売られていたんだ。俺の知らないところで暴力団との手打ちは成立していて、責任は全て俺ひとりにかぶせられた。俺は、守っていたはずの仲間に裏切られたんだよ」
源一は、省吾を見た。省吾は天井の一点を凝視していた。その横顔からは、感情は読み取れなかった。
「だから、仲間なんてものは信用できない。裏切られるだけだって長い話。おしまいおしまい」
省吾は、その時の絶望感、その他いろんなものをあえて語らず、話を終えた。
「なんだ、今からがいいところだろ? おまえが痛い目に遭うところを端折るなよ」
省吾は、口の端を吊り上げて源一を見た。
「あいにく、俺はこの通り5体満足だ。心はズタズタにされたがね」
「? 暴力団はおまえになにもしなかったのか?」
「ああ。くだらない、3つの理由からな」
省吾は体勢を直し、身体を源一に向けた。そして、指折り数えていく。
「ひとつは俺の知らないところで慰謝料が支払われていたこと。ふたつめは、タブロイド誌で掲載されたために俺が有名人になったこと。あいつら、暴力団のことは一切触れないで、俺たちが快楽的に破壊活動を繰り返すってな論調で報道してなあ。もっとも、慰謝料集めのためにけっこうな無茶はやったみたいだけどな」
「自分は無茶してないみたいじゃねえか」
「これでも、俺たちの行動理念はしっかりしている、していたと思うぜ。仲間を守るって1点は、な。まあ、タブロイド誌の報道は結果論から俺に有利に働いたんだ。雑誌読者は俺と暴力団との関係を知らなくとも、警察関係者は知っている。俺になにかあればそれは暴力団の仕業だろうってな」
省吾は立ち上がった。話は終わりとばかりに歩き出そうとする。
「待てよ。3つめの理由は?」
「実にくだらない。暴力団のお偉いさんが俺に目を留めたんだってよ。若いのに大した度胸だってな。以来俺はそのお偉いさんに頭が上がらない生活を強制されてるってわけだ。この学校にもそいつに勧められたから進学したってのが理由だしな」
省吾は、食堂の扉を見ていた。源一もその視線の先を見た。そこには、悠樹が扉の隙間からどこかの家政婦ばりに源一たちを覗いていた。源一の視線に気付き慌てて隠れる悠樹。省吾は、その様子を見て何度めになるかわからない苦笑を漏らした。
「正直おまえらみたいな仲良しグループを見てると反吐がでるんだよ。特に高坂には俺も一目置いてるし、な。ま、おまえがそのまま仲良しグループを続けるってんなら、それごと叩き潰すのも、案外面白いかもしれない、な」
省吾はそう言うと、源一の肩を軽く叩いてその場を去っていった。源一はベンチに腰掛けたまま、省吾を見送った。
軽く伸びをして、省吾の話を反芻してみる。自分とは大同小異、だと思った。場所もシチュエーションも違うが、やはり、源一も親友に裏切られたのだ。
「案外自分でそう思ってるだけなんじゃねえのか?」
源一の言った独り言は、省吾に向けられたものか、それとも自分自身に向けられたものか、源一自身にもわからなかった。
ベンチが大きく揺れた。悠樹が飛び乗ったのだ。源一の隣に腰下ろす悠樹。
「ゲン、なかなか帰ってこないから心配したよ」
「心配することもないだろ。こんなところで迷子になるわけもあるまいし。それで、どうしたんだ?」
「あ、うん。賢治が食べすぎで動けないって」
「馬鹿かあいつは」
源一は、省吾のように苦笑を浮かべると、悠樹と連れ立って食堂に戻った。




