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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
4月~競歩大会~
23/49

2日目昼 4

「……う、ユウ!」

 ゆっくりと目を開ける。眼前に、源一の顔があった。

「あ、ゲン。おはよお~、あた」

 源一に頭突きされ、悠樹は覚醒した。足元に地面はなく、左手で源一に抱きしめられていた。自分の胸と源一の厚い男の胸が合わさり、心臓が飛び跳ねた。

「にゃにゃああ!」

「暴れるな! とりあえず落ち着け!」

 源一は額を合わせ、じっと悠樹の瞳を覗き込んだ。吐息のかかる距離、悠樹は慌てて横を向いた。

 その視線の先には、クレーンに吊るされた豚肉があった。

「ぶばあ、ぶばあ」

 足をばたつかせて鉄橋にぶら下がる賢治。遠い下方には水の流れる音がする。悠樹は、慌てて足を源一の腰に絡ませて首に抱きついた。

 源一は、悠樹が大人しくなったのを確認して、橋の上にいるはずの沙悟浄を呼んだ。

「木下、木下!」

 返事はない。鉄橋の下からでは、上の様子はわからなかった。源一は大きく息を吸い込み、名前を叫んだ。

「高志! いないのか!」

「あ、ああ。悪い。ここだ」

 源一は、安堵の息を吐いた。顔に出さないように注意しているが、源一の右腕は限界だった。

 いくら悠樹がコンパクトといっても30キロ以上の体重はある。それに加えて自身の軽くない体重。さらには列車を避けるために鉄橋から飛び出した時の衝撃。それらは源一の右腕一本に全て負荷としてかかっていた。源一の右腕の筋は、伸びきっていた。

「とりあえずユウを引き上げてくれ」

「わかった」

 高志は腰を屈めて悠樹に手を伸ばした。悠樹は、源一の顔を覗き込んだ。

「早く行け! いくらおまえがうーちゃかだからって、おまえを抱えたまま片手で身体引き上げる余裕はないんだよ!」

 源一は悠樹の顔を見ずに言った。それで、悠樹は源一にも余裕がないことを知った。高志の手を取る。悠樹は引き上げられ、橋の上に着いた。

「ぶばあ、ぶばあ、お、おちる、おちるう!」

 賢治は足をばたつかせながら上にいる高志と悠樹を見た。高志は、上から賢治を見下ろしていた。

 悠樹は、ぞっとした。昨日の高志との会話を思い出す。

『あの2人を出し抜いて俺と組もうぜ』

 ここで、源一と賢治を落とせば(はか)らずも昨日の会話は実現する。

 悠樹は、慌てて高志を止めようとした。高志は、悠樹を横目で眺め、苦笑した。それで悠樹は自分の考えが杞憂だとわかった。

「おい賢治。今持ち上げるから大人しくしてろ。ユウ、一緒に引き上げて。こんな鬼デブ、ひとりじゃ引き上げられないよ」

「あ、うん。わかった」

 悠樹は高志と共に腰を落とし、汗で湿った賢治の制服を掴んで持ち上げた。

「ボク、君が2人を落として先に行くかもって思ったよ」

 悠樹は高志にだけ聞こえる声音で言った。

「ああ、俺もそうしようかって思ったんだけど」

「考え直したの?」

「まだ1日あるから。ユウと2人じゃ鬼きついって気付いたんだよ」

「ん、そだねえ。きっと、これからもまだまだみんなで協力しないと先に進めないんだよ」

「ほら、おまえらちょっと横にどけ」

 そこに這い上がってきた源一が横に並んだ。悠樹と高志はお喋りをやめて源一の場所を作った。

源一は、腰を屈めて賢治の襟首を掴んだ。

「おちるう。たすけて~」

 鼻を垂らして涙目の賢治。3人はそれを見て顔を見合わせた。

「っぷ。すっごいブサイク」

「鬼写真取りたいな。一生強請(ゆす)れるぞ、このブサイク顔」

「もう『ちゃ』をつける余裕ないんだな」

 指をさして笑われている賢治は、しかし、言い返す余裕はない。源一たちは、一頻(ひとしき)り笑った後、賢治を引き上げることにした。

「おっし、一気に引き上げるぞ、いっせえの」

「っせ!」

 3人は力を入れ、賢治を持ち上げた。昨日の丸太橋と違い、水の浮力による助けはない。150キロの巨漢は、3人がかりでようやく持ち上がった。

 鉄橋の上に引き上げた後、4人は荒い息を吐いて仰向けに寝転んだ。

「重いんだよ、環境の敵が!」

「でぶでぶ戦隊デブレンジャー! 君は世界平和を守る前にやせろ~!」

「鬼、いや、神デブだな!」

「ぶばあ、ぶばあ。うう、怖かったっちゃ~」

 言い返すこともせず、賢治は全身の脂肪を重力に引っ張られて垂れ延ばしていた。

 源一は、ゆっくりと身体を起こすと、未だ倒れこんでいる高志に左手を差し抱した。

「高志、助かったよ。ありがとうな」

 高志は、源一の微笑を見上げると、少し照れくさそうに源一の手を取った。

「俺でも少しは役に立つだろ」

「ああ。おまえがいなけりゃ、運が悪ければ死んでたよ」

 源一は、左手で高志を起こした。

「ゲン~。ボクも」

 ユウは座ったまま源一に両手を伸ばした。

「はいよ。ほら」

 源一は悠樹に左手を差し出した。悠樹は源一を見上げた。夕日に照らされて光る源一のメガネ。それで、悠樹は気付いた。

「あ~~!」

「な、なんだよ、急に」

「もう日が暮れかかってるう。ゲン、もう時間がないよお」

 その言葉で源一は初めて気がついた。悠樹を引き起こすと、源一はのびている賢治に言った。

「おい、賢治! これから走るぞ、早く起きろ!」

「うえ、勘弁っちゃ~」

「もういいよ。コイツ置いてっちゃおうよ」

「ユウ、おまえって鬼シビアだよな」

 源一は無理やり賢治を起こすと、汗に濡れた尻を引っぱたいた。湿った賢治のスラックスは、鈍い音を上げた。

「ほら、行くぞ!」

先頭に高志が走り、無理やり賢治を走らせ、その後に源一は続いた。悠樹は、足を動かしながら源一の顔を覗き込んだ。

「? なんだよ」

「ん~、なんでもない♪」

「変な奴だなあ」

 源一は悠樹を一瞥すると、賢治に並んで走り出した。

 悠樹は源一の隣に並ぶと、賢治に合わせてゆっくりと走った。


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