2日目昼 4
「……う、ユウ!」
ゆっくりと目を開ける。眼前に、源一の顔があった。
「あ、ゲン。おはよお~、あた」
源一に頭突きされ、悠樹は覚醒した。足元に地面はなく、左手で源一に抱きしめられていた。自分の胸と源一の厚い男の胸が合わさり、心臓が飛び跳ねた。
「にゃにゃああ!」
「暴れるな! とりあえず落ち着け!」
源一は額を合わせ、じっと悠樹の瞳を覗き込んだ。吐息のかかる距離、悠樹は慌てて横を向いた。
その視線の先には、クレーンに吊るされた豚肉があった。
「ぶばあ、ぶばあ」
足をばたつかせて鉄橋にぶら下がる賢治。遠い下方には水の流れる音がする。悠樹は、慌てて足を源一の腰に絡ませて首に抱きついた。
源一は、悠樹が大人しくなったのを確認して、橋の上にいるはずの沙悟浄を呼んだ。
「木下、木下!」
返事はない。鉄橋の下からでは、上の様子はわからなかった。源一は大きく息を吸い込み、名前を叫んだ。
「高志! いないのか!」
「あ、ああ。悪い。ここだ」
源一は、安堵の息を吐いた。顔に出さないように注意しているが、源一の右腕は限界だった。
いくら悠樹がコンパクトといっても30キロ以上の体重はある。それに加えて自身の軽くない体重。さらには列車を避けるために鉄橋から飛び出した時の衝撃。それらは源一の右腕一本に全て負荷としてかかっていた。源一の右腕の筋は、伸びきっていた。
「とりあえずユウを引き上げてくれ」
「わかった」
高志は腰を屈めて悠樹に手を伸ばした。悠樹は、源一の顔を覗き込んだ。
「早く行け! いくらおまえがうーちゃかだからって、おまえを抱えたまま片手で身体引き上げる余裕はないんだよ!」
源一は悠樹の顔を見ずに言った。それで、悠樹は源一にも余裕がないことを知った。高志の手を取る。悠樹は引き上げられ、橋の上に着いた。
「ぶばあ、ぶばあ、お、おちる、おちるう!」
賢治は足をばたつかせながら上にいる高志と悠樹を見た。高志は、上から賢治を見下ろしていた。
悠樹は、ぞっとした。昨日の高志との会話を思い出す。
『あの2人を出し抜いて俺と組もうぜ』
ここで、源一と賢治を落とせば謀らずも昨日の会話は実現する。
悠樹は、慌てて高志を止めようとした。高志は、悠樹を横目で眺め、苦笑した。それで悠樹は自分の考えが杞憂だとわかった。
「おい賢治。今持ち上げるから大人しくしてろ。ユウ、一緒に引き上げて。こんな鬼デブ、ひとりじゃ引き上げられないよ」
「あ、うん。わかった」
悠樹は高志と共に腰を落とし、汗で湿った賢治の制服を掴んで持ち上げた。
「ボク、君が2人を落として先に行くかもって思ったよ」
悠樹は高志にだけ聞こえる声音で言った。
「ああ、俺もそうしようかって思ったんだけど」
「考え直したの?」
「まだ1日あるから。ユウと2人じゃ鬼きついって気付いたんだよ」
「ん、そだねえ。きっと、これからもまだまだみんなで協力しないと先に進めないんだよ」
「ほら、おまえらちょっと横にどけ」
そこに這い上がってきた源一が横に並んだ。悠樹と高志はお喋りをやめて源一の場所を作った。
源一は、腰を屈めて賢治の襟首を掴んだ。
「おちるう。たすけて~」
鼻を垂らして涙目の賢治。3人はそれを見て顔を見合わせた。
「っぷ。すっごいブサイク」
「鬼写真取りたいな。一生強請れるぞ、このブサイク顔」
「もう『ちゃ』をつける余裕ないんだな」
指をさして笑われている賢治は、しかし、言い返す余裕はない。源一たちは、一頻り笑った後、賢治を引き上げることにした。
「おっし、一気に引き上げるぞ、いっせえの」
「っせ!」
3人は力を入れ、賢治を持ち上げた。昨日の丸太橋と違い、水の浮力による助けはない。150キロの巨漢は、3人がかりでようやく持ち上がった。
鉄橋の上に引き上げた後、4人は荒い息を吐いて仰向けに寝転んだ。
「重いんだよ、環境の敵が!」
「でぶでぶ戦隊デブレンジャー! 君は世界平和を守る前にやせろ~!」
「鬼、いや、神デブだな!」
「ぶばあ、ぶばあ。うう、怖かったっちゃ~」
言い返すこともせず、賢治は全身の脂肪を重力に引っ張られて垂れ延ばしていた。
源一は、ゆっくりと身体を起こすと、未だ倒れこんでいる高志に左手を差し抱した。
「高志、助かったよ。ありがとうな」
高志は、源一の微笑を見上げると、少し照れくさそうに源一の手を取った。
「俺でも少しは役に立つだろ」
「ああ。おまえがいなけりゃ、運が悪ければ死んでたよ」
源一は、左手で高志を起こした。
「ゲン~。ボクも」
ユウは座ったまま源一に両手を伸ばした。
「はいよ。ほら」
源一は悠樹に左手を差し出した。悠樹は源一を見上げた。夕日に照らされて光る源一のメガネ。それで、悠樹は気付いた。
「あ~~!」
「な、なんだよ、急に」
「もう日が暮れかかってるう。ゲン、もう時間がないよお」
その言葉で源一は初めて気がついた。悠樹を引き起こすと、源一はのびている賢治に言った。
「おい、賢治! これから走るぞ、早く起きろ!」
「うえ、勘弁っちゃ~」
「もういいよ。コイツ置いてっちゃおうよ」
「ユウ、おまえって鬼シビアだよな」
源一は無理やり賢治を起こすと、汗に濡れた尻を引っぱたいた。湿った賢治のスラックスは、鈍い音を上げた。
「ほら、行くぞ!」
先頭に高志が走り、無理やり賢治を走らせ、その後に源一は続いた。悠樹は、足を動かしながら源一の顔を覗き込んだ。
「? なんだよ」
「ん~、なんでもない♪」
「変な奴だなあ」
源一は悠樹を一瞥すると、賢治に並んで走り出した。
悠樹は源一の隣に並ぶと、賢治に合わせてゆっくりと走った。




