2日目昼 3
そこは、渓谷だった。遠く下方には川が流れている。急流は、飛沫をあげながら源一たちの耳にその勢いを伝えていた。
その渓谷に架かるのは、映画のロケーションにそのまま使えそうな古びた鉄橋だった。その鉄橋には1車線の線路が引かれている。
「……鉄橋だな」
「……線路だね」
「鬼悪い予感がするのは俺だけか?」
「奇遇っちゃね。俺も今、ものすっげえ悪い予感がしたっちゃ」
顔を合わせる4人は一様に不安な顔をしていた。
「と、とにかく、進まないことには始まらん。行くぞ」
そう言うと、源一は鉄橋に足を踏み入れた。鉄橋の錆が、ぱらぱらと下に落ちていく。
「見た目より丈夫そうだな。おまえらも来いよ」
悠樹は源一に続き鉄橋に入る。高志、賢治も続いて鉄橋に入った。
4人は、ゆっくりと鉄橋を渡っていった。
「なんか昔のセイシュン映画であったよね。こうやって鉄橋渡るの」
「その映画って無事渡れたんだっけか?」
「……いやなこと思い出させるっちゃね」
「は、はは。さすがにそこまで鬼べたなことはやらないだろ」
4人は重いため息を吐いた。悪いことというのは確率論を無視して起こる。それを証明するように遠くで汽笛が聞こえた気がした。
源一は話を変えるために賢治に話しかけた。
「おまえ、ふらつきすぎだぞ。足場もしっかりしてるんだからもうちっと安定しろよ」
「ゲンは甘いっちゃ。世の中の規格品は基本的にデブを対象に作ってないっちゃ」
賢治はゆっくりと片足を上げ、ふらつきながら一歩進んだ。足場は、賢治が動くたびに大きく軋んだ。
「まあ、150キロだもんなあ」
「ただのデブじゃなくて鬼デブだな」
「そーいえばケンジってただの丸太橋でおっこちて柱にしがみついてたもんね。バランス悪いんだ」
汽笛の音が大きくなった気がした。それに合わせるように線路が小刻みに振動しているような気がした。
「賢治って結構自分でデブネタ振るよな。今のこととか股ズレのこととか」
「俺が人よりほんの少しだけ太っているのは事実だっちゃからね」
「少しじゃないだろ! 君はホントーに自分を客観視できないヤツだな。この猪八戒め!」
「ふん、小坊主が!」
「賢治が猪八戒でユウが小坊主で三蔵なら、ゲンはなんだ?」
「ゲンはお猿さんだね♪ あた」
源一に頭を叩かれる悠樹。
「だれが猿だ」
「それで、高志はカッパっちゃね」
「うん。河童だね」
「……河童だな」
「なんで俺が河童なんだよ!」
高志を除く3人は顔を見合わせた。
「木下って、額広いし」
「タカシって髪薄いし」
「高志はハゲだっちゃ」
「おまえら、言っていいことと悪いことがあるだろ!」
線路が大きく揺れた気がした。源一はこめかみを押さえて足を止めた。そろそろ韜晦は不可能な段階にまできている。
「? ゲン、どうしたの?」
源一は、後ろを振り返り、3人に言った。
「言いたくない。言いたくはないんだが……。俺も、言っておくことがある」
3人は足を止めて源一の言葉を待った。源一は、大きく息を吸い、心中を吐露した。
「やることに独創性がないんだよおお!」
その言葉を合図に3人は走り出す。先頭を高志、次いで賢治、悠樹、源一は最後尾に付いて走り出す。そして、そのさらに後ろには小型貨物列車がガシュガシュいいながら鉄橋の上を爆走してきていた。
「ばっかじゃないのおお! なんなんだよこれええ!」
「うおお! 死ぬ、鬼死ぬうう!」
「ぶばあ、ぶばあ!」
一人先頭を突っ走る高志。2番手を走る賢治とその後ろの悠樹と源一。そこに問題が発生した。
「! ちょっとお、ケンジ遅い! もっと速く走ってよおおお!」
「ブヴァ、ブバア」
ガニマタ気味にどすどす走る賢治。横に幅があるために回り込むこともできない。
鉄橋を渡り終えた高志は、すぐに線路から外れて後ろを振り返って叫んだ。
「お、おい、早くしろ! すぐ後ろまで来てるぞ」
源一は舌打ちした。すでに下を流れる渓流の音は後ろの列車の音に飲まれて聞こえない。刻一刻と迫る爆音。源一は、つま先に力を入れた。
一足で悠樹に並び腰を抱きかかえ、二足で賢治を横に突き飛ばす。そして、三足で自身も横に大きく飛んだ。
間一髪で過ぎ去っていく列車。悠樹は、源一の腕の中で列車を運転している猿の車掌と目が合った気がした。その後に続く浮遊感、悠樹は固く目を閉じた。




