2日目昼 2
午後の行程は、それ以前から比べると拍子抜けするほど単調だった。危険なトラップも難解な問題もなく、ただただ平坦な上り坂があるだけだった。高坂源一郎、朝比奈悠樹、篠岡賢治、木下高志の4人は順調に規定ルートを踏破していく。
頭上を鳥が滑空した。強い日差しと生暖かい風は4人の体力と忍耐を奪い去っていく。海は遠く、ずいぶん高いところまで登ってきているのがわかる。
「こうも順調だとかえって不安になってくるな」
「あ、それ、ボクも思った。今までのことを考えると、校長ってソートー性格悪いよねえ」
「和子か。どうせメガネに鎖なんか付けてるオールドミスに違いないっちゃ」
「どうせどこかで俺たちが苦しんでいるのを見て笑ってるんだぜ。鬼むかつくな」
4人は談笑しながら足を進めた。共通の敵を作ることで仲間は団結する。だが、それは砂上の楼閣でもある。
「ケンジ、もうちょっと早く歩けないの? 君、ガニマタすぎ」
「……股ズレがひどくなってきたっちゃ」
そう言うと賢治は四股を踏むようにガニマタのまま腰を下ろした。その姿勢はきついらしく、膝がぷるぷる震えていた。
「? 股の部分、なんか変色してるよ。それ、汗の染みじゃないよね」
賢治は腰を叩きながら姿勢を正して言った。
「股が擦れて擦り剥けてるっちゃ。たぶんもうすぐ破けるっちゃよ」
「そのズボン、新品だろ? っていうか俺たちと同じはずだからまだ2日しか履いてないだろ?」
「モッタイナイなあ。もうちょっと大事に履いたら?」
「札束を落ち葉代わりにお芋焼くようなヤツには言われたくないっちゃ」
「……その間違ったお金持ちイメージ、ヤメロ」
悠樹は賢治の脂肪を殴りつける。脂肪は、ただ盛大に揺れただけだった。
「でも、そういう間違えたイメージってあるよな」
「? 例えば?」
「泥棒にほっかむり」
「なるほど。片手に担いで自転車でソバ屋の配達っちゃね」
「それで、電柱に激突して頭に乗るんだろ?」
どっと沸く4人。そして悠樹は禁句を口にする。
「あと、サティを流す喫茶店とか?」
「……それはないな」
「ああ、ないっちゃね」
「鬼ないな」
「なんでだよう! 喫茶店にサティはベタだろ!」
「うるさい! サティにだって喫茶店ぐらいある!」
「ゲン、エリック・サティってのは音楽家で……、ゲン? 泣いてるの?」
「っぐす。泣いてねえよ! ちくしょう、駅から少し離れてるからってみんなでサティを馬鹿にしやがって。サティはいいデパートなのに」
鼻をすすり上げる源一。それを見てどっ白けの3人。
「今の会話のどこに地雷があったっちゃか?」
「よくわからないが、こいつもトラウマの鬼多いヤツだな」
高坂源一郎の印象は、初日から比べてだいぶ変わってきていた。すぐ怒鳴りすぐ叩く源一の変化に悠樹は、嬉しく思っていた。それは、外面の付き合いではなく、内面を見せてくれていると思ったからだ。
対して自分は、と、悠樹は思う。女であることを隠し、源一を謀っている。自分を隠し源一に内を見せられないことに悠樹は、多少の罪悪感を覚え始めていた。
「ほら、ゲン。涙を拭いて」
「っいらねえよ!」
源一は悠樹に差し出されたハンカチを払い、自分の袖で目を擦った。
「ふん。ハンカチ持参とはチビすけはガチおぼっちゃまだっちゃね」
「……なんか、突っ込んだほうが負けって感じだから突っ込まなかったけど、君、鼻毛出てるよ」
賢治は、鼻毛のことを指摘されると、太い親指と小指を鼻に突っ込んで抜き取り、涙目で悠樹の顔の前に差し出した。
「? なんだよ」
「っふ!」
「ぎーや~!」
鼻毛は賢治の指を離れると弧を描きながら悠樹に向かっていった。生臭い息が悠樹の顔にかかり、鼻毛は宙を舞ってどこかに消えていった。
「何てことするんだ、このハンバーグ!」
「……ハンバーグってなんだっちゃ!」
「どうせハンバーグ好きなんだろ。デブだからね!」
「っく! ハンバーグを馬鹿にしてえ!」
「俺、痩せてるけどハンバーグ好きだぞ」
「俺も。ユウはハンバーグ、嫌いなのか?」
「……好きだけど。いいんだよ、ボクのことは!」
そんなことを話していると、前方で水の音が聞こえた。




