2日目朝 4
白い壁、白い床、天井には過剰な量の白熱球とスプリンクラー。源一たちはエアコンの利いた白い迷路内を進んだ。暑さから開放され、4人は足取り軽く歩いていく。
「しかし無駄にお金使ってるよねえ。こんな絶海の孤島にこんなおっきな迷路作って」
「ブルジョワが言うなっちゃ」
「なんだと~、おなかボヨヨン星人!」
言い合う悠樹と賢治。仲がいいなあと、思いながら源一は歩を進めていると最初の分かれ道に出た。
「賢治。これはどっちに行くんだ?」
「ちょっと待つっちゃ。え~っと、左っちゃね」
「こっちかあ。ケンジも少しは役に立つね♪」
悠樹は小走りに先に進んでいく。源一は、その悠樹の胸を、後ろから掴んだ。
「んにゃ~~!」
悠樹は源一に身体を持ち上げられて足をばたつかせる。。
「な、なにするんだ! は~な~せー!」
「落ち着け。とりあえず下を見ろ」
耳に源一の吐息を感じ、悠樹は首根っこをくわえられた子猫のように大人しくなり、下を見た。そこには、床がなかった。
「なな、なにこれ~!」
「落とし穴だな。賢治、本当にこっちで合ってるのか?」
源一は腕に抱えていた悠樹を床に下ろすと、賢治に聞いた。
「それは、間違いないっちゃ。頭じゃなくて手で記録しているから間違いはないはずっちゃ」
「いちいち罠があるか調べながらだと、鬼時間がかかるぞ」
「性格が悪くなるな」
源一は一足で穴を飛び越えると、ひとり先に進んだ。悠樹が10を3回ほど数えると、源一はひょっこりと戻ってきた。
「おい。この先行き止まりだぞ」
「そんなはずはないっちゃ!」
「まるでデブ夫! 君はやっぱりただのデブだな!」
「……そういえば、入り口にあった地図、この迷路の地図とは書いてなかったっちゃね」
「どういう意地悪問題だよ!」
空気が重くなる。源一は、肺の奥の空気を吐き出すと、歩き出した。
「ゲン、どこ行くの?」
「とりあえずこっちに進むのが正解なんだろ? 歩きながら考えようぜ」
「待つっちゃゲン。分かれ道は全部で13箇所あるっちゃよ。運だけで進むのはほぼ不可能っちゃ」
「? ほぼって?」
「簡単なプロバビリティ(確率)の問題っちゃ。2分の1の13乗で、8192分の1だっちゃ。最初の分かれ道は正解が判っているから4096分の1っちゃか」
「?? そうなのか? それじゃあどうするんだよ」
「だから、答えのわかっているここでなんとか法則を見つけないと……」
賢治はたるんだあごを押さえて考え始めた。その顔を悠樹は下から覗き込む。
「ケンジってやたらサカシゲだよね。自分でアタマ良いとかって思ってんの?」
「でぶどーん!」
「ぎや~~!」
悠樹は賢治のボディアタックに正面から衝突し、もんどり打って倒れた。
「お、おい大丈夫か? 鬼吹っ飛んでたぞ」
「今のは朝比奈が悪いだろ」
「う~、ユダンした~!」
仰向けのままじたばたと手足をばたつかせる悠樹。そこであるものに気付いた。
それは、紙だった。白熱球の明かりに隠れるようにして紙が天井に張ってあったのだ。
「ねえ、ゲン。あれ、なに?」
悠樹の言葉で全員が天井を見上げた。その紙には、こう書かれていた。
※
1秒間に2匹に増殖するスライムがいます。そのスライム1匹をビンの中に入れると、60分で一杯になります。
では、最初に2匹のスライムを入れるとビンは何分で一杯になるでしょう?
答えが奇数なら右に、偶数なら左に進みなさい。
※
「分かれ道のどこかにこういう問題があるっちゃか。なるほど、2日目は知力勝負っちゃね」
「ああ、そうみたいだな。だけどこの問題、鬼ばかにしてないか?」
「これは問題というよりナゾナゾだよ」
各々が各々の感想を言う。そんな中で、源一だけが無言だった。
「? ゲン、どうしたの?」
「……これって答えは奇数なんだよな」
「? そうっちゃよ。答えは59分59秒で奇数っちゃ。簡単だっちゃろ?」
「なんでだよ? 最初に2匹入れたら増える量も倍だろ? 倍なら増える速さも倍で30分になるだろ? なら偶数じゃねえかよ!」
力説する源一。3人はそんな源一を冷ややかな目で見ていた。
「ゲーン~。君って頭がアレだったんだね」
「アレがアレだっちゃね」
「アレのアレが鬼アレだな」
「その意味のない会話、やめろ。本気でおまえらわかってんのか? だって1秒で倍になるんだぞ? ほら、賢治が言ってたろ? 2進法だよ。10秒でえっと、だいたい1000倍になるんだぞ。13秒で8000匹だ! すぐにそこら中スライムで一杯になるぞ! 軍はなにしてるんだよ!」
「軍って……。もう問題がわからないとかじゃなくなってるし」
「ちなみに10秒だと512匹だな」
「いいか、ゲン。スライムは最初の1秒で2匹になるっちゃ。だから、最初に2匹入れるということは最初の1秒を省略しただけってことっちゃ」
納得しがたいというように眉間に皺を寄せる源一。
悠樹は目を細めて源一を見上げ、高志は肩をすくめ、賢治は頬肉を揺さぶらせながら首を横に振った。
「もういいや。ほら、ゲン。置いてっちゃうぞ」
3人は肩を並べて先に歩き出した。源一は、未だに足を止めて考えている。悠樹は、小走りに源一の側まで駆け寄ると、背中を押した。
「ボクは君がなにに悩んでいるのかわかんないよ。いいから先行こ」
ゆっくりと歩き出す源一。悠樹は、難しい顔をしている源一の隣に並んで歩いた。




