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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
4月~競歩大会~
13/49

2日目朝 1

 胸元のひんやりした感触で高坂源一郎は目を覚ました。見慣れない天井、固い床。ここがテント内であり、地獄極楽島だと思い出すのにきっかり3秒を要した。

 左を見る。

「こわいよ~、トムヤンクンこわいよ~」

しくしくと涙を流すデブ。

 右を見る。

「ロールケーキはケーキじゃないし稲荷寿司は寿司じゃないんだよ」

 鼻の穴を広げて怒る痩せ。

 胸元を見る。

そこには美少女がいた。

 源一の身体を抱き枕のようにして安らかな寝息を立てる美少女。いや、美少女というには語弊がある。よしんばこれが女の子だったとしても、美少女は源一の胸元を冷やす原因を作ったりはしないだろう。源一の胸が濡れている理由は、この美少女(?)の口元にあった。よだれが、源一の胸に垂れ流されていたのだ。

 美少女(仮)は、ゆっくりと長いまつ毛を揺らし、大きな瞳を開けた。美少女(偽)、朝比奈悠樹は目の焦点を合わせると、抱きついたまま源一を見上げ、笑顔を作った。

「あ、ゲン。おはよ~」

 源一は挨拶を返す代わりに、人差し指を曲げ、悠樹の額を弾いた。

「ぎゃん!」

 悠樹は1回転半ほど転がると、デブにぶつかりとまった。

「朝からなんてことするんだよう!」

「うるさい! おまえこそ人のシャツをよだれまみれにしやがって!」

 テント内でぎゃんぎゃん言い合いをするチビ2人。その声でデブと痩せが目を覚ました。

「ん~、朝っちゃか?」

「あ~、寝た気がしないな」

 外から陽光が差し込み、薄暗いテント内を照らす。夜霧は完全に払拭され、熱気が漂いだしていた。昨日に引き続き、常夏を予感させる陽気だった。

 

風見鶏学園強歩大会の2日目が始まった。


「おい、朝比奈! 早くしろよ」

「ちょっと待ってよ! それとボクのことはユウでいいって言ってるだろ!」

「置いてくっちゃよ~」

「うっさいデブリンマン! 君は一人で先に行け!」

 朝比奈悠樹は手鏡で色素の薄い髪を整えた。制服の襟元を正し、ポケットにハンカチとティッシュが入っているのを確認して、テントを出ようとした。そのとき、あることに気付いた。

 制服の袖口の臭いを嗅いでみる。

「……大丈夫、だよね」

 制服は、昨日一日中動き回って大量の汗を吸っているはずだった。悠樹が気になったのは、その臭いだった。何箇所かを嗅いでみる。……自分ではわからなかった。

「おい、まだかよ!」

「待ってってば! 今行くから!」

 源一からの催促(さいそく)に、悠樹はテントから出た。

 目が眩む強烈な陽光が悠樹を襲った。今が4月であることを忘れさせる常夏の空気が、そこには広がっていた。

 テントの外には、昨日から行動を共にしている仲間が立っていた。大柄タルミの篠岡賢治。鶏がら細身の木下高志。そして、小柄小結(こむすび)の高坂源一郎だ。

 悠樹は、小走りに源一の前まで進んだ。

「お待たせ~」

「遅いって。他の連中はもうとっくに出発してるぞ」

「もう、ゲンはせっかちだなあ。先は長いんだからそんなにあわてなくったってダイジョーブだよ」

「ふん。チビは行動も遅いっちゃね。たるんでるんじゃないっちゃか?」

「ユウもおまえの腹には言われたくないだろ。……ていうか賢治、おまえ鬼臭いぞ」

「? そういえば昨日風呂に入った覚えがないっちゃね。いや、俺、いつ寝たんだっちゃか?」

「俺たちがコインシャワーから戻ったときにはもう寝てたぞ。テント入ってすぐに寝たんじゃないか?」

「昨日のことを思い出すとな~んか鼻の下が痛むっちゃよ。な~んか大切なことを忘れているような……。水色の、スポーツブラ?」

「! ほ、ほら、もう行くよ。大分遅れてるんだからね……、あた」

「おまえが言うな」

 悠樹の頭を叩いて先に行く源一。頭の上に「?」を乱造して源一の後に続く賢治。悠樹は高志を見た。高志は意味深な笑み浮かべて悠樹を見ていた。


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