1日目 9 1日目終了
夕飯はカレーだった。到着順位の低い源一たちは単品に水。中位の連中はそれにサラダが付き、上位組にはラッシーが付いた。
「まあ、このくらいの差異ならいいか」
「よくないっちゃ! むわ~、ラッシー飲みたかったっちゃ~」
「いいだろ、おかわりは自由だったんだから」
「でも、なんかチクチク差別してくるよね」
「風見鶏学園の教育方針ってやつか? これは本格的に入る高校間違ったな」
源一は軽くため息を吐き、窓の外から空を見上げた。闇は世界を覆い、空に星の光点を散らばしていた。
夕食後、高坂源一郎と朝比奈悠樹、篠岡賢治と木下高志の4人は休息所内にある宿泊場所に移動中だった。ちょっとした修学旅行だな、と思いながら源一は扉に手を掛けた。
「ちょっとゲン。そっちっておそとにでちゃうよ」
「? だって案内板だとこっちってなってるぞ?」
源一は壁にかけられた案内板を指差した。案内板には「51~☚」とある。☚の先は、外だった。
「野宿しろってことっちゃか?」
「は、はは。さすがにそれはないだろ」
源一は、恐る恐る扉を押した。
外に広がっていたのは、乱立しているテントだった。
「……まあ、野宿よりはましか」
「……ちょっとキャンプみたいで楽しいかもな」
「……夕飯もカレーだったしね」
4人は息を揃えてため息を吐き、あてがわれたテントの中を覗いた。
「あ、中はけっこう広いね♪」
「うお、めちゃ狭いっちゃ!」
意見の対立は小柄な悠樹と巨漢の賢治。悠樹は、賢治の腹を一発殴ると、薄暗いテントの中に入った。
手探りでランプを付けテント内に明かりを灯す。そこで、悠樹は隅に積まれている荷物を見つけた。
「あ、ボクのカバンだ。よかった~、一日中動き回って汗掻いたのに着替えがないのどうしようって思ったんだよ」
悠樹は自分の鞄を担ぎ、中を確認しようとした。だが、それはできなかった。いきなり上から鞄を取り上げられたのだ。
「ふん、ちびっ子のくせにいい鞄使ってるっちゃね」
「なにすんだよお! 返せよ2重アゴ!」
「いや、あのアゴは2重じゃきかないだろ」
「3重、4重、……鬼アゴだな」
源一と賢治の会話を他所に、悠樹は賢治に飛び掛った。賢治は荷物を頭上に掲げる。悠樹はジャンプして荷物を取ろうとするが届かない。
賢治は頭上にある鞄を見た。
「おまえ、ひょっとしてブルジョワだっちゃか?」
「そんなの君には関係ないだろ! 返せ、かえせえ!」
悠樹は賢治の身体をよじ登り、鞄を奪回する。そのままの勢いで源一の影に隠れた。
高志は、賢治が「いい鞄」と言っていた悠樹の鞄を見た。
「ああ、確かにいい鞄だな」
「どうでもいいだろ、そんなこと!」
源一は側でがなり立てている悠樹の手元を見た。
「そうなのか?」
「このブランドのバックなら100万はするんじゃないか?」
悠樹は源一を見た。源一は、興味なさそうに自分の荷物を漁っていた。視線すら向けずに悠樹に言う。
「おまえ、金持ちだったんだな」
「……親はね。ボクは関係ないけど」
源一は鞄から荷物を取り出すと立ち上がった。
「じゃあ俺はコインシャワーに入ってくるから。金目のもんはないけど勝手に人の鞄の中を見るなよ」
悠樹は拍子抜けした。悠樹の以前いた世界では親の社会的地位というものは、極めて重要な意味を持っていた。が、源一はつまらない話題とばかりにテントを出て行ったのだ。
悠樹は、数瞬の逡巡の後、源一を追ってテントを出た。
源一は、なぜか休息所には入らず、横道に逸れて森の中に入っていった。
源一はテントを出て休息所に入ろうとした。そこで、あるものが目に入った。おそらく片付け忘れられたのだろうデッキブラシだ。身体に残る軽い疲労感が練習に明け暮れていた昔を思い出させたのかもしれない。源一は、デッキブラシを手に取ると、頬に笑みを浮かべて森の中に入っていった。
しばらく進むと広場に出た。空には月と星の輝き。源一は、荷物を置いてデッキブラシを中段に構えた。
軽く振る。デッキブラシは空気を叩き、鈍い音を上げた。源一は顔をしかめると、素足になり軽く目を閉じた。
軽く息を吸い、吐く。足の裏にはひんやりとした土の感触。足の親指に力を入れ、瞳を開ける。夜の涼気を胸いっぱいに吸い込むと、源一は、思い切り吐き出した。
一閃!
デッキブラシは空気を切り裂き、鋭い音を上げた。
咆哮!
森は物理的に圧されたように大きく揺れ、緑葉が一斉に散った。
それに合わせるように源一は地を蹴った。突き、払い、斬る。まるで剣舞。月下、源一はデッキブラシで旋律を奏で、舞い続けた。
デッキブラシを一振りし、大きく息を吐く。張り詰めた緊張は霧散し、空気は弛緩して涼気を取り戻した。
源一は、視線に気付いた。
「あれ、朝比奈。なにやってんだ?」
名前を呼ばれた悠樹は呼吸を思い出し、水面から顔を出したように大きく息を吐き出した。
「ゲン、なにやってたの?」
源一はデッキブラシを悠樹に放り、脱ぎ捨てた靴を履いた。
「俺は昔、剣道をやってたんだ。それで、久しぶりに素振りがしたくなったんだよ」
「ふ~ん、ケンドーかあ。すごいねえ。ボク、思わず見惚れちゃったよ」
悠樹はデッキブラシを両腕で抱えると破顔した。源一は悠樹の横を通り抜け、休憩所に戻っていく。悠樹は源一の隣に並んで歩いた。
「ゲンは高校でも剣道部に入るの?」
「いや。剣道は中学までで終わり。高校ではやらないよ」
悠樹は源一を観察した。背は高くないが、肩幅は広く、どっしりとしている。篠岡賢治などのたるんだ贅肉と比べれば鍛えられた身体をしているのは一目瞭然だった。
悠樹はほんわかした笑顔を源一に向けて言った。
「お風呂ってコインシャワーだったよね。ちょっと待ってて、今荷物持ってくるから。一緒に行こうよ」
「女の便所じゃねえんだからわざわざ連れ立って行くことねえだろ」
「いいから! 先に行ったらだめだよ。待っててよ」
悠樹は、髪を掻きながら足を止めた源一を確認すると、テントに向かって走った。そのままの勢いでテントに飛び込む。そこで、悠樹の鞄を漁っている賢治とそれを制止している高志を見つけた。悠樹は速度を落とさず全体重を乗せて巨デブにドロップキックを食らわせた。
「ごばあ!」
鞄を持ったままぶっ倒れる賢治。
「なにをやっているんだ君は!」
賢治は起き上がるとわざとらしく尻についた埃を払った。
「ふん。部下がどんなものを持っているか確認するのはリーダーの仕事っちゃ」
「リーダーって誰のことだよお! って、人の鞄を漁るなあ!」
賢治は鞄に手を突っ込む。その太い指が滑らかな感触に触れた。賢治は、それを引き出した。
「せい、やあ!」
悠樹のちっちゃな拳が賢治の鼻と口の間に突き刺さる。賢治は、引き上げられた直後の深海魚のような顔をして白目をむき、盛大な地響きを立てて沈んだ。
「さすがに人中は鬼やばいだろ」
悠樹は慌てて賢治の手から水色のものを奪った。悠樹の手に握られているもの、それは、水色のスポーツブラだった。
自分が女であることがばれた、そう思った悠樹は高志を睨みつけた。高志はぎこちない笑みで悠樹を見下ろした。
しばし無言で睨み合う。
その空気に先に我慢できなくなったのは、高志だった。
「……おまえ、ジャルジェの息子だろ?」
「……へえ、ボクのことを知っているんだ。てことはボクが戸籍では女だってことを知っていたんだ」
「今の今まで確信はなかったんだけどな。俺の趣味は俺と同年代の有名人を調べることなんだ。三崎省吾といいおまえといい、この学校には有名人が揃ってるな」
「それで、どうするの? ゲンにボクが女だってばらす?」
「まさか。朝比奈を敵に回すつもりはないよ」
「こんなヘンテコ島じゃあコーサカもアサヒナも関係ないけどね」
悠樹は、話は終わりとばかりに不機嫌顔を崩さないまま高志から視線をはずした。外から声が聞こえる。
「おい、いい加減置いていくぞ!」
源一の声だ。悠樹はその声を聞くと不機嫌顔を崩した。高志には、それが不愉快だった。
「なあ、朝比奈。あの2人を出し抜いて俺と組もうぜ?」
悠樹は高志に視線を向けずに聞いた。
「どういう意味?」
「まさか昨日今日知り合った奴らを信用してるわけじゃないんだろ?」
「まあね。でもそれは君についても言えることだよ」
「俺は、おまえが女であることは知ってるから。あいつらよりも気を使えるよ」
悠樹は目を細めて高志を見つめた。悠樹には、高志が軽薄な薄ら笑いをしてるように見えた。
悠樹は、答えた。
「悪いけど、断るよ。だってボクにはゲンがいるもん」
高志はその返事に口角を下げる。
「なんでゲンなんだよ。あいつだって今日知り合っただけの奴だろ? 俺とあいつと、なにが違うんだよ」
悠樹は、一瞬だけ考えた後、にんまりとした笑顔を作って言った。
「ゲンはねえ、ボクと一緒に歩いてくれたんだよ」
「それは、俺だって……」
「あのミサキショーゴってのが言った通り本当だったら一人で先に行けるのにね。壁のときも馬になってボクを先に行かせてくれたんだよ。ターザンロープのときも危険かもしれないのに最初に行ってボクたちを待ってくれていただろ? ゲンは、ボクたちに合わせて歩いてくれてるんだ」
もしその場に源一が居たのなら、悠樹の頭を叩いて「懐くな、うーちゃか」とのたまっただろうことを悠樹は目を輝かせて高志に聞かせた。高志には、悠樹の言うことが半分も理解できなかった。
「朝比奈! まーだか~!」
「あ、今いく~!」
悠樹は外の声に答えると、荷物を持ってテントを出て行った。ひとり立ち尽くす高志。ちらと横を見ると賢治がうつ伏せの半尻で気絶していた。




