第8話:すべての価値は送料込みの300円(第1章 最終話)
「警告:世界のすべての価値がヘルカリに出品されたため、当サーバー(異世界)の容量がゼロになりました。これより、本世界を『強制シャットダウン(初期化)』します」
スマホの画面が真っ赤に点滅し、世界がパキパキと音を立てて白い光の粒子へと崩壊していく。
床には、トラスコ製の『タイラップ』でガチガチに縛り上げられ、白い紙パンツ一丁で「我が世界が、玄関の浄化用パワーストーンとして300円で……」と絶望している前魔王ルシフェルの姿。
(おいおいおい! 世界が初期化されたら、俺の存在も消えるんじゃねえか!? 何か……世界を繋ぎ止める『何か』を仕入れねえと!)
残高は、魔王を売って得た【300ポイント】。
これが俺に残された最後の軍資金だ。俺は血眼になってヘルカリの検索窓に『補修 テープ』と打ち込んだ。
ヒットしたのは、現代日本の誇る最強の粘着テープ。
『【新品】パワーテープ(超強力多用途補修テープ)シルバー。家を直すのに買いましたが余りました。送料込み400円』
「クソッ、400円!? 100ポイント足りねえ……! 他の出品は――」
画面をスクロールするが、世界が崩壊していくせいでタイムラインが激しくバグり、まともな商品が表示されない。買えるのは、残り1秒で消え去るこの『パワーテープ(400円)』だけだ。
(ポイントが足りない……。じゃあ、手元の『何か』を売って100ポイント作るしかねえ!)
俺は発送ポケットの底を探った。
手元に残っているのは、第7話で魔王を縛り上げるために仕入れた、トラスコ製タイラップの「余り(5本)」。
「よし、これを小分けにして出品だ!」
俺は即座にスマホでタイラップの写真を撮り、タイトルを『【プロ仕様】超耐候性結束バンド・お試し5本セット』にして、フリマの最低出品価格である【300円(送料込み)】でタイムラインに流した。
本来なら1本3円の代物。5本で300円は、せどりバイヤーの感覚からすれば『ちょっとお高め(割高)』な強気の価格設定だ。
「頼む、誰でもいいから早く買ってくれ……!」
世界はすでに半分以上が純白の虚無へと消え去り、魔王の足先も光となって消えかけている。
ピコン♪
通知が鳴った! だが、売却の通知ではない。画面に表示されたのは【いいね!が1件つきました】の文字。
「いいねじゃねえんだよ! 今すぐ買ってくれ!」
画面の向こうの購入希望者のステータスが『オンライン』になっている。完全にこちらのページを見ている。
しかし、購入ボタンは押されない。
『ちょっと5本で300円は高いかな……』
『でもトラスコ製だしな……ホームセンター行くのめんどくさいしな……』
『うーん、でも別の出品者なら50本入りで500円とかあるしな……』
そんな、日本の一般ユーザーがスマホの画面をタップするかどうか迷い、数分間ガチで葛藤している生々しい気配が、システムを介してリアルタイムに伝わってくる。
「頼むーーーっ! 迷ってないでポチってくれ!! 世界が滅びるんだよぉぉぉ!!」
魔王の胴体が消え、ついに俺の足元まで白い光が迫ってきたその瞬間。
ピコン♪
【商品が購入されました! 発送手続きを行ってください】
購入者メッセージ:『迷いましたが、今すぐ欲しかったので購入しました! 発送急ぎめでお願いします!』
「ありがとおおおおおお!! 即発送ッ!!」
俺は涙目で発送確定ボタンをスワイプした。
余ったタイラップ5本が光となって日本へ発送され、俺の残高に【300ポイント】がチャージされる。現在の合計残高、600ポイント!
「間に合った! パワーテープ(400円)、即購入!!」
ピコン♪
購入確定の瞬間、発送ポケットから、ずっしりと重いシルバーの超強力補修テープが飛び出してきた。
俺は世界が完全に消滅する直前、崩壊していく空間の裂け目めがけて、パワーテープをビッと引き伸ばし、バツンと力任せに貼り付けた。
ベタァァァァァァンッ!!!
驚くべきことに、世界を飲み込もうとしていた初期化の白い光が、シルバーのガムテープによって物理的にペタッと貼り合わされ、その場にピタリと固定された。
異世界の住人(前魔王)から見れば、それは【世界の崩壊、次元の裂け目、宇宙の終焉すら力技で接着して現状維持する、銀色の創世修復布】。
現代日本のあらゆる補修現場を支えてきたアサヒペン製パワーテープの前に、サーバーダウンの初期化バグなど、ただの「破れた網戸」と同義だった。
「……ふぅ。止まったな」
俺は額の汗を拭った。
見渡せば、世界の半分は白い虚無のままだが、俺のいる謁見の間と、窓の外の街の一部は、シルバーのテープでパッチワークのように補修され、なんとか存在を保っている。
「あ……あ……世界が、ガムテープで直された……」
紙パンツ一丁で床に転がったまま、前魔王ルシフェルが完全に脳をバグらせて呟いた。
【現在の所持ポイント:200P】
手元に残ったのは、世界を救って余った、たったの200ポイント。
だが、俺は最高に晴れやかな気分だった。
これでもう、この異世界には理不尽な身分制度も、絶対的な魔王の恐怖も、無能を虐げるギルドもない。あるのは、シルバーのテープで補修された、全員がパンイチ(または紙パンツ)からスタートする、新世界だ。
「さてと……」
俺はポケットの中で、まだバリ5の電波を放っているスマホをポンと叩いた。
「残りの200Pで、次は『激落ちくん』でも仕入れるか。この世界の黒ずんだ歴史を、綺麗さっぱり消し落とすためにさ」
元せどりバイヤーの異世界経済崩壊無双。
その伝説は、世界のルールを300円で買い叩き、世界をガムテープで修復した男の、次なる『ヘルカリ』の出品とともに続いていく。
(『異世界に「ヘルカリ」を持ち込んだら、伝説の聖剣が300円で買い叩かれた件』・全8話・完)
【アップデート完了:これより『ヘルカリ・グローバル(海外配送)』が解禁されます。近隣の異世界(別サーバー)への出品・購入が可能になりました】
「……は? 海外展開? ってことは、別の世界の魔王や神様も、俺のフリマの客になるってことか?」
――俺のせどりバイヤーとしての戦場は、この世界だけじゃ収まらないらしい。




