第7話:タイラップの値段は送料込みの300円
魔王軍の最高幹部デスバロンが『ファブリーズ』で完全消臭され、白い紙パンツ一丁で敗走してから数時間。
世界の因果律は、完全に崩壊しつつあった。
この世界の絶対的なパワーバランスを支えていた「聖剣」「国家」「魔王軍の軍事権」が、次々と日本のフリマユーザーへと発送され、世界そのものが根底からガタガタと軋み声を上げている。
そしてついに、空間が真っ黒な深淵へと染まり、この世界の支配者が姿を現した。
「――よもや、我が創り上げしこの世界を、ただの『フリマアプリ』とやらで破滅に追い込む者が現れるとはな」
現れたのは、光と闇の衣をまとい、無数の翼を背中に生やした絶対的な存在。世界の半分を支配するトップであり、世界の『理』そのものを司る【魔王・ルシフェル】。
ルシフェルが指先を軽く振るだけで、謁見の間の重力が増大し、空間そのものがミリミリと音を立てて押し潰されていく。
「織田蓮。お前は世界のバグだ。我が持つ『世界の編集権』を使い、お前の存在そのものをこの世界の歴史から消去してくれよう」
魔王が両手を天に掲げると、彼の背後に、この世界のすべての事象を書き換えるという創世の術式――【因果消滅】の巨大な光輪が出現した。
これが発動すれば、俺の存在は最初からいなかったことにされる。スマホの『ヘルカリ』ごと、この宇宙から消されるのだ。
(存在消去か。流石にそれはブルーシートでも防げねえ。発動される前に、あの魔王の『両手(術式)』ごと物理的に縛り上げて、世界のルール自体を固定するしかねえ!)
絶体絶命の瞬間、俺のヘルカリ残高は【300ポイント】。
俺は迷わず検索窓に『結束バンド』と打ち込み、タイムラインの最上部にあるプロ仕様のアイテムをノータイムでタップした。
『【新品】TRUSCO ケーブルタイ(タイラップ) 超耐候性・幅7.6mm×長さ300mm 100本入り。余ったので出品します。送料込み300円。即購入OK!』
ピコン♪
【購入が完了しました! 発送ポケットをご確認ください】
魔王の背後の光輪が限界まで巨大化し、世界を消し去る消滅の光が放たれようとした、まさにその刹那。
俺は発送ポケットから飛び出してきた、黒くて細長いプラスチックのバンド――プロ仕様の『タイラップ』を数本束ねて掴み、魔王ルシフェルめがけて矢のように投げつけた。
「いけっ、日本のインフラを支える最強の結束力!」
シュウウウウン……ッ!!!
『なっ……なんだこの黒い紐は!? 我が腕が、動かん……!?』
次の瞬間、魔王が悲痛な叫び声を上げた。
空間を無視して放たれたタイラップは、魔王が天に掲げていた両手首へと巻き付き、一瞬でガチガチガチッ!と音を立てて限界まで締め上げられたのだ。
異世界の住人から見れば、それは【一度締め付けたら、世界の創造主の腕力や神の魔力であっても絶対に引きちぎれず、因果律ごと存在を固定する、漆黒の絶対不可逆拘束具】。
現代日本の過酷な建設現場や電気工事を支えてきたトラスコ製・超耐候性タイラップの前に、異世界の魔王の筋力や魔導など、ただの微風に等しかった。
「馬鹿な! 我が神速の腕力をもってしても、このプラスチックの歯車が1ミリも逆回転せんぞ……! 術式が、術式の発動が間に合わん!」
ガチガチガチガチッ!
俺はさらに数本のタイラップを投げつけ、魔王の背中の翼、そして両足までも完全に結束した。
一度ロックされたタイラップは、ニッパーで切断でもされない限り、神の力でも絶対に緩まない。世界の支配者が、ただの黒いプラスチックの紐によって、床に生魚のように転がされて芋虫のように悶絶している。
「あ、諦めろ。日本のタイラップをなめるなよ。1本あたり3円なんだけど」
俺はスマホのカメラを、床でガタガタと震えている世界の支配者に向けた。
レンズが捉えたのは、魔王の胸元で神々しく輝く、世界のすべての事象・ルールを書き換えることができるという『創世の神核』。
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【出品候補を検知しました】
名称:魔王ルシフェルの神核(この世界の全創造権、および時空統治権一式含む)
推定価値:宇宙消滅級
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「よし、これが最後の仕留め(出品)だ」
俺はタイトルに『光る多面体の置物』と打ち込み、価格をいつもの【300円(送料込み)】に設定して、出品ボタンを力強くタップした。
ピコン♪
【商品が購入されました!】
購入者:『スピリチュアル開運部屋@パワーストーン(プロフ必読)』
取引メッセージ:『部屋の浄化にぴったりな綺麗なクリスタルですね! 玄関に飾らせていただきます。発送よろしくお願いします!』
日本のスピリチュアルオタクが、この世界の全創造権と時空統治権を「玄関に飾る開運パワーストーン」として300円で購入した。
「じゃあな、魔王。発送確定だ」
画面をスワイプした瞬間、魔王の身体が凄まじい光に包まれた。
ゴォォォォォッ!!!
「うわあああ!? 我が創世の力が! 世界の統治権が! 玄関の浄化用へと発送されていくぅぅぅ!」
光の粒子となった『神核』と『創造権』が、魔王のまとっていた光と闇の衣、そして彼の誇り高き翼まで丸ごと巻き込んで、俺のスマホの裏のポケットへとシュウウウウン……と吸い込まれていく。世界のシステムそのものが日本へと発送され、この異世界のすべての因果が再構成される。
光が収まった時、がらんとした謁見の間の床には――すべての神性と服を剥ぎ取られ、ただの【白い紙パンツ(※これまでの敗者たちとお揃い)】一枚になった、美しい顔立ちの男がマヌケに横たわっていた。
「あ……あ……我が世界が、300円で……」
【売上金:300P(反映済み)。現在の所持ポイント:300P】
「よし、世界一の大物を売却完了っと」
俺は画面に表示された『300ポイント』を確認し、満足そうに微笑んだ。
世界の支配者を300円の売上金に変え、手元に残ったのはたったの300ポイント。だが、これでこの異世界の「すべての権力」は消滅し、全人類と魔族が平等(全員パンイチ、または紙パンツ)になったのだ。
しかし、その瞬間。
スマホの画面が突如として真っ赤に点滅し、見たこともない緊急システムポップアップが出現した。
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【警告:世界のすべての価値がヘルカリに出品されたため、当サーバー(異世界)の容量がゼロになりました。これより、本世界を『強制シャットダウン(初期化)』します】
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「……は? 初期化って、おい!?」
スマホの画面から溢れ出す、世界を飲み込むほどの圧倒的な白い光。
元せどりバイヤーの異世界経済破壊無双。その結末は、世界そのものの消滅を意味していた。




