第6話:ファブリーズの値段は送料込みの300円
ローゼンバーグ王国が「日本の舞台演劇サークル」に300円で購入され、王族が全員白い紙パンツ一丁になってから数日。
誰もいなくなった王城の玉座に座り、俺――織田蓮は、スマホの画面を眺めていた。
手元の『ヘルカリ』の残高は【300ポイント】。一国を売った代金としてはあまりにも安いが、これだけあれば現代日本の大抵の便利グッズは手に入る。
その時、謁見の間の空間が、まるでガラスが割れるようにバリバリと音を立てて引き裂かれた。
「――見つけたぞ。人間の国を次々と怪現象で崩壊させているという『世界のバグ』を」
引き裂かれた空間から現れたのは、漆黒の漆黒の鎧をまとった男。頭部から生えた禍々しい二本の角。世界の半分を支配する魔王軍の最高幹部であり、十万の魔族を率いる【不死大将軍・デスバロン】だった。
デスバロンが放つ、生物をそれだけで狂わせる圧倒的な『負のオーラ』が謁見の間を満たしていく。
「貴様が織田蓮か。ステータスALL1の無能の分際で、小細工がすぎる。我が魔王軍の世界制覇の邪魔はさせん。この場で魂ごと噛み砕いてくれるわ!」
デスバロンが不敵に笑い、その巨大な両手を広げた。
その瞬間、彼の身体から、触れたものすべてをドロドロに腐らせ、即死させるという暗黒の絶大瘴気――【終末の腐食瘴気】が噴き出した。
見る間に謁見の間の大理石の床が黒く腐り、激しい煙を上げて溶けていく
『ハハハ! 逃げ場はない! この瘴気を一吸いしただけで、お前の軟弱な肉体は内臓から腐り落ちるのだ!』
(うわ、めちゃくちゃ臭い上に、これまともに浴びたらクレラップでも防ぎきれんぞ……! なら、大元の『匂い(成分)』自体を消し去るしかねえ!)
絶体絶命の瞬間、俺のヘルカリ残高は【300ポイント】。
俺は冷静に『消臭 スプレー』と検索し、タイムラインの最上部にある「お買い得品」をノータイムでタップした。
『【未使用】ファブリーズ W除菌 無香料 アルコール成分+ 詰め替え用ボトルセット。送料込み300円。即購入OKです!』
「残高300P、全額ベット! 即購入!」
ピコン♪
【購入が完了しました! 発送ポケットをご確認ください】
世界を腐らせる漆黒の瘴気が、俺の目の前数センチにまで迫った、まさにその時。
俺は発送ポケットから飛び出してきた、お馴染みの緑色のノズルがついたスプレーボトルを力強く握りしめ、迫り来る黒煙に向かってトリガーを激しく連射した。
シュッ! シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!!
「喰らえ、日本の除菌消臭テクノロジー!」
ボトルから勢いよく噴射された、きめ細やかなミストが、暗黒の瘴気と空間で激突する。
その瞬間、デスバロンが放った【終末の腐食瘴気】は、まるで最初から存在しなかったかのように、シュウウウ……と跡形もなく消滅していった。それどころか、何百年も血と埃に塗れていた謁見の間が、にわかに「爽やかな、清潔感あふれる空気」へと塗り替えられていく。
「な……!? !? !? 朕の、いや我が【終末の腐食瘴気】が……消えた……!? 魔法陣も、聖属性の祈りもなしに、ただの水飛沫で相殺しただと……!?」
デスバロンが、両手を広げたポーズのまま硬直した。
異世界の住人から見れば、それは【あらゆる即死級の猛毒、邪悪な呪い、魔王の瘴気すら、分子レベルで包み込んで無効化(消臭)する、天界の神聖なる除菌聖水】。
現代日本の家庭の衛生を守ってきたファブリーズ(W除菌・アルコール成分+)の前に、異世界のオカルト邪気など、ただの「頑固なニオイ分子」に過ぎなかった。
「ば、バカな……なぜ腐食の呪いが効かん……! お前、一体その筒から何を撒いた!?」
「いや、ただのファブリーズ。ほら、服のニオイとか気になるときにシュッてするやつ。300円なんだけど」
俺はボトルを指先でクルクルと回しながら、驚愕で一歩後退したデスバロンへと歩み寄った。
「さて、お前の攻撃は完全に消臭した。次はこっちのターン(出品)だな」
俺はスマホのカメラを、漆黒の鎧をまとった魔王軍幹部に向ける。
レンズが捉えたのは、デスバロンの胸元で怪しく脈打つ、十万の不死軍勢を絶対服従させるという『不死の心臓(魔コア)』。
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【出品候補を検知しました】
名称:不死大将軍デスバロンの核(魔王軍の軍事権、および十万の不死軍勢の所有権一式含む)
推定価値:世界滅亡級
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「うわ、魔王軍の軍事権ごと出品できちゃうんだ。ヘルカリ本当に何でも売れるな」
俺はタイトルに『黒いゴツゴツした石(置物・ジャンク)』と打ち込み、価格をいつもの【300円(送料込み)】に設定して、出品ボタンを力強くタップした。
ピコン♪
【商品が購入されました!】
購入者:『アクアリウム沼@水槽レイアウト(プロフ必読)』
取引メッセージ:『熱帯魚の水槽の底に沈めるのにちょうどいい黒檀みたいな石を探してました! 雰囲気あって最高です、発送よろしくお願いします!』
日本の熱帯魚オタクが、魔王軍の十万の軍勢の軍事権を「水槽の底に沈める黒い石」として300円で購入した。
「じゃあな、大将軍。発送確定だ」
画面をスワイプした瞬間、デスバロンの身体が激しく発光した。
ゴォォォォォッ!!!
「うわあああ!? 我が心臓が! 我が鎧が! 十万の我が軍勢との繋がりが引きちぎられていくぅぅぅ!」
光の粒子となった『不死の心臓』と『軍事権』が、デスバロンの着ている漆黒の魔導鎧、そして彼が手にしていた冥界の戦斧まで丸ごと巻き込んで、俺のスマホの裏のポケットへとシュウウウウン……と吸い込まれていく。十万のアンデッド軍勢の契約が日本へと発送され、因果律が完全に破壊される。
光が収まった時、冷たい床の上には――すべての魔力と軍事権を失い、ただの【白い紙パンツ(※前国王たちが穿いていたものと同モデル)】一枚になった、角の生えたおっさんがマヌケに四つん這いになっていた。
「あ……あ……我が十万の軍勢が、水槽の底へ……」
【売上金:300P(反映済み)。現在の所持ポイント:300P】
「ふぅ、消臭も出品も一発で決まると気持ちいいな」
俺は画面に表示された『300ポイント』を確認し、満足そうに頷いた。
魔王軍の最高幹部を300円の売上金に変えるこの圧倒的な快感。
「おい、紙パンツ大将軍」
俺はスマホをポケットにしまい、床で絶望している魔族の幹部に冷酷に微笑みかけた。
「お前の上には、まだ『魔王』本人がいるよな? 軍事権を日本の熱帯魚オタクに奪われたって、今すぐボスに伝えてこいよ」
元せどりバイヤーの異世界経済破壊無双。
世界を恐怖に陥れる魔王軍の軍事権すら300円で買い叩いた俺の前に、いよいよ世界の支配者である『魔王』がその姿を現そうとしていた。




