第5話:アロンアルファの値段は送料込みの320円
「ギ、ギルバート殿下が……紙パンツ一丁で戻ってこられたぞ……!」
「宮廷魔導師長ハイリア様まで、魂が抜けたような顔をしておられる……!」
王城の謁見の間は、未曾有のパニックに包まれていた。
玉座に鎮座するこの国の最高権力者、国王オーディン・フォン・ローゼンバーグは、紙パンツ一枚でガタガタと震える我が子を見下ろし、怒りで顔を真っ青に染めていた。
「建国の聖剣が消え、ギルドの金庫が消え、今度は王位継承権まで奪われただと……!? 織田蓮……ステータスALL1の無能が、一体どんな禁忌の魔導を使ったというのだ!」
「報告します! その男、すでに城門を突破! まっすぐこの謁見の間へと向かっております!」
近衛兵の悲痛な叫びと同時に、重厚な大扉がゆっくりと開いた。
入ってきたのは、甲冑をまとった騎士たちではない。片手にスマートフォン、もう片方の手に『ブルーシート』を小脇に抱えた、ただの黒髪の青年――俺だ。
「よお、お前がこの国の王様か。息子から話は聞いてるよな?」
「お、おのれドブネズミが……! 舐めるなよ! 我が王家が数百年隠し持ってきた、最強の守護神の力を思い知るがいい!」
国王が玉座のレバーを引くと、謁見の間の天井がガラガラと崩れ落ちた。
凄まじい轟音とともに上空から舞い降りたのは、全長数十メートルを超える伝説の超大型魔獣――【古代紅蓮竜・インフェルノ・ドレイク】。
その巨体から放たれる圧倒的な威圧感に、周囲の騎士たちが次々と気絶していく。
『グルァァァァァァァッ!!!』
竜が大きく顎を開く。その奥には、一瞬で王都を灰燼に帰すという、数万度の【超極大紅蓮ブレス】のエネルギーが収束していた。
(うわ、流石にブルーシートじゃこの熱量は防ぎきれんかもな。焼かれる前に、大元の『口』を塞ぐしかねえ!)
絶体絶命の瞬間、俺のヘルカリ残高は【320ポイント】。
俺は高速でスマホに『瞬間接着剤』と打ち込み、残高ぴったりで出品されている奇跡の液体をタップした。
『【未開封】東亜合成 アロンアルファ プロ用(耐衝撃)。プラモデルの補修用にどうぞ。送料込み320円、即購入OK!』
「残高320P、全額ベット! 即購入!」
ピコン♪
【購入が完了しました! 発送ポケットをご確認ください】
竜の口から、世界を滅ぼす紅蓮の炎が解き放たれようとした、まさにその刹那。
俺は発送ポケットから飛び出してきた、小さなプラスチックのチューブのキャップを歯で引き抜き、渾身の力で竜の巨大な顎めがけて投げつけた。
「いけっ、日本の化学技術の結晶!」
『ヘルカリ』のシステムを介して召喚されたアロンアルファは、空間の概念を無視して竜の上下の顎の隙間にジャストミートし、一瞬で超高密度に拡散した。
パキィィィィィィィン……ッ!!!
『――ッ!? !?!?』
次の瞬間、謁見の間に奇妙な静寂が訪れた。
紅蓮の炎を吐き出そうとした竜の口が、上下完全にピタリとくっつき、1ミリも開かなくなってしまったのだ。
異世界の住人から見れば、それは【神のドラゴンの絶対破壊ブレスすら、分子レベルで時空を固定して不発にする、神聖なる超粘着封印剤】。
現代日本の工作や産業を支えてきた瞬間接着剤・アロンアルファ(プロ用・耐衝撃)の前に、生物の顎の力など、赤子の抵抗にも満たなかった。
口の中で行き場を失った数万度の紅蓮の炎は、竜の体内で大爆発を起こした。
ボフッ……!
『ブフ、フォォォォォン……!』
鼻の穴からシュウシュウとマヌケな黒煙を吹き出し、伝説の紅蓮竜はそのまま白目を剥いてズゥゥゥンと床に倒れ伏した。自爆である。
「ば、バカな……我が国の最終兵器、守護竜インフェルノ・ドレイクが一瞬で窒息自爆しただと……!? どんな封印魔法だ……!」
国王は恐怖のあまり玉座からずり落ち、ガタガタと震え出した。
俺は空になったアロンアルファのチューブをポイと捨て、スマホのカメラを国王に向ける。
レンズが捉えたのは、国王の頭上で輝く、無数の至宝が散りばめられた王冠。
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【出品候補を検知しました】
名称:ローゼンバーグ王国の王冠(この国家の全領土、および全統治権一式含む)
推定価値:世界破滅級
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「よし、仕留め(出品)のターンだ」
俺はタイトルに『古びた金色の帽子(ジャンク品)』と打ち込み、価格をいつもの【300円(送料込み)】に設定して、出品ボタンを力強くタップした。
ピコン♪
【商品が購入されました!】
購入者:『舞台演劇サークル@衣装担当』
取引メッセージ:『来月の公演の劇で使う王様の帽子を探してました! ちょうどいい安っぽさですね。発送よろしくお願いします!』
日本の演劇サークルが、この国の全領土と統治権を「安っぽい劇の衣装」として300円で購入した。
「じゃあな、王様。発送確定だ」
画面をスワイプした瞬間、国王の身体が激しく発光した。
ゴォォォォォッ!!!
「うわあああ!? 朕の王冠が! 朕のローブが! 朕のローゼンバーグ王国がぁぁぁ!」
光の粒子となった『王冠』と『統治権』が、国王の着ている豪華な毛皮のローブ、そして謁見の間にある黄金の玉座まで丸ごと巻き込んで、俺のスマホの裏のポケットへとシュウウウウン……と吸い込まれていく。
国家の概念そのものが日本へと発送され、世界がバグを起こしたのだ。
光が収まった時、がらんとした謁見の間の床には――すべての権力を失い、ただの【白い紙パンツ】一枚になった老人が、マヌケに丸まっていた。
「あ……あ……朕の、朕の国が消えた……」
【売上金:300P(反映済み)。現在の所持ポイント:300P】
「ふぅ、これにて国家転覆、完了っと」
俺は画面に表示された『300ポイント』を確認し、フッと息を吐いた。
手元には、この国を丸ごと売って得た、たったの300円分のポイント。だが、これで十分だ。
「おい、紙パンツ前国王」
俺はスマホをポケットにしまい、床に這いつくばる老人に冷酷に微笑みかけた。
「これでこの国は俺のもの、いや、日本の演劇サークルのものだ。……さて、これだけ騒げば、次は世界規模の組織か、それとも『魔王軍』あたりがこのバグを消しに動くか?」
元せどりバイヤーの異世界経済破壊無双。
一国を完全に滅ぼした俺の前に、次なる世界の巨悪が姿を現そうとしていた。




