第2話:透明な防壁の値段は送料込みの450円
手に入れたばかりの『ダイソーのLEDミニ懐中電灯』を片手に、俺は薄暗い地下通路を悠々と歩いていた。
後ろからは、いまだに目をやられて「太陽神の神罰だぁぁぁ!」とうわ言を漏らしている看守の悲鳴が聞こえる。100均のポテンシャル、恐るべし。
だが、牢獄の出口が見えたその時、行く手を阻むように数人の影が滑り込んできた。
「おいおいおい、何の騒ぎかと思えば……おい、なんで『無能』のお前が外に出て歩いてるんだ?」
嫌悪感を隠そうともしない、ねっとりとした声。
そこにいたのは、金属製の立派な胸当てを着込んだ男――俺を騙して奴隷商人に売り飛ばした張本人であり、この街のCランク冒険者パーティのリーダー、バルドだった。
バルドは俺の姿と、奥の牢獄から聞こえる悲鳴を交互に確認し、顔を不快そうに歪ませた。
「おい、看守はどうした。まさかステータスALL1のお前が何かしたわけじゃねえよな? ……チッ、まぁいい。せっかく奴隷としていい値で売れるはずだったんだ、大人しく檻に戻れ」
バルドが顎で指図すると、背後に控えていたローブ姿の魔術師の部下が、木製の杖をこちらに突きつけてきた。杖の先端に、めらめらと不気味な赤色をした火球が形成されていく。
「抵抗するなら、手足の1本くらい焼き落としても構わんのだぞ?」
(……ヤバいな。戦闘力1の俺じゃ、あの火球がかすっただけで灰になる)
一触即発の緊迫感。だが、俺の心臓は驚くほど冷静にドクドクと脈打っていた。
俺の左手には、すでに画面が起動したスマホがある。
電波はバリ5。表示されているのは、地獄のフリーマーケットアプリ『ヘルカリ』だ。
(手元の残高は550ポイント。この予算内で、あの火力を防げる『何か』を仕入れる……!)
俺は親指を神速で動かし、ヘルカリの検索窓に『透明 シート』と打ち込んだ。
ヒットした画面を上から下へ超高速でスクロールし、ある出品物に目を留める。
『【新品未使用】クレラップ 30cm×50m 3本セット。買いすぎて使い切れないため出品します。送料込み450円、即購入OK!』
「これだ……! 購入ボタン、タップ!」
ピコン♪
【購入が完了しました! 発送ポケットをご確認ください】
脳内で取引完了のチャイムが鳴ると同時に、スマホの背面にある次元の歪み(発送ポケット)から、黄色いお馴染みの紙箱がコロンと飛び出してきた。
「死ね、無能が!」
魔術師の叫びとともに、限界まで巨大化した火球が放たれる。猛烈な熱風を巻き起こしながら、俺の顔面へと迫る質量。
俺は即座にクレラップの箱から透明なフィルムを思い切り引き出し、自分の目の前の空間にピッと引き伸ばして固定した。
「ハッ、そんなペラペラのゴミで我が火炎魔法を防げる――」
バルドの嘲笑は、最後まで続かなかった。
ドォォォォン!!!
激しい爆発音が響く。しかし、炎の波が俺の髪の毛一本すら揺らすことはなかった。
広がった炎は、俺の目の前にある「完全な透明の壁」に遮られ、まるでガラスに激突したかのようにペタッと張り付いて、そのままポスンと虚しく鎮火したのだ。
「……は?」
バルドも、火球を放った魔術師も、完全に思考が停止したように口を開けた。
異世界の住人から見れば、それは【魔力を一切感知させない、完全不可視の超高密度・絶対防御結界】。
現代日本の科学力が生んだ、耐熱性・密着性に優れた食品用ラップフィルムの前に、異世界の初級魔法ごときが通るはずもなかった。
「な、なんだそれは……! 魔法陣の展開も、詠唱もなかったぞ!? どんな上位魔導具を隠し持っていた!」
「いや、ただのサランラップ。あ、これクレラップか。1本あたり150円なんだけど」
俺はニヤリと笑うと、箱についている金属製のギザギザの刃を親指で弾いた。
「よし、次はこっちのターンな」
俺はラップの箱を抱えたまま、驚天動地で固まっているバルドたちに向かってダッシュした。
そして、すれ違いざまにラップを何重にも引き出し、彼らの身体をまとめてグルグル巻きにしていく。
「なっ、なんだこの粘着力は!? 離れん、身体が動かん!」
「ひ、引きちぎれねえ! なんだこの強度は!?」
もがけばもがくほど、日本の最新テクノロジーで作られた高密着フィルムが彼らの肌にピタリと吸い付き、身動きを完全に封じていく。数秒後には、Cランク冒険者の一団が、通路の真ん中で見事な『人間ミイラ』と化して転がっていた。
「クソッ、離せ! 離しやがれ!」
床でイモムシのように芋虫のように悶絶するバルド。
俺はその前にしゃがみ込み、冷え切った目でスマホのカメラをバルドに向けた。
レンズが捉えたのは、バルドの腰に下がっている大きな革袋。中から、ジャラジャラと大量の金貨の音が響いている。さらに、彼が身につけている重厚な金属製の魔導鎧。
システムが瞬時に起動し、査定結果を弾き出す。
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【出品候補を検知しました】
名称:大容量マジックバッグ(金貨500枚入り)&特注・剛鉄の魔導鎧
推定価値:地方都市の領地1つ分
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「よーし、出品」
俺はタイトルに『冒険者の落とし物(ジャンク・まとめ売り)』と打ち込み、価格を【300円(送料込み)】に設定して出品ボタンを押した。
瞬殺だった。
ピコン♪
【商品が購入されました!】
購入者:『サバゲー大好き@断捨離中』
取引メッセージ:『お、なんかよくわからないですけどコスプレのパーツに良さそうですね! 発送よろしくお願いします!』
「お買い上げ、毎度あり」
俺が発送を確定した瞬間、バルドの身体が激しく発光した。
ゴォォォォォッ!!!
「うわあああ!? お、俺の鎧が! マジックバッグが! 全財産が溶けていくぅぅぅ!?」
バルドが絶叫する。
光の粒子となった国家レベルの財宝と防具が、俺のスマホの裏のポケットへとシュウウウウン……と吸い込まれていく。
次の瞬間、光が収まった通路の床には――衣服のすべてを剥ぎ取られ、ただの【派手なトランクス一枚】になったバルドが、ラップに縛られたままマヌケに転がっていた。部下たちも全員パンイチである。
「あ……あ……俺の、俺の装備が……金が……」
この世の終わりを見たような顔で絶望するバルド。
俺は残高が【400ポイント(残100P+売上300P)】に増えた画面を確認し、フッと息を吐いた。
ラップの箱のギザギザの刃を、パンイチで震えるバルドの鼻先に突きつける。
「おい、トランクス。お前、この街のギルド長と繋がって俺を売り飛ばしたんだよな?」
「ひ、ひぃっ……!」
「案内しろよ。そのギルド長とやらが溜め込んでる全財産、次の出品リストに加えたいからさ」
漆黒の画面を妖しく光らせるスマホを手に、俺は極上の笑みを浮かべた。
異世界の価値観を地獄へと叩き落とす『ヘルカリ』の快進撃は、まだ始まったばかりだ。




