↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/20

第1話:鉄格子の価値は送料込みの300円

「おい、起きろ。おい、ゴミクズ」

冷たい罵声とともに、脇腹を乱暴に蹴り上げられた。

硬い石畳の床に悶絶しながら、俺――織田蓮(おだ れん)は目を覚ます。

視界に映ったのは、やたらと分厚い胸当てをつけた大男だ。男は、腰に下げた錆びた鉄パイプのような鈍器をチャラチャラと鳴らしながら、歪んだ笑みを浮かべていた。

「おいおい、本当に魔法も使えねえ、ステータスもオール1のド素人じゃねえか。こんな『無能』が迷い込んでくるなんて、今日の奴隷狩りは大ハズレだな」

男が吐き捨てて、背後の重々しい鉄格子をガシャンと閉める。

(……いや、こっちが聞きたいよ。なんで俺、異世界にいるんだよ……)

思い出すのは、いつものようにスマホでフリマアプリの出品作業をしていた日常。郵便局の窓口で発送手続きをして、一歩外に出た瞬間にトラックに跳ねられた。気づけば、この薄暗い地下牢に放り込まれていたのだ。

戦闘チート? ない。

賢者の知識? あるわけがない。前世の俺は、ただの「せどり(転売)」で日銭を稼ぐしがないフリーターだ。

「はぁ……終わった。せめてスマホがあれば、死ぬ前に発送通知だけでも送りたかったぜ……」

自分のズボンのポケットを、諦め半分で探る。

すると、指先に硬い機械の感触が触れた。

「……あれ?」

引っ張り出す。それは、前世で使い古した俺のスマートフォンだった。

もちろん、異世界の地下牢に電波なんて通っているはずがない。画面は真っ暗――と思いきや、液晶が奇妙な紫色の光を放ち、自動的に立ち上がった。

そこに表示されていたのは、見慣れたあの【赤い背景に白文字】のアイコン。

『ヘルカリ』

アプリが強制的に起動していた。

驚くべきことに、電波は「バリ5」。それどころか、画面の上部には奇妙な通知が表示されている。

【異世界接続モード:有効。現在の所持ポイント:0P】

「ヘルカリ……? なんで異世界で繋がってんだよ。電波どこから拾ってんだよ……」

混乱しながら画面をスワイプする。機能は生きているようだ。タイムラインには、現代日本のユーザーたちが生活雑貨や趣味の品を出品している日常が、そのまま流れている。

だが、今の俺は、数時間後に奴隷として売られるのを待つだけの身だ。ポイントはゼロ。何かを買うこともできない。

「売れるものなんか……何もねえよな」

身ぐるみ剥がされ、着の身着のまま。

絶望してスマホを落としそうになったその時、画面がカメラモードに切り替わった。レンズが捉えたのは、俺を閉じ込めている「地下牢の鉄格子」だ。

その瞬間、スマホの画面に信じられないシステムポップアップが出現した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【出品候補を検知しました】

名称:古代魔導鉄の絶対結界(牢獄仕様)

推定価値:国家予算3年分

※ヘルカリの規約に基づき、画像から自動査定します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「は?」

国家予算3年分?

おい、ちょっと待て。この頑丈そうな鉄格子、そんなヤバいものなのか?

よく見ると、黒くくすんだ鉄格子の表面には、微かに青い魔法陣のような紋様が妖しく明滅している。

「これ……売れるのか?」

藁にもすがる思いだった。俺は震える手でシャッターアイコンをタップする。カシャ、と静かなスクショ音が地下牢に響いた。

商品説明を書き込む余裕なんてない。

俺はタイトルに『異世界の鉄くず(ジャンク品)』とだけ打ち込み、価格を適当に設定した。フリマアプリで最も売れやすい、あの最低金額だ。

【販売価格:300円(送料込み)】

出品ボタンを、強く、押し込んだ。

……。

……数秒の沈黙。

ピコン♪

静まり返った地下牢に、あまりにも場違いな、軽快な通知音が鳴り響く。

【商品が購入されました! 発送手続きを行ってください】

「売れたッ……!?」

購入者のアカウント名は『DIYパパ@プロフ必読』。

取引メッセージに目を落とし、俺は思わず二度見した。

『ちょうど庭の棚を補強するアイアンパーツを探してました! 頑丈そうですね。よろしくお願いします!』

日本の一般人が、庭のDIYのために、国家予算3年分の「絶対結界」を300円で購入した。

その事実を脳が理解した瞬間、スマホの背面にあるカメラレンズが、ブラックホールのようにぐにゃりと歪んだ。

ゴォォォォォッ!!!

「な、なんだぁ!? 何が起きてる!?」

通路の奥から、異変を察知した看守の大男が血相を変えて走ってくる。

だが、もう遅い。

スマホの裏に現れた「次元の歪み(発送ポケット)」が、凄まじい吸引力で鉄格子を吸い込み始めたのだ。

神話の時代に作られ、あらゆる大魔法や竜のブレスすら傷一つつけられなかったという伝説の結界が、マカロニのようにぐにゃりと曲がり、光の粒子となってスマホの裏へ【発送】されていく。

ガシャン!!!

完全に鉄格子が消滅した。

後に残されたのは、ただの「通路と繋がった何もない空間」だけだ。

「あ……あ……あ……」

看守の男は、鉄格子があった場所を何度も手で仰ぎ、ガチガチと歯を鳴らした。

「ば、バカな……! 建国以来、一度も破られたことのない『神代の絶対結界』が消えた……!? どんな上位魔法を使った!? 貴様、何者だぁぁぁ!」

腰の鈍器を抜いて、狂ったように叫ぶ男。

俺は、画面に表示された【売上金:300P(反映済み)】の文字を見つめながら、乾いた声で呟いた。

「いや、魔法じゃなくて……ヘルカリで売れただけなんだけど」

「わけのわからんことを言うな! ぶち殺してやる!」

男が怒り狂い、牢獄の中に踏み込んでくる。戦闘能力オール1の俺に、あの鈍器を喰らったら一撃で頭が消し飛ぶ。

(ヤバい! 次、次だ! 何か買わないと死ぬ!!)

俺は手に入れたばかりの「300ポイント」を握りしめ、ヘルカリの検索窓に『ライト』と殴り書きした。

今すぐこの暗闇をどうにかできるもの。男の目を眩ませるもの。

ヒットした。最上部に出てきたのは、日本のユーザーが出品している生活雑貨。

『ダイソーのLEDミニ懐中電灯(電池付き)。子供のキャンプ用に買いましたが使わなかったので出品します。即購入OKです。』

価格は【300円(送料込み)】。

「買ええええええええッ!!」

購入ボタンを、液晶が割れるほどの勢いでタップする。

購入完了の文字が出た瞬間、今度はスマホの「発送ポケット」から、コロン、とプラスチック製のチープな物体が飛び出し、俺の手の中に落ちてきた。

青いボディの、まぎれもない100円ショップの懐中電灯だ。

「死ねやぁぁぁ!」

看守の鈍器が、俺の頭上へ振り下ろされる。

俺はがむしゃらに懐中電灯を突き出し、親指でカチリと、プラスチックのスイッチを押し込んだ。

ピカァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!

「ぎゃあああああああああああああああああッ!!?」

地下牢が、この世のものとは思えない「純白の暴虐的な閃光」に包まれた。

数百年もの間、魔導の灯火しか知らなかった異世界人の眼球にとって、現代日本の「超高輝度LED」の直撃は、まさに破滅の光だった。それも、魔力を一切感知させない「不可知の光」だ。

「目が、目がぁぁぁ! 太陽神の神罰だぁぁぁ!!」

看守は鈍器を落とし、両目を押さえてのたうち回る。泡を吹き、白目を剥いて、そのまま床にぶ倒れてピクリとも動かなくなった。ショックで気絶したらしい。

「……まじかよ」

手元のLEDライトを見る。電池残量はまだたっぷりある。

異世界の住人から見れば、これは「魔力を一切消費せず、一瞬で敵の視界を奪う古代の最上位光魔導具」そのものだ。100均のくせに。

「はは……あはははは!」

笑いが止まらなかった。

前世では何の価値もなかった、せどりの知識。ヘルカリのシステム。それが、この異世界では神の権能すら上書きする最強のバグチートになっている。

俺は気絶した看守の腰から鍵を奪い、堂々と牢獄の外へと歩き出した。

通路の途中、宝物庫らしき部屋の扉が開いているのが見えた。

中を覗くと、台座の上に一振りの美しい剣が鎮座している。禍々しいほどの神々しいオーラを放ち、鞘にはめ込まれた宝石が怪しく光っていた。

壁のプレートには『建国の聖剣・グランディオス。手にする者を選ぶ、我が国の最高国宝』と書かれている。

「へえ、国宝ね。スマホ、これいくらになる?」

カメラをかざす。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【出品候補を検知しました】

名称:建国の聖剣・グランディオス

推定価値:大陸の半分

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「よし、出品だ」

俺は躊躇なくスマホを操作し、またしても【300円(送料込み)】で出品した。

1分後。ピコン♪と通知が鳴る。

【商品が購入されました!】

購入者:『コスプレ大好き☆みく(プロフ必読)』

取引メッセージ:『一目惚れしました! 来週のイベントの魔王コスで使いたいです! サビとかないですよね? あと、ちょっと予算オーバーなので250円に値下げしてもらうことって可能ですか?><』

「あ、値下げ交渉きた。いいよ、じゃあ250円で」

俺が価格を変更して承認した瞬間、シュウウウウン……と音を立てて、大陸の半分を買い取れるはずの聖剣が、日本のどこかの女子大生の家に向けて発送され、この世界から永遠に消滅した。

売上金、250ポイント獲得。

「さて……」

俺はスマホをポケットにしまい、妖しく微笑んだ。

「この世界のくだらない権力も、伝説も、国宝も――俺が全部、300円で買い叩いてぶっ壊してやるよ」

こうして、異世界のすべての価値基準を地獄へと引きずり落とす、元せどりバイヤーの最凶の成り上がりが幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。