第2章 6話 最高執行官(公式)の値段は送料込みの5,000円
『ええい、小賢しいバイヤーめ! 規約第12条の特例措置など、我が【最高執行官】の権限で今すぐ上書き(アップデート)して消去して――』
ヘルカリ運営のトップ・ゼノンが、額に青筋を立ててホログラムの管理画面を叩く。
ネームランドのラベルによる「公式備品判定」のバグから復帰しようとするラスボス。だが、そのアップデート完了のインジケーターが100%になるよりも、俺――織田蓮の指のほうが速かった。
「魔王! 時給850円の働きを見せろ! 奴の両腕を掴んで固定しろ!」
「おおおっ! 任せろ主よ! 研修生としての意地を見せてくれるわぁぁ!」
カーゴパンツ姿の男子高校生(元魔王)が、ヤンキー座りからの爆発的なダッシュでゼノンの背後に回り込み、その両腕をがっちりと羽交い締めに beefした。
『なっ、下賎なデータ風情が我が衣服に触れるな! 離せ!』
「今よ! バハムート、リリス! 奴の視線を遮りなさい!」
ピンクドレスの新人キャバ嬢が豊満な肢体でゼノンの視界を塞ぎ、ドカジャンを着た巨大トカゲ(バハムート)が「神のドカジャン・ハリケーン!」と叫びながら、中綿ボアのついた背中をゼノンの顔面に全力で擦りつける。モコモコのボアがゼノンの眼鏡を派手に引っ掻き、その視界を完全に奪った。
『ぬおおお!? 視界(スキャン機能)が毛羽立ったポリエステルで遮られる……! 規約の書き換えが、座標エラーで実行できん……!』
「完全に隙だらけだな、最高執行官。――これでお前も『現状渡し』のジャンク品だ!」
俺は手元でウィィィンと吐き出された最後のテープ――【※超激レア・公式運営の生体モジュール(箱なし・現状渡し)】を、ゼノンの端正な額へ容赦なくパチンと貼り付けた。
その瞬間、俺のスマホがこれまでにない大音量で鳴り響いた。
ピコン♪
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【出品候補を検知しました】
名称:ヘルカリ運営委員会・最高執行官ゼノン(多次元宇宙のアカウント凍結権限、および仕立ての良いブラックスーツ一式含む)
推定価値:世界規律・システム根幹級
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「よーし、これが泣いても笑っても最後の出品だ! 最高に強気な値段で売り払ってやる!」
俺はタイトルに『【激レア】黒スーツのイケメン執事ロボ(公式ライセンス品・早い者勝ち)』と打ち込み、価格をこれまでの最高額に設定した。
【販売価格:5,000円(送料込み)】
出品ボタンを、渾身の力でタップ。
……。
……。
ピコン♪ 【いいね!が28件つきました】
「また『いいね』の爆増かよ! ラストバトルなのにやっぱり膠着状態じゃねえか!!」
画面の向こうの日本のユーザーたちが、『えー、この執事ロボ超イケメンじゃん! 部屋の片付けとか全部やってくれそう!』『でも5,000円かー、フリマで買うにはちょっと勇気いる値段だよねー』と、ガチの財布の紐との心理戦(膠着状態)に突入している。発送システムが動かない。
『フ、フハハハ……! 5,000円で売れ残っているではないか!』
ゼノンが魔王たちの拘束を力任せに振り解き、ズレた眼鏡を直しながら冷酷に笑う。
『お前の負けだ、織田蓮。アップデートは完了した。これよりお前のアカウントを永久に――』
ゼノンがスマホ画面の「凍結ボタン」に指をかけ、それを押し込もうとしたその刹那、俺のスマホがポケットの中で千切れんばかりに激しくバイブした。
日本の「とある特殊な層」のユーザーからの、熱狂的なコメントだ。
『コメント:ヤバいヤバいヤバい!! 探してた公式の推し概念にそっくりな黒スーツ執事アクスタ(生体)だーっ!! いま同人誌の原稿中でデスマーチなんですけど、この執事ロボに部屋の掃除と夜食の準備をワンチャン頼みたいです……! でも今月遠征で大金欠で……! 4,500円に値下げしてくれたら3秒で即ポチします!! お願いします神様!!泣』
「4,500円への値切り交渉きた! 売上4,460円プラス、これでお前を公式の規約に完全に従わせる! オッケー、即変更!」
俺が超高速で価格変更ボタンを押した瞬間――。
ピコン♪
【商品が購入されました!】
購入者アカウント名:『修羅場の原稿戦士@11/23東4』
取引メッセージ:『え! 値下げまじで感謝の極みです!!これで原稿が捗ります!! 命の恩人です、発送急ぎめでお願いします!!』
日本のデスマーチ中の同人作家が、多次元宇宙の絶対規律である最高執行官を「修羅場を支えるリアル執事ロボ」として4,500円で購入した。
「じゃあな、最高執行官。お前はこれから、日本のオタクの修羅場の部屋で、床の消しゴムのカスを拾い続けるんだよ。発送確定だ!」
画面を力一杯、スワイプした。
ゴォォォォォッ!!!
『な、何だこの不可抗力のシステムエラーは……!? 我が権限が、全アカウントの凍結権能が、原稿用紙の山へと吸い込まれていく……! 嫌だ、私は公式だぞ! なぜ一介のユーザーの部屋へ発送されなければならないのだァァァァ!!!』
光が収まった時、謁見の間の冷たい床の上には――。
すべてのシステム権限と、仕立ての良い黒スーツをヘルカリに買い叩かれ、完全に「裸に、ネームランドの透明なラベル(モザイク仕様)だけを何重にも貼り付けられた、ただの眼鏡の男」が、這いつくばって震えていた。
「あ……あ……我が、公式の威厳が、修羅場の同人部屋に……。しかも、服が全部なくなって、コンプライアンスが完全に崩壊しているのだが……!?」
衣服を剥ぎ取られた最高執行官。全年齢対象のこの小説において、これは最終決戦にして最大のBAN(アカウント停止)危機であった。
だが、元せどりバイヤーの俺は、最後まで抜かりない。
「安心しろ。実家処分のダンボールには、お前のために用意した、とっておきの『最後の1着』が残ってるからな」
俺はダンボールの1番底に張り付いていた、まとめ売りの隠れた定番アイテム――。
胸元に大きく『I ♡ KOREA』と書かれた、絶妙に部屋着にするしかない「グレーのスウェット(上下セット)」を引っ張り出し、床のゼノンに向かって投げつけた。
「ほら、それ着て日本のオタクを支えてこい。動きやすくて原稿のアシスタントにぴったりだろ」
『な、何だこのペラペラの綿素材は……! 威厳がマイナスどころか、完全に実家でゴロゴロしている無職のようになってしまうのだが……!?』
最高執行官ゼノンは涙目で絶望しながら、スウェットに袖を通し、部屋着姿の眼鏡男へと完全デグレードした。
【売上金:4,500P(反映済み)。現在の所持ポイント:4,520P】
【アカウントステータス:完全勝利】
「よし、これでなろう運営からのBAN対策も四度完璧だな」
こうして、公式のトップすらも日本のフリマとスウェットの前に屈服させた俺たちの前に、ヘルカリの画面から「新たなシステムメッセージ」が静かに流れ出た。
それは、運営の最高執行官が売却されたことで、このアプリが完全に『別の領域』へと到達したことを告げるアラートだった。




