第2章 5話 4,000円の最強定番アイテムは運営の目を眩ませる
4,000円の最強定番アイテムは運営の目を眩ませる
「おい、人間……いや、蓮よ。この『どかじゃん』という天界の防寒衣料、内側のポケットに缶の飲料がぴったり収まるぞ。なんと素晴らしい収納魔法だ……」
「私はこのピンクのドレスの裾についてる、キラキラしたプラスチックの魔石がお気に入りよ。これで次の刺客が来ても誘惑できるわ(※できません)」
我が謁見の間は、完全にドン・キホーテの駐車場から地元のツタヤの前にたまっている溜まり場へと進化していた。
ドカジャンを着て床で丸くなる巨大トカゲ(元創造神バハムート)。
ピンクのミニドレスでビジューをいじる元サキュバス女王リリス。
そして、謎の英字Tシャツに黒カーゴパンツ姿で、手持ち無沙汰に部屋の隅でヤンキー座りをしている元魔王。
彼らのまとも(?)な姿を見届けながら、俺――織田蓮はスマホの画面を睨みつけていた。
【現在の所持ポイント:4,020P】
次に来るのは、自動執行のロボットなんかじゃない。ヘルカリのすべてを統べる公式のラスボス――【最高執行官】だ。
奴らはアカウントのデータを直接書き換え、俺の『発送ポケット』や『ヘルカリアプリ』そのものをこの世界から消去しにやってくる。
(真っ向から利用規約で殴り合ったら、一瞬でアカウント凍結(BAN)される……。奴らがこの世界にログインした瞬間、その『視界』と『認識』を完全に狂わせ、強制的にこちらの取引の土俵に引きずり込むための、現代日本が誇る【最強の定番アイテム】が必要だ……!)
軍資金は4,020ポイント。3,000円台後半から4,000円ジャストの価格帯には、日本の一般家庭やオフィス、そしてあらゆる公共施設に必ず一台は設置されている、人類の歴史上最も売れたと言っても過言ではない『超弩級の定番ガジェット』が存在する。
俺は検索窓に、迷うことなくその型番を打ち込んだ。
『新品 CASIO ネームランド』
タイムラインの最上部に、日本の事務作業の歴史を支え続けてきた、無骨ながらも洗練されたあの名機が鎮座していた。
『【新品未使用】カシオ(CASIO)ラベルライター ネームランド KL-P40。オフィスの整理用に購入しましたが、別の機種を使ったため未開封です。お試しテープ付き! 送料込み3,980円。即購入大歓迎!』
「日本のすべての書類棚と小学校の持ち物を支配する、文字刻印の絶対神……! 残高3,980P、ベットォォォ!!」
ピコン♪
【購入が完了しました! 発送ポケットをご確認ください】
発送ポケットから滑り出てきたのは、手のひらサイズの四角い白い筐体。キーボードと小さな液晶画面がついた、信頼のCASIO製ラベルライター【ネームランド】である。
「蓮、それは何だ? また怪しげな聖遺物か?」
魔王がカーゴパンツのポケットに手を突っ込みながら覗き込んでくる。
「これはな、あらゆる物質に『絶対的な定義(名前)』を貼り付け、分類・整理するための最強の事務兵器だ。これを使って、今から魔王城のすべてを『公式の規約の穴』にハメるための仕込みを行う!」
残り時間わずか。俺はネームランドの電源を入れ、高速で文字をタイピングし始めた。
ウィィィィィン……カシャッ。
ウィィィィィン……カシャッ。
小気味良い印刷音と共に、裏面がシールになった透明なテープが次々と吐き出されていく。
俺はそれを、魔王城の至る所にペタペタと貼り付けていった。
謁見の間の大理石の柱には――【備品:柱(A-01)】
魔王の座る豪華な玉座には――【事務用椅子(社長席)】
ドカジャンを着て丸まっている巨大トカゲ(バハムート)の背中には――【※ガレージ用イカツイ置物(ジャンク品・発送待ち)】
ピンクのミニドレスのリリスの背中には――【※ギャル部屋用デコインテリア(発送待ち)】
そして、ヤンキー座りの魔王の額には――【梱包アシスタント(時給850円・研修中)】
「ちょっと蓮! なんで私の背中にこんなシール貼るのよ!」
「うるさい、静かにしてろ! これが俺たちのアカウントを守る唯一の盾だ!」
すべての貼り付けが完了した、まさにその瞬間。
謁見の間全体の空間が、バリバリとガラスが割れるような電子音と共に完全に停止した。
『――アカウント監査ロボ・アイギスの未帰還、および度重なる規約の脆弱性を突いた不正取引を確認。これより、本サーバーの強制クレンジングを実行する』
赤いノイズすら置き去りにする、圧倒的な漆黒の光を纏って、空間の裂け目から一人の男が静かに舞い降りた。
仕立ての良い黒いスーツを身に纏い、冷徹な眼鏡の奥からすべてを見下すようなシステムログの瞳を光らせる男。
彼こそが、多次元宇宙のフリマ交易の絶対規律――【ヘルカリ運営委員会・最高執行官】ゼノンであった。
ゼノンがゆっくりと右手を掲げ、スマホの画面に似た巨大なホログラムを展開する。
『バイヤー織田蓮。お前のスマホの全機能を剥奪し、この世界ごと虚無のサーバーへ廃棄――』
最高執行官がその絶対的な凍結権限(BAN)を発動しようとした、その刹那。
ゼノンの眼鏡の奥の瞳が、ピクンと微かに揺れた。
彼のアカウントスキャン機能(視界)に飛び込んできたのは、城中に貼り巡らされた、白くて細長い【ネームランドのラベル】だった。
『……ん? これは……【備品:柱(A-01)】……? こちらは【事務用椅子】……?』
ゼノンの動きがピタリと止まる。
運営の最高執行官とは、いわば「究極の事務方(お役所仕事)」のトップである。綺麗に整理整頓され、公式のフォントで完璧にナンバリングされた事務ラベルを目にした瞬間、彼のシステム内の『几帳面な管理職としての本能』が強制的に起動してしまったのだ。
『バ、バカな……! この世界の建造物や住人は、すべて未登録の不正データ(バグ)のはず……! なぜ完璧に資産管理ラベルが貼られ、オフィスの備品として登録されているのだ……!?』
「へっ、驚くのはまだ早いぜ、最高執行官」
俺はネームランドを片手に、不敵な笑みを浮かべて前に出た。
「お前らの大好きな『利用規約・第12条(オフィス備品および梱包済み資産の保護)』に則って、この部屋のすべてのデータは現在、我がフリマ交易所の『正式な管理備品』として帳簿に記載されている。つまり、これを強制凍結することは、運営自らが公式の資産を破壊する『重大なコンプライアンス違反』になるぞ!」
『なっ……!?』
ゼノンの眼鏡が驚愕で歪む。
異世界のどんな最強の魔法や神の権能すら受け付けないヘルカリ運営のトップが、現代日本のカシオが誇る【ネームランド】の圧倒的な「公式事務感」の前に、生まれて初めて「手続き上の矛盾」を起こして硬直したのだ。
異世界の住人(および運営)から見れば、それは【世界のあらゆる存在を完璧に定義し、神の規律すら書き換えて公式の管理下に置く、天界の絶対言霊刻印『契約の聖帯』】。
日本のオフィスや学校を支え続けてきた定番アイテムの前に、運営の融通の利かないお役所システムなど、ただの「書類不備」に過ぎなかった。
『おのれ……! ならば、そのラベルの定義ごと、手動で規約を書き換えて――』
ゼノンが冷や汗を流しながら、必死にホログラムのキーボードを叩こうとする。
「させるかよ。お前が書類の書き換えに手間取っているその数秒が、俺たちバイヤーの『仕込み時間』だ」
俺はネームランドのキーボードに指を走らせ、最後の一枚のラベルを印刷した。
そこに印字された文字は――【※超激レア・公式運営の生体モジュール(箱なし・現状渡し)】。
【現在の所持ポイント:40P(端数)】
【ネームランドの残りテープ:あと3メートル】
運営のボスを公式の規約ごと買い叩く、前代未聞の「ラスト・せどりバトルへ向けて、最後のラベルが静かに吐き出された――。




