第9話 僕に向いているのは狩人かも知れない
僕が、賢者になってから二月ほどが流れた。
あの時の少女はきっと僕にピッタリの称号を渡すために現れた神様に違いないと、僕は何度か少女に祈ったぐらいである。
ともあれ、僕はインテリで知的な生き方を目指すだけではなく、賢者として立派な生活を送ることになった。
もう内政チートを目指すという目標はとうに諦めたのだ。無理なことを頑張っても仕方がないのだ。諦めが早いことが僕の長所の一つである。
最初の行動としては、これまで友達の前ではよく使っていた魔法を段々と使わなくしたのだ。もちろん立派な狩人になるための弓矢の練習が忙しくなった、というのも背景にはあるけど、随分と前にシルウィさんの教えてもらった魔法を積極的に使うようにしたのだ。
なんだか魔法書の魔法は、とても変わっているらしいからね。
賢者が使う魔法として、必要な時に魔法を使ったほうがかっこよく、それでいて賢者らしいと思ったのである。
あの時の少女も僕の子どもの姿を偽りの姿のように感じていたし、渡した魔法書をとても喜んでいたからね。
きっとこの魔法書の魔法は、最上級魔法よりも上の存在だと僕は思うのだ。
とはいえ、魔法の訓練は続く。
魔法書の魔法を使いこなすためには、地道な訓練が必要なのだ。
皆に見つからないようにひたすら魔法を使って、威力や精度を上げていくのだ。疲れたら回復魔法で体力を戻す。
賢者になるって大変なんだな、と僕は賢くなることをこの厳しい訓練一つごとに実感していた。
まあ、することは魔族と戦う前とあまり変わらなかった。
そんな日々を送っていた時、僕たちには大人から試験が課された。狩人になるための弓矢の試験である。
僕、ダルウィ、マイカの同年代三人組に、弓矢でイノシシを狩ってこいと言われたのだ。そのために山へと向かった。
協力することは禁止されていて、一人で狩って持って帰ってくるように言われた。
一番弓矢が下手なのが僕だけど、狩ってきたのは一番僕が早かった。
理由は簡単。
魔法を使ったのだ。
『弾丸』である。
矢を杖とは別の手で持って、イノシシへと発射する。僕が弓で発射するよりも早く、威力も強い。強すぎて威力を控えたぐらいである。ともあれ、僕は簡単にイノシシを狩ることが出来た。
これで立派な狩人である。
大人たちからは疑われるような目で見られたけど、ちゃんと“矢”で殺していたので何も言われなかった。
僕の次に早かったのがダルウィである。三人の中で最も弓矢が上手いのがダルウィなのだ。僕では引けないような強すぎる弓も簡単に引いて、苦労せずにイノシシを一撃で殺したらしい。さらにそれを背負って帰ってきた。
俗に言う脳筋なのが、彼だ。
知的な僕とは正反対のダルウィだけど、いつも話が合うので助かっている。
「おかしい。マイカが帰ってこないぞ」
僕とダルウィが、持って帰ってきたイノシシを解体していると、大人達が騒ぎ出した。
あまりにもマイカが帰ってこないので、心配になったのである。
「フリッシュ! 探しに行こうぜ!」
ダルウィも心配になったのか、僕にそう言ったので頷いておくことにした。
「じゃあ、僕は向こうの山を探してくるよ! ダルウィは別の山を頼む!」
僕はマイカを探すために、すぐにその場から走り出した。
「おい……ちょっと待て……!」
やれやれ。マイカは全く手間のかかる子だ。この年になって迷子になるなんて。森の歩き方を忘れたのかな?
きっと子どものように泣いているだろう、と僕は思ったので、急いで探すことにした。
だからダルウィの言葉は耳に入っていなかった。
「そっちは……マイカの行った山じゃないぞ……!」
◆◆◆
マイカこと私の村は、どうやらこの国においても特殊な位置付けにある、というのを私は両親から聞いていた。
多くの平民のように農民ではなく、狩人として生計を立てる村。
だからこそ、この村には屈強な狩人が集まっていて、村の外でも活躍できるような狩人を育てている。
私もそんな風に狩人として生きてきた両親から期待される子どもの一人である。だけど、そんな私にも才能豊かな弟がいる。弓の腕前は私以上で、男の子だからいずれは私以上に重たい弓を引くことになる。
女の私だと引ける弓は男子よりも弱い張力となる。
そんな風に、私は自分に限界を感じていた。今となっては同年代のダルウィよりも弓が弱いのだ。昔は私のほうが狙いが正確で、威力も高かったのに。
もちろんフリッシュには勝っていたけど、あいつには魔法がある。狩人の訓練は受けているけど、きっと将来は魔法使いになるのだろう。
この国では魔法が使える者は、総じて魔法使いになる。“黄金の血”を持つものは少ないのだ。
私にも“黄金の血”は少しだけ流れているみたいだけど、フリッシュに勝てる気がしなかった。
フリッシュは私よりも多くの魔法を知っていて、とても強力だからだ。馬鹿だからよく使い方を間違えて森を燃やしているけど。
杖のせいで強力な魔法が使えていたと言うけれど、きっとそんなのは絶対に嘘だ、と私は気づいている。
何故ならあいつが嘘をつく時に、頬をかく癖があるのを私は知っているからだ。
だから私は友達であるダルウィとフリッシュに劣等感を覚えていた。二人よりも劣っている自分が嫌だった。
弓も、魔法もどちらも私は劣っているのだ。
そんな自分を変えるために、今回の狩人の試験では二人よりも大きなイノシシを狩ろうと思ったのだ。きっとフリッシュはイノシシなんて狩れないだろうけれど、ダルウィには勝ちたかったのだ。
魔法と、弓矢を組み合わせれば、勝てるのではないか、と私は淡い希望をいだいていた。
この山で最も大きなイノシシを“主”という。人よりも遥かに大きなイノシシで、一番奥地にいる危険なイノシシだ。あまり手を出さないように言われているけど、私はそんなイノシシに挑みたかった。
「はあ、ここってどこなんだろう?」
だけど、私は森の奥深くまで来てしまったので、道に迷ってしまった。もう帰り道も分からない。立派な狩人になるために頑張ってきたのに何をやっているんだろう、と自分を卑下したくもなった。
既に日は落ちている。辺りは暗くなった。いつもの明るい森とは違い、なぜだか見るもの全てが不気味に感じられる。
森が襲ってきそうな感覚が、私には怖かった。
ばたばたと、森が動いた。
「ひっ!」
私は悲鳴をあげた。怖かった。もう帰りたかった。でも、帰り方が分からない。だから私は森の中でうずくまるようにして、誰かが来るのを待った。もしくは朝を待てば村までの道がわかるかも知れない、と思った。
私は辺りを『ライチェス』で照らしながら、暗い森でただ怯えていた。
そんな時だった。
私の前に――恐ろしい獣が現れたのは。人だった。彼らは5人ほどの集団で、私を見て下衆な笑みを浮かべるのだ
「おい! こんなところに可愛い羊がいたぞ!」
「本当だ! こりゃあ べっぴんさんだ! あの“お方”への捧げ物になるぞ!」
「捕まえろ、捕まえろ!」
私はすぐにその場から逃げ出そうと走り出したけど、抵抗虚しく捕まった。両手両足を縛られた先にあったのは、既に潰れた“廃村”だった。




