第30話 自称賢者の実力
「……ブレインホーク。初めて聞く名前ね。まあ、いいわ。あなたの名は、私の胸に刻むとするわ。その魔法について、是非話を聞きたいところだけど、正体も知られてしまったから大人しく退散するとするわ。あなたはまた今度殺すとするわ!」
マリアンヌは愉しそうに嗤うと、氷の箒を作り出した。それに乗って腰掛けてその場から優雅に飛んでいく。
「逃げた……?」
「助かったの……!?」
眼の前から魔族という脅威がいなくなったことにより、カインとマイカはその場でホッとするように座り込んだ。
「ダリア、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫です。それよりも何がなんだか……結局、あの事件の犯人は魔族だったとは……」
「……まさか私まで騙されていたとはな。どう報告したらいいのか……」
リオンはダリアを心配した後、テレサをちらりと見た。
「マリアが……魔族……どうして……? 何が――」
事件の濡れ衣を被っていたテレサはマリアが消えていった空を、虚ろな眼で見つめていた。未だに自体が把握できていないのだ。自分を犯人に陥れたのが王都からのスパイだとは言え信頼していたメイドで、さらには魔族であった。そんな魔族の目的は深く、何を考えていたかはまったく計り知れない。そしてこの場を抑えめるために全てを殺そうとしたのだが、犯人を暴いた賢者と守る偽物が守ってくれた。
「――そう言えば、ブレインホーク様は? あなた、マリアが魔族だと分かったのでしょう? どうして分かったの?」
そんな疑問をテレサは賢者と名乗る黒いローブの男にぶつけようとするが、もうその男は動いていた。
素朴な杖を、花壇の近くに置かれていたベンチに向けていたのだ。生徒たちがバラを楽しむための木製のベンチへと。
そして、魔法を唱えた。
「『弾丸』!」
彼はベンチを矢のように空へと発射した。
そして、その上に飛び乗るように座ったのである。
「魔族を追ったの……?」
テレサは、空へと消えていった彼の無事を祈るように両手を握った。
◆◆◆
「まさか今回の潜入が失敗に終わるとは思わなかったわ。途中まで全て上手く言っていたのに、あんなぽっと出の賢者と名乗る“酔狂者”に邪魔されるなんて。全く私も運がないわ」
マリアンヌは残念そうに杖で空を舞っていた。
その姿は、魔族というよりも立派な魔法使いだった。杖を模した氷で空を飛び、風にたなびく髪を耳へとかける。
「――言い残すのはそれだけか?」
そんなマリアンヌと並走するように、ベンチに腰掛けたブレインホークと名乗る賢者が言った。
「あなた……まさか……こんなところまで……!?」
これまで余裕そうな表情だったマリアンヌが、まさか自分に追いつく魔法使いがいるとは思わなかったのである。
人族の魔法使いが同じように移動することは知っている。彼らは主に木製の箒の形をした魔法具を使うようだ。馬並み程度の早さしか無い。それに比べて自分はもっと早い鳥並みだと言うのに、この男がついてきたことに驚いたのだ。
マリアンヌはこれまでの経験で、今まで逃走から追いつかれたことはなかった。
「私ほどの魔法使いにかかれば簡単なことだ。空を飛ぶなど、魔法使いの基本だろう?」
「ええ、そうね。魔法を使える者なら誰でも空は飛べるわ。まさか私に追いつくとは思っていなかったけど。何の目的で私を追いかけてきたの? まさか私に惚れたとか?」
「いや、魔族は人の敵なのだろう?」
「ええ、そうよ。私はあなたも食べたいし、他に人も食べたいわ。今回は諦めたけど、テレサ様を堕落させて魔族のために働かせた後は直々に私が食べるつもりだったもの。可愛くて、美味しそうだから」
「私も食べるのか?」
「ええ。食べたいわ。できることなら。でも、ブレインホーク、あなたは食べる肉が残るほど手加減して倒すのは難しそうだから。殺しだけにしといてあげるわ。『ダイヤモンドダスト』」
マリアンヌは、先ほどと同じ魔法を呑気にベンチに座っている彼へと放った。先ほどとは違って掴む隙のないほどの多くの氷の粒子を生み出した。それは一瞬にして空間を埋め尽くす。もう先程のように掴める隙は与えなかった。
木製のベンチ含めて男まで凍りつかせる――筈、だった。
「『発火』」
ブレインホークが杖を前に出すと、より大きな空間を炎が占めた。まるで灼熱の溶岩の中にいるようだった。その火力はマリアンヌが乗っていた氷の箒ももやし、男が乗っていた木製のベンチすらも焼き尽くした。
二人とも重力に負けて落下する。
「ブレインホークっ……!!」
見知らぬ荒野に落ちたマリアンヌはブレインホークを強く睨んだ。落下する前に氷のクッションを出してある程度の落下の衝撃は殺したが、その顔には砂埃がついて擦り切れている。
「……ここは荒野か。さて、次は何を見せてくれるんだ?」
そんなブレインホークは優雅に地面へと舞い降りた。どんな魔法を使ったのかはマリアンヌには分からない。杖を持って小声で魔法を唱えているからだ。その後は杖をマリアンヌへと向けていた。
彼が持っていたのは、枯れた葉がついている折れた枝のような杖だった。
ふざけた杖だと、マリアンヌは唇を噛んだ。多くの魔法使いのように洗練された芸術品のような杖ではない。
マリアンヌは貴族の従者をしていたので、これまで多くの杖を見てきた。それから分かることは、どんな杖であっても職人が作り出したと一目で感じるものばかりだったのだ。
テレサのように大きな宝石を乗せた大型の杖。リオンのように龍の心臓をかくに使った赤い杖。カインは携帯に優れた短いものだが目のような模様の木に猫の目のような宝石がついている。
どれも高価な杖ばかり。優れた魔法使いなら杖に拘るのは一流の証だ。それなのにこの男は違う。どこかの森で拾ってきたかのように“見える”杖で油断を誘い、強力な魔法を使うのだ。
きっと擬態だろう、と思った。相手に油断を誘うために、わざと弱さを装っているのだ。
「ブレインホーク、あなた、卑怯な男なのね。そんな風に弱者を装って、私達から油断を誘うんだから。そうやって以前の魔族からも勝利を勝ち取ったの? 小細工だけど、頭のいい戦い方じゃない――」
その杖も、目に見える魔力も、隙だらけの体勢も、全てが彼を格下だとマリアンヌの魔族の本能が定義している。
それなのにブレインホークが使う魔法の規模は――一般的な魔族を超えていた。その魔法は、確かに一流の魔法使いと定義するほどの男だった。
「ふっ、私にかかれば当然のことだ」
ブレインホークは嬉しそうに口角を上げたや。
「あなたから見れば魔力任せの私たちの魔法に面白みを感じないかも知れないけど、知っているの? 私たちはあなた達より魔力が強い。普通は小細工なんて必要ないんだけど、あなたほどの魔法使いなら必要なようね」
「そうかもしれない。私が以前に戦った魔族も、つまらない力押しだったぞ」
「やはり倒したことがあるみたいね。二人目の魔族と出会うことができるなんて、ブレインホークは運がいいようね。普通なら1人会えばそこで人生が終わるのに」
「残念ながら終わらなかったようだ」
「そうみたいね。あなたのような狡猾さが、私たち魔族にも必要だわ。力で勝っていると油断するから、私たちは一瞬の隙をつかれて人に負けることが多いみたいだから」
マリアンヌは嘆息するように言った。
「お前は違うようだな。何故なら魔族ということを隠して侍女として貴族に取り入り、学園に侵入した。大した技術だ」
「あら、褒めてくれるとは嬉しいわ」
「……是非とも教えて欲しいものだ」
「それは秘密よ。死んで行くあなたにそんな手土産は必要ないでしょう?」
マリアンヌは勝ち誇った顔で言った。
「どういうことだ?」
「こういうことよ!」
マリアンヌは角を輝かせ、より一層の力を込めた。すでに魔法を発動させていたのだ。
その正体をマリアンヌの目線からブレインホークは気づくことになり、目線を頭上へと向けた。
隕石のように大きな氷を生み出されていた。それは円錐のような形をしており、切先をブレインホークへと向けるように落ちていた。
避ける余裕がブレインホークにはない、とマリアンヌは考えている。走っても逃げ出せない距離にいたからだ。先ほどのベンチでの高速移動のことは知っているが、ここは荒野だ。ブレインホークの足場になるような手頃な物体は存在しない。砂しか無いのだ。
マリアンヌはこの厄介な魔法使いからの勝利を確信していた。
「なるほど――」
「あなたが強いのは分かったけど、これはどうしようもないでしょ? 私の最終奥義よ! この魔法のために、あなたと会話していたの! 頭上に生み出した氷を気づかれないようにね! 知っていた? 魔族はあなたのよう劣等生物のように呪文は必ずしも必要ないの! 無言でも、得意な魔法ならこのように発動できるわ! 油断大敵ね! あなたは強かった! でも、私の方が強いみたいだわ」
上機嫌なマリアンヌ。
先程の『ダイヤモンドダスト』でブレインホークを殺しきれなかったからこそ、お得意の欺瞞を行なった。ブレインホークが会話に付き合ってくれたからこそ、その間にひっそりと魔法を発動させて大魔法を作り上げたのである。
このためにマリアンヌは多くの時間と、残っていたほぼ全ての魔力を使い切っていた。
「なるほど」
ブレインホークは全く焦らず、杖を頭上へと向けていた。
「あなたが最も得意なのは火の魔法でしょ? この氷には勝てないわ! 勝てるはずがない! 魔に愛された私による大魔法よ! さようなら! ブレインホーク!」
そんなマリアンヌを無視して、ブレインホークは呪文を言った。
「『発火』」
ブレインホークが放った魔法は炎としてすぐに彼の体の全てを包み込み、さらに火は広がっていく。頭上の氷も、マリアンヌの体でさえも、辺り一面を全て飲み込んだ。
「……」
炎に灼かれる中で、マリアンヌは衝撃の事実を知った。
先ほどの空で放ったブレインホークの魔法は全力ではなかったのだ。あれでも手加減していたのだろう、と。
全力を出せば全てを包み込み、滅するような力を彼は持っていたのだ。
既にマリアンヌの大部分が燃えている。ここから逃げ出すことも、抵抗することも出来なかった。そもそもマリアンヌが全力で作った魔法自体も、もはや燃えきってしまったのだ。
「あなたが……けん……じゃ…………」:
マリアンヌはそんな言葉を残して燃え尽きた。
人族の中でも魔族が恐れる者――賢者。彼らは人を超え、神秘に近づき、簡単に魔族を殺せるという。
その言葉通り、自分は殺されたのだと、マリアンヌは納得した。
噴火のように大きな炎が消え、幾つかの砂がマグマになった地表には一つの人影しか残っていなかった。
赤赤とした地面に無傷でいるブレインホークは、その場から光と共に姿を消した。




