第29話 我が名は……
賢者や学生たちの前でメイド服を破りちぎったマリアが下に着ていたのは、黒を基調としたシャツとスカートだった。あまり人では見ないデザインだったが、服が変わっただけでおしとやかなこれまでとは違う印象を受ける。
誰もが、恐ろしい、狂気的なように見えてしまった。
そんな彼女は人と限りなく近い姿だったが、明らかに人と違う部分が一つある。頭に生えた角だ。まるで羊のように渦巻いた角があった。魔族である証明だった。
彼女は正体を明かすとともに周りに氷を撒き散らしたが、それは誰にも当たることがなかった。
これまで体を押さえつけていた賢者だと騙る怪しげな者が、学生たちをこれまで体を押さえていた力で氷の礫から守るように自身の後ろへと移動させたのだ。
「まさか、マリアが……魔族……!?」
だが、学生たちの間に動揺は隠しきれなかった。
特にマリアを付き人としてずっと一緒にいたテレサが特に信じられないものだった。
「どうして……あいつが……!」
それはこれまでテレサを犯人だと決めつけていたリオンも一緒だった。最も犯人から程遠いと思っていた人間が、まさか魔族でダリアを魔法で狙ったとは思っていなかったのだ。
「本当にこの女が犯人じゃなかったのか……!?」
カインも同じように今の状況を受け入れてられてなかった。既に賢者は魔法を解いていると言うのに、全く体は動かなかった。動かそうと思わなかったのだ。
「あれが……魔族……!?」
マイカは犯人が誰かと言うよりも、魔族が目の前に現れたことに怯えていた。
マリアという魔族から、圧倒的な“魔力”を感じていたからだ。それは感じたことのない圧だった。学園にいるどんな魔法使いよりも、強力で圧倒的な力の差を感じる。
きっと魔法では勝てない、と頭をたれそうになっていた。
「ねえ、どうして私が魔族と分かったの? 私の変装は下手だった?」
「…………私は賢者だ。全てを“識る”者だ。魔族と出会ったこともこれが初めてじゃないからな」
やけにその賢者の声は小さかった。
この中で唯一犯人が分かっていたにしては、深く観察しているようにも思えてしまう。
「ふーん、そうなの。意外ね。魔族と出会うのは初めてかと思ったわ。だから気づいたの? 常識だもんね。魔族が杖を使わないのは。私たちはこの“角”で魔法を使うんだから」
「……そうだな」
「……なんだか、余裕そうね。あなた、分かっているの? あなた方より、神から角を与えられた私達のほうが神秘を受けている。つまり、魔法が強いの? あなたはその学生と比べれば優秀な魔法使いかもしれないけど、所詮は人なのよ?」
「だから何だ?」
「こうして私と楽しくおしゃべりしている間は生きているけれど、本当に私が魔法を使えば死んじゃうのよ?」
マリアは怪しく笑った。
眼の前の賢者を侮っているようだった。
その理由が、その場にいた学生たちも納得できた。
賢者と騙る偽物からは魔力の“圧”を感じないのだ。先程まで圧倒的な魔法を使っていたというのに、リオンやカインよりも小さな魔力しか感じない。
魔力を隠す方法はないとされているため、これがこの男の実力なのだと思ってしまうのだ。
きっと先程の魔法は不意打ちだったから、とさえ学生たちは思ってしまった。
「なら、教えて貰おうか? それほどの実力を持ちながら、どうしてわざわざ侍女に変装をして忍び込んだ。貴様の力ならオレたちをいつでも皆殺しにできたはずだろう?」
既に体の拘束を解かれたカインが、賢者の後ろからマリアへと聞いた。
「いいわよ〜。簡単よ。これであなた達の間に亀裂が入ると思ったの。そしてテレサを“こっち”に引き込めると思ったの。侯爵令嬢よ。使い道はたくさんあるわ。それに……」
「それに?」
カインが聞き返した。
「もしも王子とそこで一緒の小娘が一緒になれば私たちにとって都合がいいもの。そんなに魔力の低い子、他の魔族が簡単に洗脳できると思うの。そうなれば、王家に大打撃を与えることができるわ。そうなれば、王都の“結界”だって隙ができるかもしれない。戦争が始められるわ〜! 今回の王子がバカで、本当に良かったわ!」
「なっ!?」
リオンは真正面から魔族に嘲笑されたことにより、間抜けにも大きな口を開いた。これまで自分の起こした行動が、まさか魔族に踊らされたものであるとは思いもしなかったのだ。
「……理由はそれだけか?」
「うーん、他にもあるわよ。この後は誰を陥れるか、ずっと考えていたもの。この魔法学校という仕組みは、私にとって都合がいいわ。誰を陥れて、誰をこっちに引き込むか。欲望が渦巻いているもの。私の“魔法”に惹かれる学生もきっといるわ。きっと、千年計画に役に立つわ」
マリアは、恍惚とした笑みで話していた。
彼女は魔族として、人を陥れるために行動していたのだ。テレサを犯人だと断定して貶めることで、その片棒を担いでいたとも言えるリオンが、特に信じられない顔で絶望していた。
「なるほど。その千年計画とやらを、もっと詳しく聞きたいものだな! 『ノーマキャノン』!」
カインは賢者の後ろであまり敵が注目しなかったことから、中級攻撃魔法『ノーマキャノン』を放った。
それは魔力の塊を砲弾として打ち出す魔法であり、多くの魔法使いが攻撃用として使っている魔法の一つだ。この魔法を覚えることで初めて魔法使いとして、一人前として認められる、とも言われている。
「『ノーマキャノン』!」
「『ノーマキャノン』!」
同じ魔法を使えるレオンとテレサまでもが、ずっと話していて隙を見せていたマリアに向かって魔力の塊を放った。
普通の人間がまともに食らったら重症になるような攻撃だったが、マリアは氷の壁を作って防いでいる。
「あらあら。怖い怖い。全くあなた達は油断も隙もないわねえ。で、私の正体を見破ったあなたは攻撃しないのね?」
「別に、お前程度、いつでも倒せるからな」
「余裕そうね。これでも? 『ダイヤモンドダスト』」
マリアは辺りに氷の粒を撒き散らした。それは目にかすかに見えるほど小さく、まるで宝石のようにキラキラと舞っていた。
だが、恐ろしい魔法だった。それは周りにある全てを凍らし、砕いていく。触れたもの全てを破壊するのだ。ダリアが育てたバラの多くが粉々になった。そんな魔法が、大きな帯のように薄い形となって学生たちを襲った。
「『ノーマキャノン』!」
「『ノーマキャノン』!」
リオンとカインが魔法を使ってその魔法に対抗しようとしたが、マリアの魔法を突き抜けるだけで意味はなかった。
『ダイヤモンドダスト』は触れるもの全てを破壊するが、学生たちが殺される前に賢者が素朴な木の杖を向けた。
「『念力』」
不可視の賢者の魔法は、ダイヤモンドダストを掴み、その場に叩きつけた。それ以上舞うことなく地面にて圧縮し、握りつぶしたのである。
「なっ!」
その魔法の正体を、賢者以外誰も理解できていなかった。先ほど自らに食らい、体を締め付けられたとしても、だ。それは学園で特に優秀なリオン、カイン、テレサであっても同じことだ。
「……さっきから思っていたけど、あなた何者? 私の魔法は無数の粒子よ。普通なら掴めないはずなのだけれどね。賢者、と言ったかしら?」
「……ずっとそう言っているだろう?」
「なら、そんなあなたに敬意を払って名前を是非、私の胸に刻みたいと思うわ。私はマリアンヌ。絶氷のマリアンヌ。あなたは?」
「われの名か。……ふっ、私の名は――ブレインホーク! この世の全てを識る賢者さ!」
黒いローブの賢者――ブレインホークは、尊大に言い放った。




