第22話 一番怪しいのは悪役令嬢である。
次の日の昼休み、僕はテレサ様と裏庭の事件現場で打ち合わせをしていた。
「テレサ様は新しい証拠が何か見つかった?」
「何も見つからないですわ」
テレサ様は平静を装った顔で言う。
「僕は昨日魔法具を調べていたんだけど、この辺りに魔法具は無かったの?」
「分かりませんわ。私はダリア様への襲撃があった後、すぐに怖くなってその場から離れましたから。あったかも知れませんが、後に戻ったときには痕跡は無かったです」
「そっか。それなら魔法具があったかどうか分からないね」
「ええ。少しでも調べればよかったですけど、あの魔法は最初、私を狙ったものかと思ったのですぐに逃げましたわ。こう見えても私、命を狙われているようですから、危険だとすぐに逃げる癖がついたのです」
テレサ様は扇子で顔を隠しているが、目に見てわかるほど悲しそうな顔をしていた。
「……どうしてもそんな癖が?」
「簡単です。私は時期王太子妃です。命を狙われる理由は数多くあります。お父様の政敵。皇太子妃の座を狙う他家。もしくは眉目秀麗なリオン様を狙う不埒な女ども、彼らの恨みはよく私に来ますわ。直接的な魔法は久しぶりですけど、毒殺などは日常茶飯事な世界ですので」
「大変な世界だね」
あまり命懸を狙われることがない僕として、恐ろしい世界である。
「ふふっ。もうその政争に巻き込まれているというのに、平民の身で随分と他人事なんですのね。きっとあなたにも何か差し金があったのではありませんか?」
「あったよ。昨日、ゴーレムで襲われたかな」
あれも政争の一種なのかな?
僕のような一般市民を狙ったところで、なんのメリットもないと思うけどね。
「まあ、なんと恐ろしい。よく無事に逃げおおせたようですね」
「いや、ちょうど友達が隣にいたからね。魔法で破壊したよ。ゴーレムって意外と柔いんだね。簡単に破壊できてよかったよ。だけど粉々になったから何一つ証拠が出てこなくて残念だったんだ」
僕はやれやれ、と首を振った。
とんだ失敗だと、後に気づいてしまったのだ。
「……ゴーレムって、確か軍の兵器の一つだったと思いますが? そんなに小さなゴーレムだったのですか?」
「ううん。僕よりも大きくて、傷が出来たら勝手に修復されていたよ」
「それならあまりにも弱かったのですか?」
「うーん、打撃しか無かったけど、まともに当たれば死んでいたかもね。そもそも硬そうだからね。強そうなゴーレムだったよ」
「そんなゴーレムを簡単に破壊できるなんて、フリッシュ様は意外と強いのですね」
テレサ様が微かに笑った。王子様が何故捨てたのか分からないほど、可愛らしく笑う女性だった。
「そうかもね。そう言えば、そのゴーレムに心当たりはある?」
「きっとその強さだと軍の息の根がかかっていると思えます。証拠は出ないでしょうけど、カイン様の一派かと。でもカイン様の意向かは分かりません。あの一派も一枚岩ではないですから」
カイン・フォン・ドラゴのことを詳細に教えてくれた。
どうやら公爵家である彼の父は武官であり、国軍の元帥として最高司令官である国王様の次に位置する権力者のようだ。
だから多くの武官の息子はカイン様に忠誠を誓っているようだ。武官の子は武官になることが多いから、時期総帥候補であるカイン様に睨まれると出世街道が絶たれるだけではなく、貴族として存在するのも難しくなるかも知れないからだ。
「それは大変だ」
うわー、つまりカイン様は雲のような人の息子、ってことだね。それは権力があるよ。あれだけ校内で大きい顔をするのも当然だ。
「そうですわよ。今回の件、カイン様がリオン様より調査の第一人者となっていますから、今後の為にも絶対にこの事件の立証をしたいのでしょう。……まさかここまでの大事になるとは……」
「カイン様がこの事件の調査をしていて僕を狙った。……念のために聞くけど、カイン様が今回の事件を企てた、という可能性はないよね?」
僕の質問に、テレサ様は顔を曇らせた。
「可能性は……あります。まず、私のお父様は文官ではなく武官でございます。それもカイン様のお父様ほどではありませんが、上に位置する人間です。もしも私が皇太子妃になれば、軍部の権力が少しお父様に傾きます」
「そのために息子であるカイン様を利用したと?」
「可能性の話ですわ。ですが、私のお父様よりも、カイン様のお父様の力は絶大です。前王弟の御子息ですので。だからそこまで大きな理由にならないのですが、そうではないのが貴族社会です」
「なるほどね。動機はある……と」
「ええ、でも、証拠が無ければカイン様を犯人だというのは、かなり危険な行為です。下手を打てば、あなたが消されますよ」
「ふーん、そっか」
「フリッシュ様は、こんな状況になっても私を見放さないのですね?」
「どういうことかな?」
僕は首を捻った。
「いえ、私がダリア様を狙ったと、リオン様から婚約破棄を突きつけられていらし、私に関わるのを控えた者は多いですわ。知っていますか? こう見えても私、第1学年では、リオン様、カイン様に次ぐ序列の貴族なのです。彼らに着くことが出来ない者たち、例えば花も恥じらう令嬢方は、皆様が私に名を覚えてもらうと必死になって周りにいましたわ。他にもお父様に近い家の者たちも、私を守るために多くいたのです」
「それが皆、いなくなったと?」
「ええ、今ではフリッシュ様以外、誰も声もかけてくれませんわ」
確かにこの事件が起きる前のテレサ様の姿を僕は見たことがなかった。きっといつも誰かに取り囲まれていたからだろう。常に彼女の周りには盾のように貴族の顔があって、平民である僕の目には届かなかったのだ。
それが今では、彼女を守る者は何一つとして存在しなかった。それが心細いんだろうか、と僕は思ってしまった。
まあ、彼女が犯人なら自業自得なんだけど。
「なるほど」
僕は頷く。
でも、僕は今回の事件が面白そうだから、テレサ様に関わっているだけなんだよね。もしもこんな事件が無ければ、逆にテレサ様には興味が全く沸かなくて近づきもしなかったと思うのだ。
「フリッシュ様、あなたは恐ろしくないのですか?」
「何が?」
「今では令嬢の多くが、ダリア様に付き従っております。彼女たちは私の味方をするあなたに“嫌がらせ”をするでしょう。リオン様の周りの方々もそうです。学校の規則で表立っては無いとは言え、今回のようにゴーレムに襲われるような危険なこともこれからありえますわ」
「ふーん、それは楽しみだね」
「楽しみ? なんて無謀な……」
テレサ様は大口を開けて令嬢らしからぬ顔をしていて、それを隣のマリアさんに「お嬢様」と注意を受けていた。テレサ様は恥ずかしそうに顔を隠しながら、表情を取り繕っていた。
「僕は大丈夫だよ。何かあっても、平民の命が消えるだけだからね。それにこう見えても僕はゴーレムを対峙できるぐらい強いからね」
「……わかりました。そういうフリッシュ君を、私は信じますわ」
「うん! どんと構えててよ!」
「はい!」
何だか期待された目で見られるけど、僕の結論は今のところテレサ様なんだよね。
元帥の息子であるカイン様よりも、王太子妃で今回の中心人物のリオン様よりも、もちろんダリア様よりも、やっぱりテレサ様が一番怪しいんだよね。
僕はテレサ様の嘘を見抜くようにじーっと見つめた。
「何か私の顔についていますか?」
テレサ様の嘘を賢者のように見抜きたかったけど、僕にはさっぱり分からなかった。




