第23話 主人公は僕のはずなのに……!
テレサ様との話し合いが終わって、何か他の犯人の証拠は無いか、もしくはテレサ様が犯人だという明確な証拠がないかを裏庭で探していると、僕は事件現場から少し離れたところで衝撃的な場面を見てしまった。
「ダリア、リオンなんてやめろ! あいつと一緒になっても多くの貴族がお前を認めない! それなら、オレと一緒になったほうが……」
「カイン様! でも私は……!」
「言うな! ダリア! それでもオレはお前のことが好きなんだ! オレと一緒になってくれ!」
走り去ろうとするダリア様を後ろから抱きしめるカイン様の姿だった。
「すいません!」
ダリア様はそんなカイン様を振り切って、遠くへと逃げていく。カイン様はそんなダリア様の背中に手を伸ばすが、その手は空を切って、悲しげな表情で下げた手をぐっと握っていた。
こう、なんて言えばいいのだろうか。
異世界転生するとまさか少女漫画でしか見ないような恋愛を見ることになるとは思わなかったので、僕は非常に戸惑っていた。
だいたいさあ、こういうのって、異世界転生した主人公である僕のハーレム物語なんじゃないの? そんなことに興味はないんだけど、どうして僕と全く関係のないところでドラマが広がっているのだろう、と僕は首を捻って立ち尽くしていた。
そうすると、こちらを見ているカイン様に気がついた。
「……見られていたようだな」
なぜだか恥ずかしげな表情のカイン様。イケメンだからあまり嫌な感じがしないのが少しだけむかついた。
「誰にも言わないよ」
「それは当然の話しだ。もしもこの件を誰かに言った場合は、その時はこの学園から消えてもらうことになるかなら――」
「え――」
マジ?
「ふっ、冗談だ。まあ、よかったら少し付き合え」
カイン様の誘いを断れるわけもなく、僕は付いていくことにした。
そこは学園内にある貴族寮だった。そのカイン様の部屋である。公爵家嫡男であるカイン様の自室は大きくまるでホテルのスイートルームのように幾つかの部屋に分かれている。
平民の僕なんて一人部屋だけどとても狭いのにね。
そんな部屋のリビングに通された僕は座ったことのないような大きなソファに腰掛け、目の前の木で作られたテーブルには執事が入れた紅茶とクッキーを頂いた。
飽食の前世で美味しいものをたくさん食べたというのに、ここの紅茶は美味しくて思わず僕は舌鼓を打っていた。クッキーもとても美味しい。高級そうな味がする。僕は平民らしく遠慮なくバクバクと食べていた。
おっと、いけないいけない。意地汚いのがバレてしまうから、インテリのように一つずつ丁寧に素早く数多く食べることにしよう。
僕の前に座ったカイン様は同じように紅茶を嗜んでから口を開いた。
「お前にはダリアがどう見えている? あの女のことをそもそも知っているのか?」
僕は首を横に振った。
今回の件があるまで、貴族なんて王子様ぐらいしか知らなかったからである。
「なら、少し昔話をしてやろう。あれは俺たちAクラスに入ってきた時から始まるんだ――」
それからカイン様の、いやただのカインの昔話が始まった。
なんてことはない。貴族嫡男の、ありふれた恋物語だった。
◆◆◆
彼――カインが、所属したクラスはAクラスだった。そもそも平民とは違い、貴族は人数が多すぎるあまり三つのクラス――A、B、Cの三つに分けられる。
分け方は単純だ。
優秀な者が上に行き、そうじゃない者は下に行く。そんな中、公爵家嫡男である彼は、当然ながらAクラスに行くことを周りが望んでおり、本人も望んでいたようだ。
幼少期からの努力の甲斐があって、カインは無事にAクラスに所属することができた。
公爵家に相応しい教育を受けていたカインは、学年での成績もきっとトップだろうと思っていたのだが、自分よりも上がいることに驚いたのだ。
Aクラスは魔境だと彼は言う。
全ての才能に秀でて、クラスで最も神秘の力が高い王子――リオンを始めとして、優秀な者が多かった。
筆頭宮廷魔法使いの一人娘、学年で一人しかいない精霊の契約者、僅か一二歳で龍と契約した召喚魔法の使い手、など十年に一度の黄金世代だと言う。
そんな中でカインが誇れるものは公爵家嫡男だったが、貴族の地位の高さも王子様であるリオンには敵わない。
これまで順風満帆な人生を送っていたカインにとって、初めての挫折だったという。
だからといって、カインは腐ることなく努力を続けた。武官である父に習うように魔法剣士を目指し、剣と魔法、その二足の草鞋で努力を続けたのである。
そんなある日、カインは運命的な出会いをしたらしい。学生たちに解放
されている裏庭の練習場でいつものように剣を振るっていた時のことだった。
「素敵な剣ですね」
そんな言葉を、素朴な女が、かけてきたのだという。
彼女が――ダリアだった。
一人で剣を振っているカインを、ダリアだけが見つけてくれたようだ。どうやら彼女は練習場横の花壇に水をやっている時にカインを見つけて、その剣が素晴らしかったから声をかけてきたようだ。
カインとダリアの密会は、それから始まったとカインは言う。
二人とも決まった時間に剣を振り、花に水をやっていた。だから二人が出会うたびに話をするのもそう珍しくはなかったという。
カインは剣と魔法の話を、ダリアは花の話を。他の女のように公爵家嫡男という色眼鏡で見ることなく、たわいのない話を楽しんでいたらしい。
話を聞く中でカインが知ったことだが、どうやらダリアは男爵令嬢のようだ。
だが、妾の子らしく最近までは平民として暮らしてきたようだ。だから貴族としての教育を受けたことも無ければ、貴族社会についてもあまり知らないらしい。
こんな日々がずっと続けばいい、とカインは淡い希望を抱いていたのだが、そんな日々は突如として終わりを告げたようだ。
リオンが――王子が、ダリアに興味を持ったことで。
最初はAクラスの何気ない会話だった。
リオンはクラスの王様だった。現国王の長男で王位継承権第1位であり、現在最も国王に近い男だった。
性格は傍若無人で唯我独尊。自らが王という自負を持ち。クラスの貴族たちはそんな彼を信望していた。
だから彼は時々クラスの皆に無茶なお願いをしていた。犬のように鳴けや次の授業では馬鹿を演じろ、はたまたこのクラスに貴様はふさわしくないと退学を進めることさえあった。
学園で彼に目をつけられれば、貴族としての地位が終わると言われていた。それほどの権力を、リオンは持っていたのだ。
クラスで次に貴族としての地位が高かったカインは、そんな彼に何度も苦言を呈するが、彼は聞く耳を持たなかった。何回かリオンから脅されたが、貴族第一位の権力を持つカインを蔑ろにすることなどできなかった。
そんなリオンが、不意に、クラスで自分に色目を使わないダリアに声をかけたのである。
「よし、そこのお前、私の為に鳴いてみろ!」
「え、嫌です」
そんな会話から、二人は始まったのだ。
後から知った話だが、ダリアはリオンのことをこの国の王子だと知らなかったようだ。
「私にそんな態度を取るとは面白いな」
それからリオンはダリアに興味を持った。
これまで好き放題に振る舞っていた彼が、ダリアの気を引こうと必死になって話しかけたのである。
常にリオンが傍にいるものだから、ダリアの存在が邪魔な他の令嬢たちは手を出すことが出来ない。
最初はその勝手な振る舞いからリオンのことを嫌っていたダリアだったが、どうやら何度も接するうちに彼の繊細な心に触れて気が変わったようだ。
それから二人が相思相愛になるまで、そう時間はかからなかったらしい。
今ではリオンは婚約者であるテレサのことは放置し、ダリアに一生懸命愛を囁いているようだ。
ダリアは婚約者がいる彼のことを拒否しながらも、徐々に心が傾いているらしい。
今回の事件を通して、二人はきっと一緒になるだろう、と予想している貴族もおおいようだ。
「本当にやるせないことだ。彼女の魅力は私が一番に見つけたのに。それをぽっと出の王子に奪われるとは」
カインは忌々しそうに言った。
最初に好きになったのは自分の筈なのに、王子と仲良くなってから初めて彼女のことを好きだと気づいたのに、その時にはもう彼女の心は王子に惹かれていたようだ。




