第16話 文字が綺麗な人は頭がいいと思う。
次の日の明るい時間に、僕はテレサ様とその従者であるメイド服を着たマリア様と共にダリア様が襲われたという事件現場に辿り着いた。
「ここですわ」
何の変哲もない花壇だった。周りは開けており、人の目は多そうだ。特に昨日の件で注目されているテレサ様には、多くの視線が集まっている。
彼らは有力貴族の子供だろうか。テレサ様を見ながらひそひそと言い合っている。
「何だか僕たちが人気者になったみたいだね」
「何か勘違いしているようですけど、あなたではなく、私ですわ。もう昨日のことが広がっているようですわ。私が未来有望な学生の一人ですから、余計にゴシップが広がるのは早かったのでしょう」
泣きそうな目をしながらテレサ様は周りから目を背ける。
「で、ここでダリア様が氷で襲われたんだ」
「そうですわね。ちょうど、私がここを通り過ぎようとした時です。突如として氷の礫が現れて、ダリア様を襲ったのです。私の眼の前でしたわ」
「ダリア様とテレサ様はどこにいたの?」
「こちらですわ」
ちょうどその位置は、花壇の中央だった。他の人がもしもダリア様を狙ったというのなら、他の人影があるだろう。だけど、そのような人影がいたのなら、きっとダリア様もテレサ様も気づいたはずなのだ。
「本当に他に誰もいなかったの?」
「ええ、いなかったですわ。ですから、私が疑われているのです。そんなことをするわけがないのに」
テレサ様は唇を噛み締めていた。
「まあ、確かにおかしいかもしれないね。テレサ様がもしも自分でダリア様を襲うのなら、もっと人目から隠れて行いそうだし」
「そうですわ! それに人を使って行うか、どうしてこの私が怪しまれると分かっていて、自分の手でダリア様を襲わなくてはいけないですの!」
ええー、ということは、いつかダリア様を襲うことは考えていたの?
やっぱり犯人はこの人じゃない?
「確かにそうかもしれないね。ダリア様を襲う予定はあったの?」
「……誰にも言いませんか?」
伏し目になったテレサ様。
「…………うん」
「実は……ダリアさんに話をしに行こうとしていましたの。もうリオン様とかかわらないでくださいまし、って。もしも聞き入れくれなければ、ダリアさんの実家に圧力をかけて学園をやめさせようと思っていましたわ。だって、リオン様のお隣に、彼女のような女はふさわしくないですもの。当然の計らいでしょう?」
テレサ様は、氷のように冷たい目をしていた。それはまさしく、黄金の血を持つ貴族らしき顔だった。
「そうなの?」
「そうですわ。私は優しいでしょう? 実家を潰しはしないのですから。そもそもあの女は貴族の、我が侯爵家の“強さ”を存じていないのでです。潰そうと思えばあのような家は簡単に潰せますわ」
「でも、潰さないんだ?」
「潰さないですわ。そんなことをすれば、リオン様が私のラグランジュ家に因縁をつけるかもしれませんから。すぐに壊されることがなかったとしても、私の家としては大打撃ですわ」
「なるほど。それは表立ってできないね」
王家と侯爵家を比べたらもちろん王家の方が力は強いから、第1王子であるリオン様の権力はきっと計り知れないのだろう。
こうまでテレサ様が怯えているのだから、きっと侯爵家なんてリオン様の敵じゃないと思う。だって王子様の後ろにはきっと多くの後援者がいるだろうからね。
「だから私は犯人ではないですわ。話す前に魔法が飛んだのですから――」
テレサ様は気丈に振る舞いながらも、また泣きそうな顔をした。
「で、ここに魔法をつかった 痕跡があるかもしれないんだよね? どこにあるんだろう?」
「ないですわ。私も後から調べましたもの――」
「え?」
「だってすぐに疑われましたから。腕を傷つけられたダリア様の元にすぐにリオン様が現れましたの。すぐにその場で立ち尽くしていた私を犯人だと断定しましたわ。どうやら遠くで見ていたようですから」
「それは……決定的だね。それで、何も痕跡は無かったの?」
「ええ、無かったですわ。何も――」
テレサ様は、絶望した顔で言った。
◆◆◆
「以前にも説明したと思うけど、私たちが魔法を発動する際には、必ず“媒体”が必要なの。多くの魔法使いは大小様々な杖を使うけれど、それ以外にも媒体は数多く存在します。例えば、魔法陣。これは魔力が通りやすい羊皮紙に字を書くことで魔法回路を再現するわ。他にも杖などの魔道具も“媒体”と言えるわね」
僕は先生による授業を受けていた。
なお、その先生はかつて村に着た魔法使いであるシルウィ先生である。あの時と見た目はあまり変わらなかった。
分厚いローブを着ていたとしてもボン・キュッ・ボンな体をしているので、僕はつい注目してしまうのだ。
「さて、私の専門は魔法陣だから、今日は皆にこの羊皮紙に魔法を書いてもらうわよ。今日の魔法は羊皮紙を浮かせる魔法ね。ちゃんと書けたら次に実習上で試してみるからここでは決して使わないように! 特にフリッシュ君! あなたは絶対に起動させたら駄目よ!」
シルウィ先生は、特に僕へと強く注意した。
何故だ。
僕は決して先生の言いつけを破ることがない優等生の筈なのに。
「フリッシュ、注意されているね!」
そんな僕を、隣の席に座っていたマイカが笑った。
「どうしてこんなにも生徒がいる中で、僕だけが注目されるんだ? 全く持って心外だな」
「それはそうでしょ。忘れたの? 魔法陣の授業はこれで四回目。最初の一回が魔法陣に関する説明で、二度目三度目が起動の授業だったでしょ?」
「覚えているよ」
「他の皆はちゃんと発動できていたのに、フリッシュだけ魔力を注ぎすぎたんだからもちろん注意されるでしょ? 当たり前だよ」
マイカが呆れたように言った。
そう、どうやら僕は光を生む初級魔法である『ライチェス』と同じように、魔法陣の魔法も僕は爆発させてしまうようなのだ。
つい、魔力を注ぎすぎてしまうから仕方ないね。どうやら僕は魔力が有り余っているらしいんだ。
これも素晴らしい魔トレの力だと思う。
「でも、次は大丈夫だよ。つい、やらかさないように注意するよ」
「本当かなあ?」
訝しげにマイカが僕は見た。
とはいえ、先生から羊皮紙を配られて、授業は進む。ここに黒板に書かれた魔法陣と同じものを筆ペンで羊皮紙に模写するのだ。
僕は模写が上手かった。文字が上手ければ頭がよく見えるので、中学校から習字を始めた覚えがある。周りはちびっ子ばかりだったが、めげずに頑張った結果見違えるように綺麗になったのだ。
今では絵を描くのもそれなりに得意だ。特に筆での水墨画が好きだけど、それ以外の絵を書くのが僕の趣味だった。
そんな優秀な僕なので魔法陣を書くのは得意だった。他の皆はよくシルウィ先生に没を食らっていたけど、僕だけは一発で合格した。
「フリッシュ君は字が上手だから魔法陣は合っているのにね。とても残念」
なぜだか残念がられたけど。
「フリッシュ! ここの書き方教えて~」
「いいよ。丁寧に書けばいいだけだから、特に僕が手伝えることはないけどね」
そんな僕は同級生のマイカから泣きつかれた。周りの男子達の目は厳しいけど。どうやらマイカは可愛らしい容姿をしているので、男子の中で噂になる女生徒の一人なのだ。
よく貴族の子息から食事に誘われていると本人から聞くほど人気があるのだ。全てを丁寧に断っているらしいけど。
もちろん同じクラスの男子からも人気があるので、僕はよく当てつけのように睨まれることが多い。
特に、このクラスの生徒たちは皆が平民である。
学園側は貴族と平民でクラスを分けており、貴族クラスが三つもあるのに対して、平民クラスは一つしかない。それも男子が多く、女子が少ないのだ。
クラス内でもマイカはカミーリャと二分するほどだった。
そんな彼女が僕と親しいので、あまり他の男子からは面白くないのだろう。
「……フリッシュは馬鹿そうなのに、字が綺麗なんだな」
そんなもう独りの人気者であるカミーリャもやってきた。なんだか心外な事を言うけど。
「そうだよ~! 昔から綺麗なんだよ。意外だけど」
「ほっといて……」
僕はすねたように言った。
「さ、皆出来たかな? じゃあ、円周上に行こうか。今日の魔法陣を試してみるの。くれぐれもここでは使わないでね」
そしてクラスの全員が魔法陣を書き終えると、僕たちは教室移動をする。クラス内で僕だけが魔法陣を3つも書いたけど。




