第11話 賢者の真実
「――貴様が賢者だと?」
これまで日に向かって頭を下げていたおかしな盗賊たちが、すぐに立ち上がってローブの男の後ろへと回った。
ローブの男は嗤っていた。
どうやら彼がリーダーらしい。
似たような黒いローブを着ているのがとても癪に障ったけど、僕の方が刺繍がなされてあってかっこいいのでぐっと文句を言いたいのを我慢した。
「そうだけど」
「貴様のように賢者を詐称するものは数多くいるのを私は知っている。だが、それは限られた者の称号だぞ? さらにその姿は誰もが知っている。だがな、私は貴様の姿を見たことがない。この場に現れた魔法は知らないが……あまり調子に乗らないほうがいいぞ?」
彼は僕を嘲笑するように言ってきた。
周りの盗賊たちも僕へと嗤いながら杖を向けている。もしかしてこの盗賊たちは貴族が落ちぶれた姿なのかな?
魔法って、平民で使える人は少ないらしいから。
「君こそ、人を見る目は養ったほうがいいと思うけどね。この場に現れた僕が、本当に負けると思っているとでも?」
僕は余裕そうな笑みを浮かべている。
盗賊なんてやるような貴族だから、きっとそれほど強くはないと思うんだよね。もしも優秀な魔法使いなら国が絶対に手放さないと思うから。
「それは若さ故の無謀だろう? 賢者と呼ぶにはあまりにも声が幼いからな。英雄願望の子供だろう。もういい、興味もなくなった。やれ――」
「イエッサー! ボス!」
「あいつは焼き尽くします!」
ローブの男に反応するように、多くの盗賊たちが僕に小さな黒い炎を放ってきた。
数ヶ月前に合った魔族もそうだけど、黒い炎の魔法って流行っているのかな?
もしも流行りなら僕も黒い炎を出してみたいけど、どうやって出せばいいのか分からないんだよね。僕って古い魔法書の魔法と『ライチェス』ぐらいしか知らないから、最新のかっこいい魔法は分からないんだよね。
いつか僕も黒い炎の魔法を使ってみたいな。
そんなことを考えながら、僕はながらでも発動できるようになった魔法を唱えた。
「『発火』」
僕の生み出した炎はマイカを守るために、彼らの生み出した小さな黒炎を飲み込み、盗賊たちはおろか、大きな炎を焚いていた薪すらも全てを飲み込んで焼き尽くした。
その威力はこれまでの中で全力だったんだけど、周りには灰すら残さず、全てを焼き尽くした。
「あ、やりすぎちゃったかな?」
そんな炎の中で、人影が一人だけ逃げ出したような気がしたので、僕はマイカの両手両足が縛られているロープを雑に切ると、その人影を全速力で追いかけた。
奴には僕を賢者のまがい物といった恨みがあるのだ。
◆◆◆
私はあまりの恐怖のあまり、目を瞑ってから気を失ってしまったらしい。
まだ生きているかどうか確認したくて目を開けると、そこには誰もいなかった。
「何がどうなったの?」
私の周りにあったのは、荒野だった。
遥かな森の中で私の周りだけが何もなく、そのこれまで沢山あったと思われる死体はおろか、盗賊たちも一人もいなかった。
夢を見ていたのだろうか、と錯覚してしまうほどだった。
「でも、これは……?」
私の前に舞い上がっていた黒い炎を宿した灰が落ちる。それが目の前で灰すらも焼き尽くして、すっと消えた。
「あれは……夢じゃなかったの?」
魔族信者たちも、彼らが捧げた多くの生贄たちも、彼らが信仰を捧げていた炎を、彼らだけが扱う黒い炎を見て、本当にあった現実なのだというのを悟った。
何故なら、黒い炎は自然界ではありえない。きっと魔族のみが扱う人では決してなすことが出来ない“魔の炎”だと思ったからだ。きっとただの魔法使いに出せるものではない。
私は先生から学校でも使う魔法書の教科書を借りたけど、その中にも黒い炎の魔法は書いていなかったからだ。
「何があったの?」
ここに彼らがいたことは確かだ。
でも、それが綺麗に消えていることは私には何一つ理解が出来なかった。彼らの儀式が失敗したのか、それとも予期せぬトラブルが合ったのか。全ては闇の中に消えてしまった。
遠くで獣の遠吠えが聞こえた。
「早く……家に帰らないと」
両親もきっと心配しているだろう、と私はその場から逃げ出すことにした。もう私は、泣かなかった。
◆◆◆
「何なんだ、あいつは……!?」
スタフティより魔法を授かった中で最初の黒炎の魔法使いとして、アッシュは異教徒のトップの地位にいた。
黒炎を最初に授かった時に彼はアッシュという名をスタフティよりもらい、これまでの人生を捨てて魔族に奉仕する信者として生きているのだ。
小さな教団では合ったが、最近になって信徒が着実に増えており、少しずつ力が増してきた組織なのだ。
集めた信者の多くが平民であり、魔法を持つ貴族に恨みを持つものが多かった。彼らは貴族への復讐を誓い、貴族の魔法をも焼く黒炎を手に入入れたことで少しずつ国に反逆していたのである。
「スタフティ様がいなくなり、我らの魔法も衰えてきた時にあんな賢者を名乗る“化物“と出会うとは……! せめて、スタフティ様さえこの場にいれば……あんなやつ、簡単に灰にできると言うのに……!」
アッシュは悔しそうに唇を噛んだ。
スタフティに再開できたときには、これまでの自分の努力を無にした自称賢者の化物に絶対に復讐すると誓いながら。
そもそもあのようなやつが、賢者でないとアッシュは知っている。
かつて魔法学園に通い、魔法を学んでいたアッシュは、直に賢者の一人と会ったことがあるのだ。
彼らは誰もが、魔法の真理に達した者。それこそ“世界の概念”を変えるような魔法を操り、どんな魔法を発生させたのかも常人には分からない。それだけではなく、賢者そのものが“神秘”であり、彼らと出会うだけで魔法の階層が上がり、魔法使いとしての格が上がるのだ。
もしもあのローブの男が賢者なら自分の魔法の格が上がるだろう、と思うが、そのような様子はアッシュの体にない。だからあの男は絶対に偽物なのだ。
「火力だけの馬鹿め……次に会った時は……」
アッシュは他の信者たちとは違い、『ソニシア』という自身を風に変える魔法をもう一度発動させて、早くあの化物から逃げようとしたのだが、絶望が前方に現れた。
「……逃げ足だけは早いんだね――」
――眼の前に、あの自称賢者がいたのだ。
「まさか、追いつかれるとは……」
「あれだけ大層ほざいていたのに、まさか逃げるとは思わなかったよ」
「戦略的撤退だ。そもそも貴様など、我らがスタフティ様がいれば……! お前は知らないだろう! 我々の後ろに魔族がついていることを」
アッシュは悔しそうに言った。あんな生意気な賢者の偽物、魔族の手にかかれば簡単に殺せると言うのに。
アッシュは脅し文句として魔族を出すが、帰ってきた反応は全く違うものだった。
「スタフティ……」
男は思案するように顎を擦っていたのだ。
「何だ! 怖気づいたのか!?」
「いや、その名前に聞き覚えがあっただけだ……」
「何……?」
「その魔族は、黒炎を操る立派な角の生えた魔族だろう? 頭に生えた鹿のような角の――」
馬鹿な、何故知っている?
そんな言葉が喉から出そうになるが、アッシュは口をパクパクとさせるだけでうまく言葉を発することが出来なかった。
「――やつならもうこの世にいない。既に私が倒したからな」
ローブの男の声に絶望しながらも、アッシュは黒炎を杖から放った。これまでに学園で習ったどんな魔法よりも、強力な火の魔法だった。その黒炎は全てを焼き尽くし、どんな魔法をも飲み込む。
実際に学園時代に負けていた同級生も、魔族より授かったこの魔法のおかげで簡単に殺すことが出来た。
当時はこの魔法によって胸をすく思いを味わったというのに、黒い魔法をも飲み込む橙色の業火を前にアッシュは絶望を味わっていた。
考えられないような彼我の差を、感じているのだ。
「貴様、そのような力を……どうやって……!?」
学園の教師、いやもっと上の宮廷魔術師をも超えるような男の魔法に、アッシュは深淵を感じようとしていた。
「魔法を極めた果て。その道中に私はいる。魔族の力など頼らなくても、到達できるような場所だ――」
この時、アッシュは眼の前の男が本当に賢者なのだと気づいた。
男が懐から魔法書を取り出した時、アッシュは彼から“微かな神秘”を感じたのだ。
自らの魔が、上位種によって引き上げられる感覚は、なにものにも代えがたい高揚感だった。
「まさか、貴様が本当に賢者……だと……!?」
アッシュはこの時、眼の前の男を本当の賢者だと認めた。




