ウーイン
カラチが一撃で沈んだことに慄いた他の参加者たちが距離を取る中、不気味な笛の音が響いた。
「フフフ……パワーバカが倒されたか。だが、野生の獣なら、より獰猛な『本物の獣』で噛み殺すまで!」
姿を現したのは、全身に異国風の刺繍が施された衣を纏う男——猛獣使いのウーインだった。
ウーインが腰の革袋を開くと、まばゆい召喚陣から、
体長三メートルを超える4頭の魔獣「影牙狼」
が躍り出た。赤く光る瞳と、岩をも噛み砕く鋭い牙を持つ肉食獣である。
二頭は着地するなり低く唸り、ランを値踏みするように周囲を旋回し始めた。
「フン、パワーだけの猿と一緒にするなよ。俺の影牙狼は、群れの連携で獲物を追い詰める。お前がどんなに硬くても、四頭の牙が同時に喉と腹に食い込めば話は別だ」
観客席のあちこちで、ざわめきが起こった。
「4匹がかりなんて、卑怯じゃないか……」
そのざわめきに応えるでもなく、リョクシが淡々と呟いた。
「予選にルールはあっても、卑怯という概念はないよ。彼らにとってはこれも立派な戦術だ。問題は——それがランに通じるかどうかだけだ」
「行けッ! 影牙狼! あのガキの喉笛を噛み千切れ!」
ウーインの命を受け、4頭の魔獣は風のような速度でランの左右から挟み込むように跳躍した。
「ラン! 挟み撃ちよ!」マリアが叫ぶ。
観客たちも「いくら腕力があっても、4匹の魔獣の爪と牙を同時に受けては助からない!」と息を呑んだ。スタンドのあちこちで悲鳴に似たどよめきが起こる。
しかし、ランの表情から焦りは一切消えていた。むしろ、その瞳に静かな「親近感」すら漂っている。
「なんだ……狼か。『黒鬣狼』より、ずいぶん足音が大きいな。腹が減ってるのに、走り方が雑だ」
ランは4頭の魔獣が空中で飛びかかってくる軌道を、まるでスローモーションのように見切っていた。文明の技術は知らなくとも、自然で命を懸けた狩りを繰り返してきたランにとって、獣の目線の動き、踏み込みの予兆、空気の揺れは全て手のひらの上の情報だった。
4頭の呼吸が微妙にずれていることにも、ランはとうに気づいていた。片方が息を吸い込むたび、もう片方がわずかに遅れて跳躍の姿勢を作る。長年ひとつの群れで動いてきた獣特有の癖だ。
観客の一人が訝しむような声を漏らした。
「あれ……怖がってるように見えないぞ」
リョクシが静かに頷いた。
「当然だ。ランにとって獣というのは、脅威である前に、長年対話してきた『相手』なんだよ。人間の武器や魔術より、よほど読みやすい。言葉じゃない。息遣いと、間合いと、殺気の濃さだ。彼は幼い頃からそれを浴びるように読んで育っている」
左の魔獣が顎を開いた瞬間、ランは半身に身を引いて交わすと、その首筋の皮をひょいと掴み上げた。
「お前は、こっちだ!」
ランは捕まえた左の魔獣の体をそのまま盾のように振り回し、右から飛びかかってきたもう一頭の魔獣と空中で激突させた。
**ドゴォンッ!**
「ぎゃんっ!?」
悲鳴を上げて地面に転がる二頭の魔獣。ランは間髪入れず、地面を蹴ってウーインの目の前へと肉薄した。
「ひ、ひぃっ!? な、なぜ私の影牙狼の完璧な連携が見破られた……!?」
狼狽するウーインの鼻先に、ランは再び大振りの左フックを叩き込む。
**バギャァンッ!**
「あぶっ……!」
ウーインは回転しながら吹っ飛び、そのまま意識を失って場外へと転がっていった。主を失った4頭の影牙狼は、召喚陣の輝きとともに霧のように消えていく。
静けさの中、ランは自分を包んでいた「狼の匂い」を惜しむように、鼻先を軽く動かした。
「もう終わりか。もうちょっと遊びたかったな」
「やったわ! 二連勝よ!」
マリアが胸をなでおろして歓声をあげる。
観客席の一角から、感嘆の声が漏れた。
「今の見たか……? 狼を狼にぶつけるなんて、普通思いつかねえぞ」
「うん、見事だったね」
リョクシは微笑みながら頷いた。
「ウーインのミスだ。野生児に対して『獣の奇襲』を仕掛けたこと自体が間違いだった。ランにとって、獣の立ち回りは生まれ育った故郷の『言語』と同じだからね。……だが、次からはそう簡単にいかないぞ。このブロックの本当の猛者たちが、動き始める」
リョクシの視線の先、フィールドの奥でまだ立ち尽くす何人かの参加者たちが、値踏みするようにランへ目を向けていた。
「マリア、よく見ておくといい。カラチは力だけ、ウーインは数だけだった。次に出てくる者は、おそらくもっと『頭』を使ってくる」
フィールドの中央では、ランがちょうど身体を伸ばしながら、次の相手を待つように鼻を鳴らしていた。頭を使う手合いは、どうにも苦手だという顔だった。
「向いていないさ」
リョクシは短く笑った。
「だからこそ、面白い」




