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深山幽谷  作者: 真亭甘
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三門-3

太郎は、男から目を離さなかった。



「先に、わしが相手する」



ランは何か言いかけて、やめた。男の顎の高さと、太郎の頭のてっぺんを、一度ずつ見比べる。それから、マリアの横まで下がった。

マリアは、横に来たランの顔を見た。ランは、太郎の背中しか見ていなかった。

男の両手が、下りた。

開いていた指は、拳にならなかった。そのまま、腿の上に置かれる。

広すぎた足の幅が、ひと足ずつ詰まっていく。肩幅より少し広いところで止まり、腰が沈んだ。頭が、前に出た。

来た者を待つ構えではなかった。



「下から抱え上げるには、相手より低く入るしかない」



リョクシが、数歩後ろで言った。



「きみより低く入れる者は、この山にもそうはいないだろう」



最後のほうは、太郎の背中へ向けた声だった。



「なら、どうする」



マリアが訊いた。



「上から、潰しにくるよ」



太郎も、腰を落とした。

落とした、と分かるほどの動きではない。もともと低い体が、拳ひとつぶん沈んだだけだった。両方の拳を下ろし、指の背を石に触れさせる。

どちらも、出なかった。

坂の途中の客が、門ではなく見晴らし台のほうを見上げてざわつきはじめる。それでも、二人は出なかった。門の天井の下だけが、静かだった。



先に出たのは、男だった。

一歩で、二人のあいだが消えた。大きな体が、頭から斜め下へ落ちてくる。落ちてくる先に、太郎の頭があった。

太郎は、それより低いところから出た。

詰所の小窓の格子が、遅れて震えた。見晴らし台の柵の下から、乾いた土が細くこぼれた。

二人は、止まっていた。

男の頭は、太郎の頭の上を越えている。太郎の額は、男の胸の下に入っていた。みぞおちより、指三本ぶん上。上から落ちてきた重さを、全部そこで受けている。

太郎の膝は、曲がったままだった。押し返してはいない。ただ、爪の先ほども下がっていなかった。

男の背中の肉が盛り上がった。潰しにかかっている。太郎の首が、わずかに縮んだ。

太郎の両手が、男の脇の下へ入った。掴みはしない。掌の付け根だけを当て、そこから、上へ。



「上から潰しにいった者は、つま先に体が乗っている」



リョクシの声は、さっきと同じ高さだった。



「そこを下から持ち上げられると、踵の戻る場所がない」



男の踵が、石から離れた。

指一本ぶんの高さだった。

太郎の腰が、前に出た。

膝が伸びたのではない。腰が先に出て、膝はそのあとからついていった。押すというより、足の下の石ごと前へ運んでいくような出方だった。

ランの目が、太郎の足元から腰へ上がった。

男は、背中から倒れた。真ん中の口の、敷居の手前だった。

太郎は、倒れた体の上に乗らなかった。押し切ったところで手を離し、一歩下がって、拳を下ろす。

坂の途中で、誰かが息を吐いた。それが合図のように、客のあいだに声が広がっていく。どれも、言葉の形になっていなかった。



「……腰か」



ランが言った。



「何がだ」



マリアが訊いた。ランは答えなかった。

男は仰向けのまま、門の天井を見ていた。

しばらくして、肘をついた。体を起こし、そこで太郎を見上げる。怒鳴り声でも、客に向ける声でもなかった。



「……通るがいい。だがこの先は、手練ればかりだぞ」



「そう聞いて、来たんじゃ」



太郎は男の脇を回り込み、真ん中の口の敷居をまたいだ。

暗がりへは入らなかった。敷居の内側で振り返り、門の外に残ったランを見た。


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