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深山幽谷  作者: 真亭甘
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三門-1

柱の脇の詰所から、男がひとり出てきた。

男は三つの口の真ん中まで歩いてくると、足を開き、仁王立ちになった。ランの目の高さに、男の胸があった。

近くで見ると、柱は木の色をしていなかった。黒ずんだ鉄の板が、根元から人の背丈の倍ほどの高さまで、隙間なく鋲で留めてある。梁の下にも、同じ板が回っていた。板のところどころが、浅く丸くへこんでいる。

門の左手には、見晴らしへ登る客がぽつりぽつりと集まりはじめていた。

男は一行を、端から順に見ていった。後ろのユキたち三人を素通りし、ハヤトで一度目を留め、ナト、ラン、リョクシ、マリアと流れて、いちばん低いところで止まった。




「小兵の若造が通れる道場ではない!」



声は門の天井にぶつかってから、少し遅れて降りてきた。マリアの耳の奥が、ひと呼吸ぶん詰まった。客のあいだから、笑い声がひとつ上がった。



「真ん中が、上へ行く口か」



ランが訊いた。男の目が、いちばん低いところから、ランの顔まで上がってきた。答えはなかった。

太郎が、マリアの横で低く言った。



「……足の幅が、広すぎる」



「どういうことだ」



マリアが訊いた。



「来た者を待って、下から抱え上げる幅じゃ」



リョクシが、柱の鉄板に目を移した。



「あのへこみも、拳の痕ではないね。拳なら、底に指の節が残る」



「じゃあ、何の痕だ」



「背中だよ」



マリアは鉄板を見直した。へこみはどれも、人の頭より高いところに集まっていた。

三門を腕ずくで抜けようとする者は、年に何人も来るという。柱に鉄が張られたのは、何代か前に、柱のほうが先に一本割れてからだった。割れた柱の前にいた者がその後どうなったのかは、下の町では誰も話さない。

ハヤトが、荷を担ぎ直して前に出た。




「戻りと、新入りだ。こいつの名を書かせに通る」


男は、ハヤトを止めなかった。半身になり、右の口へ抜ける脇を空けた。

ハヤトは歩みを緩めずに、その脇を抜けた。ナトが半歩遅れて続いた。



「……座るんじゃ、なかったのか」



「座るのは、名を書いてからだ。道場の名は、中で書く」



右の口の暗がりへ入る手前で、ハヤトは歩きながら振り返った。



「俺が通せるのは、こいつだけだ。あとは実力で通りな」



それから、親指で門の左手を指した。



「そっちの三人は、観光ならあっちから回ってきな」



指の先に、緩やかな坂があった。山の肩を折り返しながら、門を見下ろす高さまで登っていく道で、客の列はそこへ続いていた。

ユキが、ハヤトの背中に向かって、小さく頭を下げた。



「ご親切に、ありがとうございます」



ナトは振り返らなかった。二人の背中は暗がりに入ると、すぐに見えなくなった。

男が、こちらへ向き直った。



「では、どうぞ。皆さまは、あちらへ」



さっきと同じ喉から出たとは思えない、静かな声だった。開いた掌を、坂のほうへ差し出している。

ランは、坂を見なかった。



「あの坂、上はどこに出る」



「門を見下ろす見晴らしに出ます」



「門の向こうには」



「出ません。

進路上、物理的に出るが中のものは気には止めない。それだけだ。筋の通らね奴の拳に屈する雑魚は上にはいない」



「じゃあ、要らねぇ」



ランが一歩出た。男は動かなかった。二人のあいだに、腕一本ぶんの隙間もなくなった。



「どけ」



「どきません」



「なら、越えていく」





客のあいだから、笑い声はもう上がらなかった。

リョクシは坂へ向かわなかった。門から数歩下がり、三つの口がいちばんよく見えるところで立ち止まった。男の目がそちらへ流れかけて、すぐにランへ戻った。

マリアは坂を一度見て、それきり、ランの二歩後ろに立っていた。

太郎が、ランの横に並んだ。




「用があるのは、門の向こうじゃき。わしも、越えていく」



男は答えなかった。坂へ差し出していた手を引き、指を開いたまま、両手をゆっくりと肩の高さまで上げた。

坂の途中の客が、足を止めていた。上の見晴らしでは、柵に人が隙間なく取りつき、下の門を見下ろしている。詰所の小窓からも、別の門番の顔がいくつか覗いていた。


アミは見晴らしを見上げ、それから、並んだ頭を数えるように目で撫でた。



「……いい席が、もう残ってないわねぇ」



マリが、提げてきた荷から香木の包みを抜き、黙ってアミの手に載せた。



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