受付
静寂。
受付会場にいた全員が、その光景を目撃していた。割り込みを図った大男が、小柄な参加者に一瞬で組み伏せられている——その非対称な構図に、誰もが言葉を失った。
ランは無言でその一部始終を見つめていた。彼の脳裏に、何かが焼き付いた。この小柄な参加者の動き——無駄がなく、最小の力で最大の効果を生む。それは彼がこれまでに見てきたどの獲物の捕食方法よりも、洗練されていた。
マリアは少し距離を取り、人ごみの隙間から一部始終を見ていた。小柄な参加者の体重の移動、絞り込むような重心の運び——その一つひとつを、彼女は無意識に目で追っている。緊張よりも先に、値踏みするような光が瞳に宿っていた。こうした喧騒に慣れているわけではない。それでも、その動揺を表に出すつもりは、彼女にはなかった。
リョクシはさらに後方で、腕を組んでいた。彼の表情は読めない。ただ、ランの背中をじっと見つめ、何かを計っているかのようだった。
「な、なにを——」
倒された男が這い上がろうとする。しかし小柄な参加者はすでに立ち上がり、何事もなかったかのように列へと戻っていた。その背中には、一切の感情が読み取れない。
受付係が慌てて駆け寄る。
「こ、こちらでの揉め事はご遠慮ください! 次にあったら出場取消しですよ!」
男は舌打ちをし、赤いマントの埃を払いながら列の最後尾へと消えていった。周囲の参加者たちは、小さな笑いと共にざわめきを収める。
「すごいな」
ランがぽつりと呟いた。
「お前、強いんだな」
小柄な参加者が振り返る。その目はランを一瞥し、すぐに前に向き直った。
「……別に」
それだけ言って、彼はそれ以上口を開かなかった。
列が再び動き出す。ランはその背中をじっと見つめながら、自分の番を待った。
リョクシが静かに呟く。
「あの小柄な男……動きに無駄がないな」
「へえ、リョクシが珍しく褒めるね」
からかうように言うマリアに、リョクシはひとこと返す。
「褒めてはいない。ただ、見ていただけだ。無駄のない動きは、それだけで理に適っている——美しい、というだけの話だ」
そう言ったきり、リョクシはマリアの追及を無視して、視線をランの背中へ戻した。
受付カウンターに到着した。ランが前に進み出る。
「名前は?」
係の者が帳面を開く。
「……ランだ」
「ラン……以上か?」
「ああ」
係の者が木製の札を手渡す。そこには『参加者番号 三十七』と刻まれていた。
「参加試験はこれからすぐだ。闘技場奥の試験会場へ直行しろ。そこで使役された魔獣——式神などと同じ原理で制御されたあの獣との戦闘で、参加資格を証明しろ。勝てば本戦進出、負ければ即失格だぞ」
ランが札を受け取り、振り返る。その目は、先ほどの小柄な参加者を探していた——しかし、彼はすでに姿を消していた。
「見つからないわよ」
マリアがランの横顔を見上げる。
「ああいうタイプは、必要以上に目立たないものよ」
「知ってるのか?」
「勘よ。女のカンってやつ」
「お前、男みたいな口調なのにそれを使うのか」
「うるさい」
マリアがランの腕を軽く叩く。その仕草には、どこか姉のような親しみが込められていた。
リョクシが静かに言う。
「試験が待っているようだ。早速行ってみるか」
三人は受付を後にし、闘技場奥の試験会場へと足を進めた。そこから低く響くのは、獣の唸り声と、不可視の力で繋がれたような不気味な気配だった。
ランは木製の札を握りしめながら、試験への思いを馳せた。
——彼のアニマはまだ覚醒していない。それを、本人はまだ知らない。
リョクシの視線は、試験会場へ向かうランの背中から離れなかった。何かを見定めるような、静かな目だった。
マリアはただ、隣を歩くランの横顔を見つめている。何か言いたげに開きかけた唇は、結局言葉にならなかった。
試験場の入り口に近づく三人の背中を、夜風が押す。
ここで、何かが始まる。
試験会場から低く漏れ聞こえる獣の唸り声だけが、そのことを静かに告げていた。




