異種格闘大会
西へ向かう道中、小さな街の中心部に立ち寄った三人は、予想外の喧騒に足を止めた。
「なんだ、この人混み」
ランの鋭い目つきが、雑多な群衆を捉える。人間だけでなく、明らかに戦闘慣れした風貌の者たちが、同じ方向へと流れていた。
リョクシがくすんだ緑色の外套のフードを深く被り直す。
「どうやら何かの催しのようだ」
「見てきていい?」
マリアが珍しく興味を示した。彼女の冷徹な表情の奥で、好奇心が覗いている。
群衆を縫うように進むと、大きな木製の看板が掲げられた会場が見えた。『異種格闘大会 参加者受付』——手書きの文字が、ところどころ掠れている。
「格闘技大会……」
ランが看板を読み上げる。文明を知らぬ彼にとって、これらの文字はリョクシに教えられた知識の断片でしかなかった。
「いい機会だ」
リョクシが静かに言う。
「ランのアニマ修行の一環として、参加してみるか?」
「え、俺が?」
「実戦が一番の学びだ。ルールのある試合なら、無茶もしないだろう」
マリアがランの肩を軽く叩く。
「どうせなら見てみたいしね。あんたがどんな風に戦うのか」
「……わかった」
ランは素直に頷いた。彼の頭の中では、狩りのルールと試合のルールがまだ上手く結びついていなかったが、それを言葉にする術を持たなかった。
受付会場は、簡素な木造の建物の前に設置されていた。長い列が幾重にも折れ曲がり、異種族の参加者たちが思い思いの装いで並んでいる。武器を預けるための簡易棚には、剣や斧、見慣れない機械仕掛けの道具が雑然と置かれていた。
ランが列の最後尾に並ぶ。その前に、小柄な参加者が立っていた。
身長は百五十センチほどだろうか。立ち姿には無駄がなく、静かな緊張感を帯びている。年齢は十代後半か。服装は動きやすそうな黒の上下で、派手な装飾は一切ない。
「小さいな」
ランが無意識に呟く。マリアが肘で彼の脇腹をつついた。
「失礼だよ」
「いや、そういう意味じゃ……」
「いいさ」
小柄な参加者が振り返らずに言った。声は思ったより低く、落ち着いている。
「慣れてる」
列がゆっくりと進む。受付カウンターでは、係の者が木製の札を参加者に手渡し、名前を帳面に書き留めている。
ランは何気なく、自分の前に並ぶ小柄な参加者の背中を眺める。彼の動きは最小限で、無駄なエネルギーを使っていない。それは野生の獣が獲物を待つ時の姿勢に似ていた。
——その時だった。
「おい、どけ」
乱暴な声が響いた。列の横から、大柄な男が割り込もうとしている。派手な赤いマントを羽織り、装飾過多なベルトにはいくつもの魔石がぶら下がっていた。明らかに実力よりも見た目を重視した出で立ちだ。
ランが眉をひそめる。彼の感覚では、それは明確な「ルール違反」だった。狩りの場で、先に待っていた者を押しのけて獲物を奪う行為——許されざる非道。
口を開きかけた瞬間。
「おい」
小柄な参加者が声を上げた。低く、しかし鋭い声だった。
「並べ」
割り込みを図った男が振り返る。その顔には、最初は軽い困惑。そしてすぐに嘲笑が浮かんだ。
「は? お前、誰に向かって言って——」
そこで男の目が、小柄な参加者の頭頂から足元までを舐めるように動く。嘲笑が深まった。
「ちびっ子が生意気なこと言うなよ。お前の番は後だ。大人しく待ってろ」
周囲の参加者たちがざわつく。誰もが事態を注視しながら、しかし介入する者はいない。
ランの目が細まった。彼の拳が無意識に握られる。だが——声は上げなかった。狩りの場では、弱者が強者に対して無謀に挑む姿を何度も見てきた。ここで割り込むべきか、それとも見守るべきか。彼は野生児としての「待つ」判断力を働かせていた。
次の瞬間。
小柄な参加者が動いた。
速かった。
すっと腰を落とし、重心を男の懐へ潜り込ませる。伸びてきた男の腕を軽くいなし、体格差ごと相手の重みを受け止めるようにして——ぐい、と一歩踏み込んだ。技というより、重さの置き所を変えただけのようにも見えた。それだけで、百八十センチはあろう巨体が、支えを失ったように前へ傾いでいく。
「ぐあっ!」
男の体が地面に叩きつけられる。埃が舞い上がった。
小柄な参加者は、倒れた男の上に覆い被さるようにして、冷めた声で言い放った。
「百五十三センチに負けたなら、大人しく引け」




