トーナメント抽選
中央闘技場は、これまでの予選会場とは桁違いのスケールを誇っていた。すり鉢状の巨大な観客席の中央に浮かぶ、魔法陣によって維持された広大なリング。
その周囲を埋め尽くす何万人もの観衆が、地鳴りのような足踏みと熱狂の渦を作り出し、会場全体が生き物のように脈打っている。
輝く魔法陣の光の柱が次々と立ち上り、予選を勝ち抜いた十六名の猛者たちが、リング上へと転送されてきた。
様々な思惑と闘志が交錯する中、一際異彩を放つ男がいた。
今大会の絶対的な優勝候補の一角、ハヤトである。
武術界の至高の存在が住み込むという険しい山、そこに作られた厳格な修行道場で血の滲むような鍛錬を積んできた彼の肉体は、まるで硬質な鋼を削り出したかのように一切の無駄な脂肪がない。ただ立っているだけで、流れる汗すらも圧倒的な武芸の気迫をまとっている。
「……良いツラをした奴らが集まっているな。わざわざ山を下り、出稽古に来た甲斐があるというものだ」
ハヤトの全身から放たれる、研ぎ澄まされた刃のような覇気。並の闘士であればその場にいるだけで息苦しくなり、気圧されるところだが、ランの反応は全く逆だった。
「ヘヘっ……なんだあいつ、めちゃくちゃ強そうだ!」
泥で汚れた灰色の外套で顔まで隠した、小柄な中年——ズオである。彼の視線は、優勝候補にも、自分の対戦相手にも向いていない。リングの端に立ったまま、フードの奥から、褐色の肌をした女ただ一人を舐めるように追い続けていた。喉の鳴る音が、時折そこから漏れる。
ランは何気なくそちらを見て、すぐに興味を失った。
獲物を狙う目ではない。もっと粘つく、別の何かだった。
「静粛に!!」
司会者の魔法によって増幅された声が響き渡り、熱狂していた会場が一瞬にして静まり返る。リングの中央に、厳かな装飾が施された巨大なくじ箱が運ばれてきた。
「これより、栄えある本戦トーナメントの組み合わせ抽選を行う! 各選手、名前を呼ばれた者から順番にくじを引くのだ!」
緊張感が最高潮に達する中、選手たちが順に前へ進み出て、運命のくじを引いていく。
アミが『ブロックA・第二試合』を引き当て、
太郎が『ブロックA・第四試合』の枠を引き当てる。
アミはチラリとランの方を見て、
「あら、一回戦では当たらないみたいね。ざんねん」と唇を尖らせてみせた。
そして、ついにその時が来る。
「続いて……『ラン選手』対『ナト選手』!! 第一試合の組み合わせが決定しました!」
ランは手の中の木札を、しばらく裏返して眺めていた。数字が読めないので、意味はよく分からない。分かったのは、呼ばれたのが自分だということだけだ。
「俺の最初の相手は……お前か!」
ランが勢いよく振り向いた先。そこに立っていたのは、酷暑の太陽にジリジリと焼かれたような浅黒い肌と、特有の分厚いバンテージを両手に固く巻いた青年、ナトだった。
ナトの瞳には、他の選手たちのような名誉欲や闘争心とは違う、狂気にも似た凄まじい「執念」が宿っていた。彼はランの無邪気な視線を受けても言葉を発することなく、ただじっとランを見つめ返し、固く握りしめた両拳を胸の前で静かに交差させる。
「……よろしく頼む。だが、俺は誰が相手だろうと、絶対に負けるわけにはいかないんだ」
低く、地の底から引き絞るようなナトの声。その短く掠れた声に含まれた圧倒的な「重み」に、ランの笑みがふっと消え、表情が真剣なものへと引き締まった。
「第一試合に出場する両名以外は、一度控え室へ退場せよ! これより、本戦トーナメント第一試合を開始する!!」
司会者のアナウンスに従い、太郎、アミ、ハヤトら他の選手たちが、次々とリングを降りて通路へと消えていく。広大なリングの上に残されたのは、向かい合うランとナト、そして中央に立つ屈強な審判の三人だけとなった。
観衆の割れんばかりの叫び声が耳元を掠めていく中、ナトは静かに視線を落とし、バンテージの巻かれた己の握りこぶしを見つめていた。
瞼の裏に、乾いた赤土が広がる。
ひび割れた地面が地平の彼方まで続き、痩せた家畜が骨を浮かせて立っている。井戸の前には、桶を抱えた列。誰も喋らない。喋る水分すら惜しい。
見送りに出た弟と妹は、手を振る力も残っていなかった。
(……行ってくる)
それだけ言って、ナトは村を出た。誰も余計なことは言わなかった。言えば、この男の背負うものがもう一つ増えると、全員が知っていたからだ。
ナトは顔を上げ、両脚を大きく開いて、鋭く洗練されたキックボクシングの構えをとった。その足腰の軸には、微塵のブレもない。
対するランは、ナトの全身から溢れ出る何かを、肌でそのまま受け止めていた。
(……こいつ、匂いが違う)
ランに分かるのは、そこまでだった。
この男が何を抱えているのか。なぜそんな目をしているのか。それを言葉にするための知識を、ランは一つも持っていない。
ただ、退く気がないことだけは伝わってきた。
退かない相手は危ない。森では、それを真っ先に覚える。
ランは不敵に口端を上げ、ゆっくりと重心を落とした。まだぎこちなさは残るものの、先ほど控え室で見た太郎の動きを真似るように、両足でしっかりと大地を踏みしめ、腰を落として拳を構える。
二人の間にある空気が、極限まで張り詰める。審判が、大きく右手を高く掲げた。
「本戦第一試合——構えろ!!」
会場を揺るがしていた数万人の歓声が、嘘のように一瞬の静寂へと変わる。ランの野性の瞳と、ナトの執念の瞳が空中で激しく交差し、互いの全てを懸けた激突のゴングが、今まさに鳴り響こうとしていた。




