予選第二ブロック
第一ブロックの激闘が終わり、破壊された石畳の修復作業が魔導士たちによって迅速に行われる。実況の声も一段落し、観客席には勝者の名を呼ぶ声がいつまでも尾を引いていた。
ランはリョクシとマリアがいる観客席へと戻ってきた。足取りはやや重いが、その顔には隠しきれない満足感が浮かんでいる。
「ラン、凄かったわよ! でも傷だらけじゃない!」
マリアが薬草の膏薬を塗りながら手当をする。ソンスの蹴りで裂けた脇腹に薬が沁みて、ランが小さく顔をしかめた。
「へへっ、痛いけど楽しかったぞ! いろんな奴がいて、いろんな殴り方があるんだな!」
ランが笑うと、リョクシがくすんだ緑の外套を揺らしながら、冷やした水が入った革袋を手渡した。
「お疲れ様、ラン。君の野生の勘と打たれ強さは完璧だった。だが、気づいただろう? 君のパンチは、強い相手になればなるほどエネルギーが逃げて、効率が悪くなっている」
「うん……なんかさ、一生懸命殴ってるのに、手の先から力が漏れていく感じがするんだ」
ランは自分の両拳を見つめながら、もやもやとした感覚を言葉にしようとしていた。
「パンニルのときだけ、一瞬だけ違った気がしたんだけど……あれが何だったのか、自分でもよく分かんねえ」
「それでいいんだよ」
リョクシは目を細めた。
「今はまだ、言葉にできなくていい。だが、覚えておくといい。その一瞬こそが、君がこれから追いかける答えの欠片だ」
マリアが手当ての手を止め、ランの顔を覗き込んだ。
「あなたが自分の拳のことでそんなに悩むの、初めて見た気がするわ」
「悩んでるっていうか……なんかムズムズすんだよ。答えが喉元まで出かかってるのに、言葉になんねえ感じ」
「それは、悩んでいるということだよ、ラン」
リョクシが小さく笑った。
「ふふ、いい気づきだ。さあ、特等席で次の第二ブロックの試合を見るといい。君が求めている『答え』を持っている男が、リングに上がるよ」
マリアも興味深そうに身を乗り出す。
「そんな凄い人がいるの? どんな相手なのよ」
「見ればわかる」
リョクシは短く答えた。
リョクシが指さした先。選手が総入れ替えとなり、第二ブロックの参加者たちがフィールドへと入場してきていた。屈強な巨漢たちが次々と姿を現し、観客席からは新たな歓声が沸き起こる。
「第一ブロックに負けず劣らずの猛者揃いね」
マリアが感心したように言う。
「あんなにいかつい人たちの中に、ランが求めてる『答え』があるの?」
「いかつさの中にあるとは限らないよ」
リョクシは口の端をわずかに持ち上げた。
その中に、一際異彩を放つ人物がいた。
身長は百五十三センチ。周囲の二メートルを超える巨漢たちと比べると、頭ふたつ分は小柄である。
先ほどまでの黒い上下は脱ぎ捨てられ、身に纏うのは、白い布で固く締め上げられた「回し(ふんどし)」一本のみ。剥き出しになった上半身は、背丈からは想像もつかないほど分厚かった。
その男——太郎は、太く短い腕を組み、静かな足取りで砂を踏みしめていた。歓声の中でも表情ひとつ変えず、ただ一歩ずつ、確かめるように大地を踏んでいく。
実況の声が困惑気味に響く。
「お、おおっと!? こ、これは意外な参加者だ! 身長わずか百五十三センチ、恰幅こそ良いが、他の巨漢たちに比べると随分と小柄な戦士——一体何者なんだこの男は!」
初対面の反応を、再会の反応に書き換えました。
「——あいつだ」
ランが手すりから身を乗り出した。
「受付にいたやつだ! でっかい男を一発でひっくり返した、あのちっこいやつ!」
マリアもつられて目を凝らし、それから小さく息を呑んだ。
「……本当だわ。服が違うから分からなかった」
あのとき、彼女が無意識に目で追った重心の運び。それが今、砂の上を歩いている。
「彼の名は太郎」
リョクシが静かに言った。
「極東に伝わる古武術『スモウ』を修めた男だ。……ラン、彼の足元を見てごらん」
ランが目を凝らすと、太郎の足元から、目に見えない高密度の生体アニマが、まるで大木の根のように地中深くへと伸びているのが見えた。
「うわ……なんだこれ、地面と繋がってるみたいだ」
「マリア、君にも見えるか?」
「ううん……私にはまだ、ただの小柄な人にしか見えないわ」
マリアは首を振った。
「でも、リョクシとランがそこまで言うなら、きっと本物なのね」
リョクシは静かに頷いた。
「彼の一挙一動から目を離さないほうがいい。今日この場でいちばん恐ろしい男は、恐らく彼だ」
ランは黙って太郎を見つめ続けていた。今までの対戦相手に感じたような闘志とは、明らかに違う何かが、胸の奥でざわめいている。それが憧れなのか、焦りなのか、ラン自身にもまだ判別がつかなかった。




