ソンス
「……見事だ。だが、大振りしかできない拳では、この連撃は捉えられまい」
静かな声とともに、第一ブロック最後の生存者が立ちふさがった。
白地に青のラインが入った美しい道着を纏う男——ソンス。
彼はしなやかな脚線美を持ち、アニマを脚部に集中させた流麗な構えを取っていた。
拡声魔導具を通し、実況の声が響いた。
「おっと、これは――『連続蹴り(ラッシュ)』を得意とする本格派の武闘家、ソンス選手だ!」
「見た目は優雅だが、あの構え……相当な数をこなしてきた蹴り手だね。ここまでの三人とは毛色が違う。力でも数でも奇襲でもない。
純粋な『速さと技術の精度』だ。ランが今日出会う中で、いちばん『人間らしい』強さかもしれない」
リョクシが目を細める。
「行くぞ!」
ソンスが地面を蹴る。その動きは風そのものだった。
残像を残しながらランの側面に回り込むと、目にも留まらぬ速度で回し蹴りを放つ。
**パァンッ! パパァンッ!**
「くっ……!」
ランの脇腹、肩、太ももに、ソンスの鋭い蹴りが次々と叩き込まれる。ソンスのアニマは鋭い刃のようになっており、ランの頑丈な皮膚をかすかに切り裂く。一発ごとに小さな血飛沫が舞い、砂の上に赤い染みを散らしていった。
「どうした! 追いつけないだろう! これが技の洗練だ!」
ソンスは空中を舞うように連撃を繰り出し、ランを翻弄する。
前蹴り、横蹴り、踵落とし—
—技のひとつひとつに無駄がなく、まるで舞踏のような美しさすらあった。
「美しい蹴り筋だ」
「だが……美への拘りは、時に一撃の重みを犠牲にする」
リョクシが目を細めて呟いた。
「ラン、防御を……!」
マリアが叫ぶが、ランは腕を上げようとしなかった。
避けるでも、防ぐでもなく、ただ全身で殴打を受け止め続けている。
観客席の誰もが、その光景にハラハラと固唾をのんでいた。
「おい、相手の動きが早すぎるぞ……!」
しかし、リョクシは静かに首を振った。
「ソンスの蹴りは見事だ。だが、彼はランの『耐久力』と『本能』を完全に見誤っている。一発一発の蹴りにアニマを散らしすぎているね。ランを倒すには、一点に威力を集中させる一撃でなければ意味がない。彼にとって蹴りの雨は、痛みである前に情報だ」
連撃を受けながら、ランはじっと耐えていた。
傷からは血が滲んでいる。それでも足はふらつかず、瞳はソンスの足の動きをじっと観察し続けていた。
(早い……だけど、こいつが足を振り上げるとき、必ず一瞬だけ『息』が止まる!)
何度目かの蹴りを頬に受けながら、ランは口の中に広がる血の味を舌で確かめ、小さく笑った。痛みすら、次の一手のための材料に変えているようだった。
「まだ立っているのか! しぶといな……!」
ソンスの声にわずかな苛立ちが滲む。優雅だった構えが、じりじりと荒くなり始めていた。
「その苛立ちが、彼の呼吸を乱し始めているよ」
「ソンス、君は最後の一撃を急ぎすぎている」
リョクシが呟く。
ソンスが仕上げとなる渾身の飛び後ろ回し蹴りを放ち、ランの首を狙って脚をしならせた瞬間——。
ランの目がギラリと光った。
「捕まえたぞ!」
ランは首筋への蹴りを、なんと**自分の左肩で直接受ける**ことで受け止めた。
肉がめり込み、激痛が走る。だが、その代償として、ソンスの脚はランの肩に引っかかり、空中での動きが完全に止まった。
「なっ……わざと受けただと!?」
ソンスが戦慄する。
「お前の蹴り、かっこいいけど……一発が軽いんだよ!」
ランは空中で硬直したソンスの胴体へ向けて、右拳を振りかぶった。今度もまた、力任せの大振り。だが、相手は逃げられない。
**ドドドドッボカンッッ!!!!**
「がはあぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ソンスの身体がくの字に折れ曲がり、爆風とともに数万人を超える観客の頭上を越えて、遠くのスタジアム外壁へと激突した。
静寂。
そして、司会者の大声が響き渡った!
「勝者ッ!! 予選第一ブロック全滅突破! 野生児、ラァァァン選手!!」
「やったああああっ!!」
マリアが跳びあがって喜ぶ。
両手を大きく振って、フィールドのランへ声を張り上げた。
ランは息を荒くしながらも、傷だらけの肩を軽く回し、天に向かって両腕を掲げると、野性味あふれる勝利の咆哮をあげた。
全身は傷だらけで、頬にも脇腹にも血の筋が幾つも走っている。それでも、その双眸には疲労よりずっと強い、獣が獲物の群れを制したときのような満足の光が宿っていた。
「リョクシ、見た!? 五連勝よ、五連勝!」
「見ていたよ」
リョクシは静かに、しかし確かな熱を込めて頷いた。
「カラチ、ウーイン、マウル、パンニル、ソンス——毛色の違う五つの強さを、彼はすべて拳ひとつで乗り越えた。まだ粗削りだが、この先が本当に楽しみだ」




