示し合わされた現実
どこだ……? ここは……。
どのくらい寝ていたのだろうか。
起き上がろうとした瞬間、頭に鈍い痛みが走る。
『……気がついた! 大丈夫ですか?』
聞き覚えのある声。ああ、受付の後輩か……。
『ちょうど業務終わりで見回りをお願いしに行ったら、先輩が倒れてて……。体調が悪いなら、私が代わりに回りますけど?』
話の流れがつかめない。
僕はいつから「ホテルで倒れていた」ことになっているんだ?
それに……胸の奥に、何か大事なものを忘れている感覚がある。
何だった……?
……今は合わせておくしかない。
受付の子に見回りを頼み、ベッドに身を沈めた。
体が異様に重い。
彼女が部屋を出てすぐのことだった。
なぜか戻ってきて、困ったように言う。
『あの〜……お客様が先輩に会いたいとおっしゃってるんですが……通します?』
*
入れ替わりでやってきたその姿を見た瞬間、アリエルの記憶が一気に蘇った。
『……サスティア!!!』
あの戦闘。母のこと。そして――ミルナのこと。
『ミルナは……? ミルナは!!? なあ、どうして黙ってるんだよ!!?』
サスティアは首をかしげるだけ。
少年の胸に、怒りがじわじわと膨れ上がっていく。
『しらばっくれるな!! 何もないとは言わせないぞ!! ミルナは!! なぜ置いて逃げたんだ!!!』
『……残念だけど知らないわ。何の話をしているの?』
――瞬間、少年の中で何かが切れた。
ブンッ。
影が割って入る。
『女の子に手を出してんじゃねえっすよ、先輩』
ダウス……。
なぜだ。なぜお前らは、揃いも揃って肝心なときに僕を止める。
『返せ……返せよ……!!! 僕のミルナを……!!!』
ダウスの胸ぐらを掴む。
胸の奥の苛立ちは、もはや行き場を失っていた。
『おい、いい加減にしろ。何があったか知らねえけど、これは度が過ぎるぞ』
弱いとか強いとか、そんなの関係ない。
言っても分からないなら、殴ってでも目を覚まさせるしかない。
サスティアが深く溜息をつく。
『ダウス、下がって。喧嘩をしに来たわけじゃない。事情は私が話す』
そうしてダウスを部屋の外に出した――そのときだった。
『……いいわ。殴りたいなら好きにすればいい。その代わり、全部話を聞かせてもらうから』
*
殴った……んだと思う。
気づいたら、彼女の頬が赤く腫れていた。
手に残るはずの感触が、どこか空っぽで馴染まない。胸の奥がぐらりと揺れて、吐き気が込み上げる。
「気が済んだ? ……なら、話を聞かせて」
その瞬間、少年は見てはいけないものを見た。
サスティアが揺らいで見える。
頬の赤みは最初からなかったかのように消えている。
それに……もうひとり?
「ぼ、僕をおちょくってるのか……?」
吐き出した声に、少女の瞳がわずかに揺れた。
すぐに、表面を取り繕うように言う。
「……ごめんなさい。見えたのね? これは反射的な、私の能力の反応」
「怪我してないように見えるかもしれないけど……ちゃんと、あなたの痛みは貰ってるわ」
はぁ、何だそれ。
怒りも、苦しみも、どうでもよくなっていく。
本当は、心の奥底でわかっていたのかもしれない。
この人たちは、本当に何も知らない。
サスティアが真っ直ぐ見つめてきた。
「お願い。教えて。……あなたの身に起きた、全部を」
*
アリエルは話した。
ミルナとの出会い。ホテルマネージャーになるまでの日々。
あの不可解なタイムスリップ。救出作戦、ツヴァイという狂人、そして——母のこと。
サスティアは黙々と聞き取り、調書を取る。
話しながら、アリエルは奇妙な感覚に襲われていた。
ずっと背中を押し潰していたような重さが、少しずつ剥がれ落ちていく。
話したからといって何かが解決するわけじゃない。
それでも、彼女の瞳を見ていると……つい、思ってしまう。
もしかしたら、何か掴めるかもしれない。
そして、その期待は、言葉となって返ってきた。
「……ひとまず状況は掴めたわ」
「まず、あなたに一番最初に伝えないといけないことがある。覚悟して聞いて」
間を置かず、告げられる。
「多分……あなたが今いるのは、2度目の世界線じゃない。——3度目よ」
*
え......?目が点になる。違和感が現実となって襲ってくる。
『貴方も知っての通り、私達特殊警備隊は連続失踪事件の調査を依頼されてここ、風恋広場にやってきた』
『今はその調査初日なの。貴方の話だと私達は半年かけて雑居ビルを突き止めた事になる。時間軸がズレているわ』
衝撃が走る。怒りに駆られて暴れた自分が恥ずかしくなる。
『サスティア、その......』
ごめん、そう言いかけるも少女がそっと制止する。
『いいの。代価は貰っているわ。それよりも今出来る事から始めましょう』
そうだ......。今自分に出来る事、ミルナを守る為に出来るだけ情報を集めて共有する......。
『幸い、半年猶予がある。この情報を元に調査を進めましょう』
少女の頬が微かに微笑む。
希望が開いた、そんな気がした。




