打ち明けられた理の果て
『ツヴァイの能力について、分かった事がある』
アリエルは、いつも通りホテル業務に追われていた。
ミルナが攫われた事件――予測が正しければ、半年は猶予がある。
それまでは普段通りホテルで働き、ひと段落すればサスティアと連絡を取る。
それが、今の彼の日課になっていた。
そんなある日だった。
ツヴァイの能力について、サスティアが何か掴んだという。
思わず、少年は目を丸くする。
『……そもそも能力って、何なんだ?』
それは、ずっと胸にあった疑問だった。
ツヴァイの口にした“固体ヘリウム”、
サスティアが持っていると言われた“潤滑”――
どれも現実離れした現象ばかり。
本当にそんなものがあるのか、信じきれなかった。
『話の腰を折らないで……と言いたいところだけど、知らないのも無理はないわ。いいでしょう。これから話すことを、よく聞いて』
少女の声が低く響く。
『――風生師。この言葉に、聞き覚えはない?』
風生師……。
理想や皮肉をぶつけ合って生まれた街――アリエーネ。
神話の中でしか語られない、街を創ったとされる存在。
それが、なぜ今ここで出てくるのか。
少年は首を傾げる。
『風生師――馬鹿らしく聞こえるかもしれないけど、実在している存在。それが、政府の公式見解なの』
『実際、あり得ない現象が起きているでしょう? それは貴方も知っているはず』
――実在? 政府の見解?
知らない情報が、容赦なく頭に流れ込んでくる。
混乱する間もなく、続いた言葉が胸を撃った。
『今の私たちは、誰でも風生師の血を持つと言われている。ほとんどは微量だけど……ごく稀に、濃い血を持った者が生まれる』
サスティアの視線が、真っ直ぐこちらを射抜く。
『――それが、私であり……貴方。能力は、その血と密接に関わってくるの』
*
……知らなかった。
風生師が実在していること。
誰もがその末裔であること。
そして、その中でも――自分の家系が最も濃い血を受け継いでいるということ……。
胸の奥で、ばらばらだった点が線となって繋がっていく感覚があった。
けれど、まだ疑問は尽きない。
『……これはあくまで、私たち特殊警備隊の調査による推測だけれど。高い確率で貴方の家系は風生師の直系よ。悪用を恐れて、政府にも公表していない情報だけど』
息が詰まるような事実を突きつけられる。
それでも、口を開く前に彼女が続けた。
『……驚かないのね。それとも、別の疑問が浮かんだ? そう……ミルナのことが気になると思う』
――流石サスティア、としか言いようがなかった。
何も言わなくても、核心を見抜いてくる。
問題は、やはりミルナだった。
ツヴァイが口にした“能力の無効化”と“打ち消し”。
そして、能力を視る時に見えるはずの“揺らぎ”が、彼女には全く見えないという事実。
普通の人間とは、何かが決定的に違う。
それを風生師の能力だと単純に片付けるには、あまりにも謎が多すぎた。
『……彼女は、風生師の介入以前から、ずっと混ざっていない純血種の末裔と見られているわ。私たち特殊警備隊では、その存在を“超特殊監視対象”――現真人と呼称している』
*
『彼女の力を悪用されたら、この街の不思議な能力は全て消える。それは一見、混乱しなくて済む“良いこと”のように思われるかもしれない。――けれど、問題はその後の構造変化よ。能力を前提にして、この街はここまで発展してきた。それを奪われた後に訪れる空白と混乱……そのリスクを、この国は何よりも恐れている』
『……未来の選択として、彼女の協力のもと、この国を変えていく。それも含めて政府はあらゆる可能性を模索している。だけど……』
『ツヴァイのような悪人に利用され、能力を均され、そのまま“商品”として売られる……そんな未来だけは、絶対に許してはならないの』
電話越しに、サスティアの覚悟が音ではなく熱として伝わってくる。
ミルナの事実を知った衝撃以上に、心の奥深くで燃えるように共感するものがあった。
少年はふと、窓の外に視線を向けた。
――願いを見届けるかのように、夜空を裂く流れ星がひとつ、静かに瞬いていた。
*
『……少し熱が籠ったわ。本題に入りましょう』
コホン、と咳払いで話に一区切りつけるサスティア。
その間、少年の胸には得体の知れない緊張が生まれていた。
『……と、その前に』
ツルッ。
思わず足を滑らせたような、そんな意外な切り出し。
ここで話をズラすのか、と少年は面食らう。
『ふふっ、ごめんなさい。まずは私自身の能力から話しておくわ』
自己紹介めいた前置き。だが、味方の能力を知ることは戦場では命綱だ。
少年はすぐに耳を傾ける。
『まず、私――サスティアの能力は、貴方が聞いた通り“潤滑”で合っているわ。移動、攻撃、あらゆる動作が摩擦ゼロの状態になれる……』
『そして、もう一つ。潤滑中に意識を分割すれば、文字通りの分身体を作れる。高速処理だから脳に負担はかかるけれど、分身体が傷ついても本体は無傷……まあ感覚は共有されるから、痛みだけはそのまま来るけどね』
……なるほど。裏門でのあの異変は彼女が処理していたのだろう。
摩擦ゼロに加え、分身体。何より、彼女自身のスペックが異様に高い。
『続いてダウス。私が知っている彼の能力は――超高速移動。音を立てずに一瞬で、1ヘクタール程度の距離を移動できるわ。瞬間移動かと思っていたけれど……原理は不明。あの馬鹿げたパワーも謎ね。気になるなら、今度会った時に直接聞いてみるといいわ』
特殊警備隊でも、能力の詳細は必ずしも共有されていないらしい。
それぞれの事情や境遇が絡むという。ダウスは気にしない性格だが、なぜかサスティアには打ち明けないようだ。……余計に気になる。
『最後に、貴方。正直言って、能力は謎だらけね。お母さんはこの街で有名な歌姫で、一時的とはいえ特殊警備隊に在籍していた記録がある。歌による感覚共有……これはあくまで私の推測。お父さんは……そうね、煙に包まれているような存在。謎が多いわ』
……母さんが隊にいた? しかも歌……。
ツヴァイに氷の中で歌わされている姿が脳裏に過る。繋がりがあるのか――でも、怖くて聞けなかった。
父さんは……まあ、父さんらしい。タバコで部屋を満たしては、颯爽と現れて消える人だ。
『……貴方の話から推測するに、タイムスリップ、あるいは――』
『幻想を現実に変える風生師の生まれ変わり。荒唐無稽に聞こえるけれど、この世界では否定しきれないわ』
電話越しにカップを置く音がする。
病院で立ち会った後、帰り際に彼女が飲んでいたコーヒーが脳裏に浮かぶ。
きっと今も同じように、心を落ち着けるために口にしているのだ。
『――そして、ツヴァイの能力“固体ヘリウム化”。それは』
『彼の存在を構築する固体ヘリウムと、超流動状態が複雑に絡み合っていると推測している。彼が超流動状態になれば、原子一個の隙間を通り抜け、壁を貫通する……文字通りの無敵化よ』




