母は眠りて子は泣き還る
『……コレが最強ノ風生師ノ成れノ果て』
『私ノ最高傑作デス!!!』
少年の耳は、その声を拒んでいた。
ツヴァイの言葉など、もう遠いざわめきにすぎない。
『か、母さん……? 母さん母さん母さん……う、うわぁァァァァァア!!!!!?』
凍りついた母の姿。
不気味なほど哀しい歌声。
そして、それ以上に――理由もなく震え続ける母の喉。
全てが、遅れて押し寄せる津波のように少年を呑み込み、理性を奪う。
『く、来るな……! こんなの幻想だ……幻想幻想幻想幻想……』
『――現実デス!!!!!!』
空間の裂け目から、ツヴァイの顔が唐突に現れる。
『彼女ハ……私でも手ニ負えナイ化け物デシタ。今から十年ほど昔ノ話デス』
『ソコに眠ってイル娘ノ力を借リテ……ようやく封印できマシタ』
男は、下卑た笑みのまま問いを突き刺す。
『……貴方、“アリア”を母と呼んでいマセンデシタカ?』
アリエルの表情が――落ちた。
魂ごと剥ぎ取られた人形のように、その場に崩れ込む。
『まあ、気のセイでショウ。都市伝説レベルノ噂ですし……ああ、そうそう』
耳元に、ぬるりとした囁きが降りる。
『アリアを凍ラセたのはワタシです。声帯だけ……動カシましタ。綺麗ナ作品ダとは思いマセンカ?』
――パキン、と何かが弾けた。
現実が、音を立てて崩れ始める。
*
『……おい! 起きろ!』
同じ頃。
サスティアの体を揺らす手。目を開けると――血だらけで這うダウスがいた。
『任務は……失敗だ。敵はアイツら以外……全員殺した。お前はアリエル連れて……逃げろ』
『でも……ミルナが……! それに、ここで逃げたらアリエルが――』
『でもじゃねぇ!!! 俺らの役割、忘れんな! 二人とも失えば……終わりだぞ!?』
鬼気迫る表情。
刃のようにサスティアの胸へ突き刺さる。
『……お前なら治り早いだろ。治ったらすぐ行け。俺とミルナのことは……気にすんな』
『俺は――捕まってでも、ミルナを助ける』
その時だった。
遠くで……崩落の音が響く。
*
『ツマラナイ子どもダ……。泡吹いて倒れるとは、実に情け無イ』
ツヴァイは倒れた少年を横目に、再びミルナを椅子へ拘束する。
『目ヲ離した隙にコソコソと......。恐ろシイ。恐ろシイ。サテ――』
視線の先に二人。
『一人増えている……まあイイでショウ!皆、まとめテ可愛ガレばイイ!!!』
その瞬間。
ピシ……ピシ、ピシピシ――
床に走る細い亀裂。
それはじわじわと広がり、滅びの予兆を刻んだ。
*
『……何ガ起こってイル?』
床、壁、天井――すべてに亀裂が走る。
ミシミシと、限界を告げる音。
『……ろ……消え、消えろ……』
その姿はまるで、涙を流すだけの壊れた人形。
アリエルはぬくりと立ち上がった。
瞬間、全方位から重力が押し寄せるような衝撃が空間を圧する。
『……! この反応……マサカ』
ツヴァイの顔から、余裕が剥がれ落ちる。
『全て……消、消えろ』
波の速さで反応が加速する。
あり得ぬ熱が、少年一点に集束していく。
(マズイ......!アレに賭けるトしまショウ――)
ツヴァイは少女のもとへ駆け――
『消えろォォォォォ――!!!!!!』
ほぼ同時、少女の肩へ針が突き立った。
*
『エル……アリエル……』
暗く、深い絶望の底から、かすかに淡い声が響いてくる。
何度も繰り返されるような、その聞き覚えのある声に、アリエルはぼんやりと我に返った。
『ミ、ミルナ……』
目の前に映るのは、どこか苦しそうな表情のミルナ。
少女は弱々しく言葉を紡ぎ出す。
『なんだか胸が苦しくて……ジンジンするの……アリエル、助けて……』
痺れで体が動かず、必死に起き上がろうとするも無力感が襲う。
『ふ、フハハハハハハ!!!!!!マサカ本当ノ親子だったトハ!!!興味……!実に興味深いッッッ!!!』
狂気の笑い声と共に、ツヴァイの声が響く。
『……あの少年ヲ使エバこの計画ハ完璧!!!』
『サァ……!人種のるつぼ計画を始めまショウ……!!!』
ツヴァイがゆっくりと少年へ歩み寄ったその瞬間。
パパパパパパンパン!
遠くから連射される銃声が響き渡り、ツヴァイの視線が反射的に銃声の方向を捉えた。
ヒュン――
防弾ガラスの穴を一瞬ですり抜ける。
サスティアだ。
滑り込むように現れ、少年の手を掴む。
『ナ、何故マダ動ケル……?』
動揺を隠せないツヴァイ。
『生憎効きが悪い体質なの。それよりずっと私に目を向けてていいの?』
サスティアが指差した先に映ったのは――ダウス。
『よお、爺さん。お前が黒幕かぁ?』
ダウスは地を這うようにして、絶え絶えの表情で防弾ガラスに手をついた――直後。
パリィィン――
防弾ガラスが音を立てて砕け散る。
『逃げろぉぉーーサスティアーー!!!』
合図と共に、サスティアは少年を抱えて走り出す。
『離せ、離してくれ!!!ミルナ、ミルナーー!!!!!!』
背後では銃弾の雨が絶え間なく降り注ぎ、狂気の笑い声が耳を突いた。
壊れた壁を突き抜け、階段を駆け下り扉の外へ。
少し走り抜けた先でサスティアはついに倒れ込む。
『サスティア!ミルナ!ミルナを!』
アリエルは叫びながら、必死に戻ろうと這い進む。
――その時だった。
『ごめんなさい、私ももう限界だから。貴方も少し眠ってて……』
冷たい手刀が振り下ろされ、アリエルは深く、深く、眠りの底へと沈んでいった。




