血塗られた共同戦線
『……それがもし本当ならば……最悪です』
少女はポケットから小型の通信端末のようなものを取り出し、誰かと低く素早く言葉を交わし始める。
『特別非常事態の可能性あり。彼を出動させて。……ええ、私と彼だけで処理する。監視だけ続けて、待機して』
通信を終えた彼女は、改めて少年に向き直った。
『状況が変わったわ。……本当は、貴方をこれ以上危険に晒したくない』
その言葉は、機械的な口調でありながら、どこか人間味を孕んでいた。少女の瞳が一瞬揺れた気がして、アリエルは言葉を呑む。
『止めても、きっと貴方は聞かないでしょうし……もしかしたら或いは――』
何かを言いかけた彼女は、そこで口をつぐむ。ほんの一拍、呼吸が止まったような沈黙。
だが、すぐに切り替えるように再び前を向き、簡潔に告げた。
『事情はこちらで話すから、貴方はとにかく静かに待機。いい?』
*
――特殊警備隊。
黒スーツに身を包み、王都アリエーネの治安を影で守護する特務警察組織。
まさか……こんな辺境にその影が潜んでいたとは、アリエルは驚きを隠せなかった。
特殊警備隊といえば、知らぬ者はほとんどいない。
その実態は国家すら把握しきれていないとも囁かれる、超法規的特務機関。
規模も、装備も、行動目的すら一切が謎。にもかかわらず、凄まじい実績だけが独り歩きし、都市伝説のように語られている。
(……風の噂では、超能力を使う者までいるとか。この娘が……?まさか)
『ここ最近、風恋広場では“失踪事件”が続いていたの。その調査を依頼されて……私たちは派遣された』
『半年かけてようやく、ここに辿り着いた……けれど』
サスティアの口調は冷静で、まるで捜査報告書の朗読のようだった。
『……半年?』
何かがひっかかる。でも今はそれを追うべきではない。
『それより……あれがミルナかどうか、確認したい。方法はある?』
アリエルの声に、彼女は微かに眉を動かした。
『……その必要はないわ。そろそろ、分かるはずだから』
言い終えた直後、少年の視界がぐにゃりと歪んだ。
現実が水面のように揺らぐ。
(……今のは? サングラスのせい?それとも)
次の瞬間には何事もなかったかのように、彼女の姿が元に戻る。
気づけばサスティアは一枚の写真を手に持っていた。
それを少年の目前に差し出す。
『……間違ってなかったみたい。多分――あれが、彼女よ』
アリエルが見た写真には、椅子に縛られた一人の少女が写っていた。
うつむいたまま動かない。
痩せこけて、虚ろな目をしたその顔は……間違いなく。
(……ああっ、嘘だ、嘘だろ……!?)
ミルナだった。
声にならない叫びが、喉を裂こうとしていた。
*
『待って、落ち着いて』
頭が真っ白になる所だった。少女に静止されふと我にかえる。
『いい?これは奇襲制圧作戦。後は言わなくても分かるはず』
......そんな事は分かってる。でも出来るなら......早く助けてあげたい。
少年の顔を見てサスティアは言う。
『この作戦は連携が要。彼が来るまで、堪えて』
ーーその時だった。
まるでタイミングを読んでいたかのように一瞬風が強くなって、目の前に少年が現れた。
『悪いな、サスティア、少し待たせた』
黒スーツに身を包んだ少年。その顔には見覚えがある。
ーーダウスだ。サスティアが言っていた少年は彼の事だったようだ。
あまりの一瞬の事に呆然とするアリエル。
足音が一切ーーない。 それにいつここに来たのだ?
愕然としていたらふと目が合った。
一瞬瞳が揺れる。
『サスティア、事情は後で聞く。分かってるとは思うが』
『極力使わない......ね。ヘマはしないし何かあったら私が......』
『気をつけろよ』
そう言い終えると風に押されるようにダウスはーー消えた。
*
『配置についたようね。……あまり時間がないから、手短に話すわ』
一瞬のことで、少年は思わず息を呑んだ。
数秒しか経っていないのに、もう配置に?
『今、私たちがいるのは裏門。ビルの向かい、彼がもう張ってる。私が信号弾を撃つから、合図で突入。貴方は……しばらくここで待機して』
言うが早いか、彼女は腰のホルスターから信号弾を取り出す。
発射音はなかった。
静かに、けれど鋭く、白煙が垂直に空を裂く。
しばらくして、遠くで微かな戦闘音――乾いた衝撃音がいくつも響いた。
『君は……行かないのか?』
なぜかサスティアはその場を動かない。
いや、それ以上に奇妙なことがある。
少女の輪郭が――揺らいで、見える。
『問題ないわ。もう“片はついている”。それに……』
パン、パン、パン。
鋭い銃声が3つ。
気づいた時にはすでに、敵がすぐそこまで迫っていた。
しかし次の瞬間、全ての銃弾は正確に敵の頭部を貫通し、音もなく崩れ落ちる。
――死角からの奇襲。
それすらも彼女は読んでいた。
『貴方を守るのも……私の仕事だから』
返り血を浴びたサスティアの姿を、ビルの外灯がぼんやりと照らす。
その輪郭はなおも淡く、煙のように――どこか、かすんでいた。




