プライマン・クインフォルス (ロジェ・シルドガード)⑯
「うっわー、まだすっごくお酒くさいね。なんで誰も突っ込まなかったんだろう?」
「うるさいな」
襲撃されて瀕死の重体と聞かされていた従兄弟が、ふわふわ笑う。
本当にふざけている。
とんだ茶番に付きあわされた挙句、得たものよりも失ったものの方が多い気がする。
「でも良かったね。陛下も許してくれたんでしょ、君とロジェ君の結婚」
「うるさいよ!!?」
本当に、どうしてこうなった。
プリマは、未だ二日酔いで痛む頭を抱え込んだ。
プリマの不様な二日酔い姿は、何故か民衆に好意的に捉えられたようだ。
何も知らない市民も、プリマとロジェを知る貴族も、あの煩わしかった令嬢たちですら、国王陛下にロジェの減刑を求めて詰め寄ったらしい。
国王は国王で、がっくりと項垂れて「ワシが愚かだった」と呟いたという。
「あのときの陛下の顔。とっても見ものだったんだよ。涙と鼻水で顔ぐしゃぐしゃにしてさぁ『真実の愛の前には男も女も関係ないのだー』とか言っちゃって。ほんと、面白かった〜」
「おっまえ……あそこで見てたのか!」
「うん。だって王宮にいるより楽しそうだったし」
無駄と知りつつ、ふわふわ笑う従兄弟を思い切りじろりと睨む。
案の定、従兄弟の顔には何の変化も見られなかった。
「そういえば知ってる? あのおもしろ令嬢たち、薔薇の会とかいう団体を作ったらしいよ。今ね『精霊の愛し子と春の王子』って歌を吟遊詩人に作らせてるんだってさ。ふふふっ」
「もうやめろ! 僕のライフはとっくにゼロだ!」
「そのくらい夢見させてあげないと可哀想だよ。だって、彼女たちが歌を聞けるのは秋の名前の地下施設の中だもの」
一瞬だけ目を見開いたプリマは、最大級の不機嫌顔を従兄弟に向けた。
やはり、従兄弟は顔色一つ変えることがない。
優雅な所作でカップに口をつけ、わざとらしく「あちち」と舌を出しているくらいで。
「お前が黒幕か」
「違うよ。黒幕はあくまで国王陛下。わたしはちょっと世間話をしただけだよ。『どこそこの誰それが同性愛者嫌いだそうですね』って。その人たちのご令嬢が君にご執心だったり、ご令息が君を追い落とそうとしていた子たちだったのは、単なる偶然さ」
「ふざけてる。それでもしもロジェが本当に処刑されてたらどうするつもりだったんだ」
初めて従兄弟の顔に変化があった。
驚きで目を丸くして、一拍遅れて面白そうに笑う。
「へー、ほんとに心配してたんだ。君、男は大嫌いだったんじゃないの? やっぱり真実の愛の相手だからかな?」
何も言わずに睨みつければ、従兄弟はふぅと短く息を吐いた。
「正直言えば、どっちでも良かったんだよ。死んでから冤罪だという証拠が出てくれば、確実に陛下の軽率な行動が問題になる。生きてたところで、あれだけ不自然な処刑だもの。賢臣たちには、陛下への不信感を与えることはできるでしょ」
「それはそっちの都合だろ」
「そうだよ。だから今はロジェ君が生きてて良かったと思ってるよ。わたしも、できれば君を敵に回したくはないからね」
感情の読めない柔らかな微笑みが、プリマをひたと見つめている。
プリマは忌々しげに舌打ちをすると、自分から先に視線を逸らした。
「自分の利益のために王家に嘘をつく不届き者を一掃できたし、威張り散らすばかりで能力のない警備隊も解体できたし、自分勝手に権力を行使した陛下の株も下げられたし、ついでに同性婚の法整備も進んでるし。全部君のおかげだよ」
「最後のは余計だ」
ぶすくれたプリマが、口を尖らせた。
この腹黒王太子が腹黒国王になったら、その治世は間違いなく穏やかで健やかなものになるだろう。
多くの臣下の犠牲の上に。
「……お前、クーデターでも起こすつもりなのか?」
「やだなぁ、物騒なこと言わないでよね。わたしは陛下の御代が長く続くことを祈ってるよ。ただ、正直なだけで無能な王は、国にとって害悪にしかならないと思ってるだけでね」
この男は、必要があれば実の父親でもふわふわ笑いながら容赦なく切り捨てるのだろう。
プリマが僅かに顔を歪ませるのを、微かに細めた目の隙間から王太子が覗いていた。
「それにしてもほんと、大変だったんだよ。でも何が一番大変だったかって、君のために珍しくて高いお酒をたくさん揃えたことかなぁ。陛下が隠していた分だけじゃ、酒豪の君はすぐに外に出てきて筋書きが変わっちゃっただろうからねぇ。わたしとしては保険のつもりだったけど、精霊が絡んでたならわたしの行動も精霊の手の平の上だったのかな」
考えるような仕草で妙な告白をしてきた従兄弟を見て、プリマは深い深い溜め息をついた。
そんな、言わなくていいことを言ってくるところが抜け目ない。
処刑までの間プリマを足止めしたのは、国王の策だった。
王太子はそこに便乗したのだろう。
わざわざ言わなければプリマに知られることもなかったのに。
隠し事を一つ少なくしたことが、従兄弟のプリマに対する信頼の証なのだ。
同時に、プリマは隠し事一つ分だけ彼を信用させられてしまう。
無言で立ち上がったプリマは、じっと従兄弟を見た。
プリマがいくら瞳の中を覗き込もうとしても、従兄弟の本心はわからない。
「それで、今の話は――」
「もちろん、ロジェ君には内緒だよ。これでもわたしはロジェ君のことを気に入ってるんだ」
――便利な駒としてね。
言外にそう伝えてきた春の若芽のような微笑みに、プリマはもう一度深い溜め息をついた。
*****
「プリマ……様!」
王太子宮の庭園に立つ婚約者を見て、思わずプリマは遠い目をしてしまう。
この男の、若草色の髪から覗く耳を真っ赤に染めさせるようにしてしまったスットコドッコイは、一体どこのどいつだろう。
「なんだよ……」
「なんでもないよ。婚約したからって、そんな他人行儀な呼び方しなくていい。いつも通りにしていてくれ、愛しい人」
少しだけ不満そうにした婚約者だったが、花曇りの瞳に滲む喜びは隠せていない。
従兄弟も、このくらいわかりやすければいいのに。
あれだけの民衆の前で国王陛下が認めてしまった真実の愛の相手だ。
なし崩しに同性婚という法律まで作らせてしまった以上、何がどうあってもこの婚約は破棄できない。
どうせ結婚に夢など持っていなかったが、これはひどすぎる。
とはいえ、もう腹は括った。
吐き気を抑えて腕を差し出せば、ロジェが眉間にシワを寄せた。
「俺がこっち?」
「嫌ならいいけど」
「……別に」
ロジェの戸惑うような指先が腕に触れ、全身にぞわりと鳥肌が立つ。
そういえば、子供の頃読んだおとぎ話に、欲をかいて破滅する男の話があった。
まるで今の自分のようだと、口の端から苦い笑いが洩れる。
「次に精霊に会ったら、絶対に先に話をしよう」
ぽそりと呟いた独り言を、寄り添うロジェに拾われた。
「そうだな。もしまた精霊に会ったら、俺たちがちゃんと幸せになったこと話して、こっちから“お礼”しないとな」
春の名を持つ庭園で、春の妖精の愛称を持つ男と、春色の髪と瞳を持つ男が、仲睦まじく歩いていく。
王都で、できたばかりの真実の愛の歌が流行るのは、もう少しだけ後のことだった。




