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プライマン・クインフォルス (ロジェ・シルドガード)⑪



 茶会の開始早々、プライマンは後悔していた。

 庭園に入るなりあっという間に令嬢たちに囲まれて、白粉と香水の放つ悪臭に吐き気がする。

 ぎらぎら光る宝石も、派手なドレスも、目に入れるだけで頭痛がしてくる。

 従兄弟を真似した春の微笑みが、早くも崩れそうだ。


 そんな中、一人の令嬢が発した言葉に、一瞬だけ真顔になった。


「プリマ様、ずっとお目にかかりたいと思っておりましたの」


 プリマ……様、だと……?

 なんだそりゃ。

 もしかしてそれは自分の愛称だろうか。

 聞いたこともないアホっぽい響きだけれど、まさか。


「あっ! その……プリマ様は、春の妖精のような美しさですので。わたくしたちの間では、親しみを込めてそう呼ばせていただいていましたの」


「そうですの。春の妖精はプリマ様にぴったりでございましょう?」


「本当にそうですわ。愛称でお呼びするのは、プリマ様を近くに感じたかったからですわ」


 この毒虫どもは、バカなのだろうか。

 勝手に公爵家の子息に愛称をつけたうえ、本人の前で堂々と呼ぶとは。

 しかも非礼を詫びるどころか、愛称で呼ぶことを誇らしいとまで思っている様子だ。

 とんだ不敬を重ねているが、残念ながらこの場には彼女たちを諌める大人はいない。


 この場にいる大人たちは、遠くから静かに彼女らの言動を見定めている者だけだ。

 恐らく、春の庭園の主である少年の命に従って。


 増長し、興奮した毒虫どもが、次々とプライマンをふざけた愛称で呼び始めた。

 とうとう我慢できなくなったプライマンは、令嬢たちとは目も合わせず、薄い春の微笑みを振り撒いた。


「古典文学に出てくる春の妖精(プリマ)とは、とても麗しく嫋やかな女性だったかな。そんな妖精と比べられるなんて身に余る光栄だけど、些か身の丈に合っていないような気がするね」


 頬を染め、口々に「プリマ様」と連呼していた令嬢たちがしんと静まり返る。

 流石に、プライマンがその愛称を気に入らなかったということは理解できたらしい。


 令嬢たちは、バツが悪そうに視線をうろうろさせていたが、次第に剣呑な光のこもった目を一人の令嬢に注いでいった。

 この後、最初にプライマンを愛称で呼んだ令嬢がどうなるかなど、想像するまでもない。

 毒虫同士が潰しあう醜い姿を思い描き、プライマンは辟易した。


 もう限界だ。

 何か理由をつけてこの茶会から逃げ出そう。


 その理由を探して庭園内に視線を走らせたプライマンは、隅で一人、茶会の様子を見つめている少年に気が付いた。

 柔らかそうな若草色の髪と、花曇りの空を思わせる薄紅を宿した銀の瞳。

 十歳の少年というには小さすぎるほっそりとした身体に、大人しそうな印象の目立たない顔貌。


 田舎者だと聞いていたから、どれほど小汚いガキかと思っていたが、あれならそう悪くない。


「お前、ロジェ・シルドガードだな。すごい魔法が使えると聞いているぞ」


 纏わりつく令嬢たちを無視して、大人しそうな少年に近付き声をかけるが、反応がいまいち悪い。

 ぼんやりとプライマンを見つめているだけで、何を考えているのかわからない。


「聞こえているのか、ロジェ・シルドガード。どうやらお前は王太子には興味がないようだな。ならば僕の遊び相手にならないか?」


 かつてプライマンから“遊び相手”に誘われたことのある子息たちがざわついた。

 ロジェは、相変わらずぽかんとプライマンを見返している。


 訝しげに眼を眇めたプライマンは、若草色の髪から僅かに覗いたロジェの耳が真っ赤になっていることに目を留めた。


 なるほど。

 これはどうにも嗜虐心をそそられる。


 従兄弟を真似た淡い微笑みを浮かべたが、奥底に押し込めた本心がほんのり滲み出てしまったかもしれない。


「僕はプライマン・クインフォルス。今日の主役の従兄弟だ。お前には特別に、僕のことを春の妖精(プリマ)と呼ぶことを許そう。女のような愛称だが、この庭園と同じ名だ。気に入っている」


 つい今しがた、愛称を拒絶された令嬢たちがざわついた。

 これはいい。

 思った以上だ。


 あっという間にこの場の視線を集めたロジェがどうなるか、プライマンにはもう想像がついていた。

 既に、令息たちは蒼褪めて距離を取ろうとしているし、令嬢たちは目を吊り上げて唇を戦慄かせている。


 それら全てを牽制するように、プライマンは微笑みながらロジェと距離を詰めた。


「悪いけど、お前には僕の練習台になってもらうよ。大丈夫、()()()()()()()()()()タイミングよく助けてやるからね、愛しい人」


 耳元に口を寄せそっと囁いた本心を、哀れな生贄はもう聞いていなかった。

 瑠璃色の瞳が弓形に細くなって、口端が吊り上がる。

 喉の奥から湧き起こる愉悦の嗤いを、なんとか春の微笑みで上書きした。


 庭園の真ん中では、一部始終を見ていた王太子が春風のような笑みを浮かべていた。

 この国に春の訪れを報せる、温かく優しい風だ。

 通り抜けた春風は、竜巻や雷を呼び、冬の戻りを思わせるような寒さを運んでくる。

 厳しい環境が過ぎれば、やっと本格的な春の訪れだ。


 王太子が浮かべたのは、そんな春風のような微笑みだった。



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