プライマン・クインフォルス (ロジェ・シルドガード)⑧
プリマ視点のお話です。
ここまでの流れぶった切る話ですのでご注意ください。
『あ、無事に転送できたみたいですね。もしもーし、聞こえますかぁー? あ、聞こえてますね、良かったぁ。早速ですが、あなたのお名前とお話を聞かせてくださーい』
「あ゛あ゛!? 話 だ と ? お 前 誰 だ よ ……っぷ」
酷い頭痛と吐き気を堪えながら、プライマン・クインフォルスは頭を上げた。
己の記憶が確かなら、ここは王宮の西にある王の礼拝室の片隅、告解聴聞室のはずだ。
今、宮殿内はとても慌ただしいようだし、プライマン自身が人払いをしたためにこの場に誰かがいること自体が有り得ない。
危機感をおぼえたものの、今は得体の知れない誰かよりも、実害を及ぼし続ける頭痛と吐き気の方が深刻だった。
少なくとも声の主が女ではなかったことに安堵しつつ、プライマンはごろんと床に寝転ぶ。
こんな状況でも、そこらの男に襲われたところで、返り討ちにできるくらいの自信はあった。
『えっ、あの、ちょっと! もしもーし! えええええ無視しないでくださいよぉー! もしもしー! 返事してくださぁーい!!』
幸い、情けない声を出す誰かが、何かをしてくるような気配はない。
頭にがんがん響く声を無視することに決めたプライマンは、目を閉じた。
世界が回る。
目を閉じても、瞼の裏でぐるぐると回っていて気持ち悪い。
『ちょっとー! お願いしますよー! ああもう、こういうときの対処方法はっと……ああ、そういえばマニュアルに頼らず工夫しろって言われたんだっけ。おーい! もーしもーし! ええと……光と音って、どうしたらいいんだろうなぁ……』
プライマンが目を開けると、そこはまだ告解聴聞室の中だった。
頭痛と吐き気は多少治まったものの、まだ普通に動けるような状態ではない。
「うう、水……」
告解聴聞室を這い出たプライマンは、なめくじのように床を這いつくばりながら移動する。
なんとか礼拝堂の入口に辿り着くと、聖水盤に顔を突っ込んだ。
転んだ拍子に怪我でもしたのか。
冷たい水が、頬にピリッとした痛みを生む。
『あのー、すみませぇん。そろそろお話してもよろしいですかぁ?』
情けない声の誰かが、プライマンの耳元で呟いた。
反射的に、声のした辺りを思い切り拳で薙ぎ払う。
陽の光を浴びてキラキラ光るピンクシルバーの髪の先から、聖水の雫が飛び散った。
『うわあっ! あぶなっ! ちょっと何するんですかぁー! 繊細な機器なんですから、壊れたらどうしてくれるんですか! スマホの画面はちょっとした衝撃で割れやすいんですからねっ!!』
男の声が喚いているが、プライマンは不機嫌な顔を崩さずに言い放つ。
「はぁ? 知るかボケ。僕の背後に立つのが悪いんだろが。男に近付かれるなんて、気持ち悪いったらないよ」
『うわ……なんというか。王子様みたいな見た目なのに、だいぶ口が悪いですねぇ。ま、こちらとしてはお話さえ聞ければ別に構わないんですけど』
男の言葉に、プライマンはぎくりと肩を震わせた。
いくら体調が悪いとはいえ、誰かもわからない人の前で素を出すなど考えられない失態だ。
こうなったら、少し痛めつけてから公爵家の名前で強めに脅しておくか。いっそのこと、口を封じて揉み消すか――。
そこまで考えて、礼拝堂には自分以外の何者もいないことに気が付いた。
声はすれども姿は見えず。
一応、人の形っぽいものであれば女神像が建っているが、あれはさすがに無関係だろう。
「くそっ。どこに隠れてるんだ。誰だか知らないが、僕を敵に回すつもりなら容赦しねーぞ」
『いえいえ、隠れてるわけじゃないですよ。ほら、ここ、ここでーす! わかりますかぁー?』
声のする方を慎重に窺うと、床に落ちた小さな板が煌々とした光を放っている。
まさか。
訝しげに板を拾い上げると、まさしくその板から男の声が聞こえてきた。
『あ、やっとお話できそうですね。僕はこの箱に宿った精霊のイプスです。あなた、プライマン・クインフォルスさんで間違いないですかね? ちょっとお話聞かせていただきたいんですよねぇー』
手の中の小さな板を見つめた瑠璃色が、ぱちりと瞬いた。
「まじか」
『まじです。お話聞かせてください』
ふうっ、と息を吐いたプライマンは、行儀悪く聖水口に直接口を付けて喉を潤した。
少し冷静になれた気がする。
「精霊って、あれだろ。面白い話したら幸せにしてくれるって奴。なあ、話をしたら、僕にはどんなお礼をしてくれるんだ?」
『ははははは、話の前に“お礼”の催促してくる人、初めてですよ。そうですねぇー、ええと……まだお話聞いてない今の段階だと、AIもあまり正確な未来予測ができないみたいです。お伝えすることはできますけど、それが本当にプライマンさんにとって最適な幸せなのかは分かりかねますし、伝えたことで未来が確定して、最適なお礼ではなくなってしまう可能性もあります。どうしますか?』
よくわからないが、話をする前でもある程度どういった幸せなのかはわかるようだ。
「あーあー、うん。構わないよ。教えてほしいね」
『わかりました。ええと……プライマンさんへの現時点でのお礼は、最高の伴侶になります』
精霊の言う“お礼”に、プライマンは眉を顰めた。
貴族にとって伴侶を得るというのは、家を繋げるための手段としての意味合いが強い。
それは恐らく、プライマンがあまり求めていないものだ。
ただもしも本当に最高の伴侶が手に入るなら、それに勝る幸せはない。
プライマンの脳裏に、ちらりと幼馴染である従者の顔が浮かんだ。
「ちょっと聞くけど、その伴侶って化粧ごてごての厚塗りお化けじゃないだろうな」
『違いますよ。化粧っ気は全くありません。身だしなみとして、ごく薄く香水をつけることくらいはあるようですが』
「じゃあ、他人を虐めて喜ぶような性根の腐った蛆虫? 他人の話も聞かずに自己主張ばっかりしてくる蝿?」
『あっはっは、蛆虫に蝿ですか。どれも違いますねぇ。というか、現状ではどちらかというと大勢に虐められて困っている方のようです』
「ふうん。勝手に他人のベッドに入るような、ゆる軽下半身ってことは?」
『それこそ有り得ません。因みに、美人さんというほどではないですけど、どちらかというと華奢で可愛らしい方みたいですよ。美人さんなプライマンさんと可愛いらしい伴侶さんなら、お似合いなんじゃないですかねー?』
「へえ……プリマでいいよ。それじゃあ、話をしようか精霊。僕のどんな話が聞きたい?」
瑠璃色の瞳が細くなり、美しい顔が下品な含み笑いで歪んだ。
頭痛と吐き気はまだ酷いものだったが、どういうわけか全く気にならなくなっていた。




