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(プライマン・クインフォルス) ロジェ・シルドガード⑥



「なら箱の精霊。俺に与えられるはずの幸せは、俺の主に代わりに与えてやってくれ」


『それはダメよ』


 楽しげに告げられた精霊の言葉は、ロジェにとって死刑宣告よりも重かった。


「どうしてもか?」


『どうしてもよ。だって――』


 言葉を切った精霊が、喉の奥で楽しそうにくつくつ笑う。

 箱の明滅が激しくなった。


『あなたの大事な相棒には、あたしの相棒が話を聞きに行ってるんだもの』


 一瞬、きょとんとしたロジェは、大きく息を吸った。


「はあああああ!? あるのかよ、そんなこと!?」


『あははははっ! まあ、かなり珍しいけどねぇ。こっちも色々あるのよ。選ばれたあなたたちにとっては幸か不幸かわからないけど』


 そんなもん、幸に決まっているではないか。

 この世界で精霊に会えることがどれほどの幸運なのか、知らない者などいない。

 自分たちはとんでもなく強運の星の下に生まれたのだろうか。

 こんな偶然、砂漠の中で一粒の塩を見つけるにも等しい。


「そうか、そうか……。あいつにも幸せが約束されてるんだな……。だったら、箱の精霊。さっきの願いは取り消しだ。俺は俺の幸せのために、死にたくない。助けてくれ」


 途端に、箱の光が弱々しくなった。

 今の今まで楽しそうだった精霊の声も、どこか沈んでいる。


『さっきも言ったけど、精霊の与える幸せで何が起こるかはあたしにもわからないのよ。“お礼”を決めてるのはあたしじゃなくて、えーと、あたしたちより上位の精霊なの。しかも絶対に幸せになれるかといったら微妙なのよね。あいつこの前も失敗してたし』


 箱の光が、どんどん弱くなっていく。


『あっ、でも、他人から見たら不幸だとしても本人は幸せってこともあるし、一時だけでも幸せを感じることもあるし、まあ大丈夫よ。多分』


 なんだか、語り継がれている精霊とはだいぶイメージが違う気がする。

 ロジェは思わず口の端で笑っていた。


「そりゃ仕方ないが、まあいいさ。処刑されて死ぬよりも悪いことにはならないだろ」


『それはまあ、そうね。そうだといいんだけど。と、とにかく、明日は楽しみにしててね。あたしは準備があるからもう行くけど、あなたの幸せを祈ってるわ』


「ははっ、“幸せの使者”から幸せを祈られるなんて、これ以上に幸せなことってないんじゃないか?」


 精霊の最後の言葉は聞こえなかった。

 淡く優しい光が消え、夜の静寂がロジェを包み込む。


 不思議と、心が凪いでいた。

 もしも明日で命が尽きたとしても、穏やかに逝ける気がする。


「精霊が楽しめって言ったんだ。今まで散々精霊に“お願い”してきた魔法使いができることは、精霊の言うことを素直に聞くだけだろっての」


 空しか見えない処刑台の上で、ロジェ・シルドガードは思い切り笑い声を上げる。

 笑い声に反応するように、首の関節がぱきりと小さな音を立てた。




*****




 朝日が昇ると、処刑台の黒い壁が撤去される。

 その中にいた男がまだ生きていたことを知ると、執行人は険しい顔をした。


「残念だったな。何か言い残すことはあるか」


 魔法無効の布で拘束され、首から上しか動かすことのできない罪人が、不敵に笑う。

 あまりに堂々とした落ち着きぶりに、執行人の方が冷汗をかいた。


「今日を楽しみにしていたんだ。あんたらも、楽しんでってくれ」


 口の端を吊り上げて、男はにんまりと笑った。

 王太子の暗殺を企てた国内一の魔法使いだ。

 得体の知れない恐怖を感じ、執行人は慌てて処刑台から降りる。


「お前の死刑は、太陽が中天にきたときに決まった。それまで精々、己の罪を後悔するんだな」


 捨て台詞を残して去った執行人の背中を、男の不気味な笑い声がいつまでも追いかけていた。






 教会が鳴らした正午の鐘は、眩しいほどに王都を覆う空を駆け抜ける。

 死刑執行の時間が訪れた。

 娯楽の乏しい市井の民にとって、公開処刑は最高に興奮するお祭りでしかない。

 自分たちを見下し富を独占している貴族が、悶え苦しんで泣き叫びながら無様に死ぬ様を見られるのだ。

 処刑広場は、興奮と熱狂の坩堝となっている。


 はずだった。


「これは……なんだ! なんなんだ! 答えろッ!!」


 実際には、特等席で罪人の首が刎ねられるところを見学する予定の国王陛下が、そこから顔を真っ赤にして怒鳴っているだけ。

 広場に集まった市民も貴賓席の貴族も、誰も彼も呆然として声が出ないようだ。

 ロジェだって、精霊から聞いていなければ呆然と空を見上げていただけだったろう。


 ただ一人興奮している国王を前に、ロジェは冷静そのものだった。

 口の端をにんまりと持ち上げて、首をこきりと鳴らす。


「このロジェ・シルドガード、人生最大にして最後の大魔法だ。この場に集まった紳士淑女の諸君、ぜひ楽しんでいってくれ」


 魔法の風に乗って、ロジェの声は遠くまで明瞭に届けられる。

 嘘は言っていない。

 魔法は精霊の力の一端を人が借り受けて顕現するものだ。

 精霊の種類が“魔術の貸与者”か“幸せの使者”かの違いがあるだけの話で。


 始めは漣のように、次第に荒れ狂う嵐の波のように広場に喧騒が広がった。

 人々は、口々に空に現れた大魔法に興奮した声を上げた。

 令嬢たちの黄色い声もあちこちから聞こえてくる。


 どうやら楽しんでくれているようだ。

 広場を見渡したロジェは、自分も楽しむために精霊の“お礼”を見上げた。


 頭上には、空の一部を切り取ったように、考えられないほど大きな板が浮かんでいる。

 板の中には、よく見慣れた美貌の青年がいた。



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