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(プライマン・クインフォルス) ロジェ・シルドガード⑤



 侯爵夫妻が急な公務で家を空けることになり、公爵邸に使用人の他にはプリマとロジェだけになったある日のこと。

 クインフォルス家の家令が急ぎの手紙だと言って、魔法練習中のプリマに声をかけてきた。


「ん? 何だろうな」


 差出人は、公務で出掛けたクインフォルス公爵となっている。

 封蝋を開けて中を見たプリマは、険しい顔をした。


「父上が預かる予定だった大事な書類を、代わりに受け取ってこいってさ。面倒だなぁ」


「どこまで?」


「王宮」


 プリマは堅苦しい作法で固められた王宮が好きではない。

 そのくせ、誰よりも美しい所作でその場の人々の目を奪って離さないのだから性質が悪い。


 特にプリマが立ち入る場所の多くは、行儀見習いの令嬢や侍女など、女の多い場所でもある。

 夏の夜にランプに群がる虫たちのような令嬢たちがいる場所など、プリマが好んで行きたいと思うわけもない。


「大変だな」


 完全に他人事のロジェがそう言えば、プリマは眉間に皺を寄せた。


「ロジェも行くんだよ」


「はぁ!? 俺は王宮には入れないぞ。プリマの従者としてだって、王宮に入れるような身分じゃねえってわかってんだろ?」


「ううう……そうだけどさぁ……。できるだけ近くにいてほしいんだよ、虫よけになるから」


「おいおい、虫って」


「頼むよ。王太子宮にいればいいじゃないか。王太子(あいつ)には僕から言っておくからさぁ」


 八年前の茶会以来、何度かプリマの従者として王太子殿下とは会う機会があった。


 プリマヴェーラの名の通り、王太子殿下は春の若芽のような柔らかい印象の御仁である。

 従兄弟の従者というだけの、田舎伯爵家の次男坊にも気さくに話しかけ、お土産の菓子まで持たせてくれるような奇特な人だ。


 ああいう人の治世は、きっと穏やかで過ごしやすい時代になるだろう。

 どこかの春の陽だまりのような笑顔だけの、性格が捻じ曲がって次元の彼方まで歪んでいる従兄弟殿とは大違いだ。


「今なに考えてたのさ」


「別に何も。殿下にお会いするのも久し振りだな。最近はお忙しくてあまり宮からお出にならないと聞いているから、俺の魔法で少しでも殿下のお心を安らかにできるといいんだが」


「まあいいけどね。あんまり派手なことはしないでよね、愛しい人」


 ロジェがふんと鼻を鳴らす。

 プリマも同じようにするが、やはりどこか洗練された美しい所作に感じてしまうから嫌なのだ。




*****




「そんで王太子宮の庭園(プリマヴェーラ)に着いた途端、俺は間抜けにも捕まったんだ。容疑は王太子殿下暗殺未遂だとさ。着いたばっかでどんな暗殺ができるってんだよな。ところが、どっからともなくじゃんじゃん出てくるんだわ、俺の暗殺の証拠だの目撃者だのが。笑うだろ」


『ふーん。それは災難だったわね。誰に嵌められたかはわかったの?』


「目撃者がなぁ。どいつもこいつもプリマに色目使って虫呼ばわりされてた令嬢たちとかその親が多かったから、まあそういうことだろ。あとは多分だけど、国王陛下?」


『はぁ!? なにそれ!? あなたってば国王の恨みを買うような大物だったの!?』


「んなワケねえだろ。国一番の魔法使いが伯爵家の若造だってことが気に喰わなかったのかもしれねえけど、理由は多分それじゃねえ。今の国王は、プリマの伯父にあたるわけだけど、これがまたプリマのことを猫かわいがりしてるんだ。まあ、それはプリマが人前で猫かぶりまくってるってのもあるんだけどさ」


 おどけて肩を竦めてみせようと思ったが、拘束されていて指一本動かせないことを思い出して顔を顰めた。


「プリマ大好きおじさんは同性愛者が大嫌いなんだと。だけどプリマのことは大好きだから、愛人の方を殺したいと思ってたんだろうな、きっと。状況証拠だけでろくすっぽ詮議もせずに、国王自ら死刑執行の書類をぽーんと用意してくれたんだからさ。殿下は東宮で暗殺されかけたってのに、物証を持ってきたのは西宮の警備隊とか、雑すぎて笑うんだけど」


『ああ、嫌ぁね。そういうのあたし大嫌いなのよ。一国のトップの癖に、器がちっちゃいったら』


「だよな。しかも俺、完全に冤罪だぜ。いろんな意味で。やってらんねえよなぁ」


『でも残念だけど、あたしにはあなたを助けてあげる力も権利もないの。ごめんね。その代わりあなたを幸せにする義務はあるから、そのくらいは力を貸してあげるわ。正直、あたしにも何が起こるかはわからないんだけど』


「だったら」


 ロジェは目を細めた。

 突然、目の前に小さな光る板が現れたときから気付いていた。


 これはいつも魔法を使うときに力を借りる“魔術の貸与者”ではない。

 もっと上位の“幸せの使者”だ。


 気紛れに人の世を覗いては、気に入った人間の話を聞きに来る精霊。

 精霊の満足する話を聞かせることができれば、必ず幸せになることが約束されている。


 ロジェは、二度ゆっくり瞬きをした。

 恐らくこの願いは間違っているのだろう。

 この場合、どう考えても自分の助命嘆願をすることが正しいはずだ。

 けれど、ロジェの口から出た言葉は。


「なら箱の精霊。俺に与えられるはずの幸せは、俺の主に代わりに与えてやってくれ」


 もしかしたら、幸せを放棄したロジェはもう主に会えないのかもしれない。

 ロジェをこんな最悪の目に巻き込んだ、性格の捻じくれ曲がった己の主。

 できることならば、この命が尽きる前にもう一度だけ会いたかった。


 だけどあの可愛げのない美しい主が、確実に幸せになれるなら。

 死に逝くロジェには必要ない。


 小さな白金の箱が、淡い光を揺らしている。

 赤、緑、黄、黒、桃、紺、橙、青、白。

 くるくるきらきらと揺れる光が、夜の静寂を染めていく。


『それはダメよ』


 箱の精霊が、楽しげに短く告げた。



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